第138話 竜騎兵団

 ―――朱の大峡谷


 太陽光を遮り、地表をその影で覆い尽くすは砂漠の上空を翔る千を超える翼竜。地上では激しく砂埃を巻き上げ、地響きを鳴らしながら地竜が突き進む。その中でも一際目立つのは、異彩を放つ4匹の竜であろう。最大のサイズ、重量を誇る巨大岩竜。異色の三つ首を持つ首長竜。竜騎兵団将軍アズグラッド・トライセンの前愛竜であった美しき白銀の翼竜。そして、只ならぬオーラを放ちながら集団の先頭を翔る漆黒竜だ。


「報告! 朱の大峡谷が見えてきました! これよりパーズ領内に侵入します!」

「遅えよ。とっくに見えてら」


 漆黒竜に騎乗するアズグラッドは逸る心を抑えながら部下に返事を返す。今回の侵攻戦が決定したとき、真っ先にパーズに向かうとゼルに進言したのはアズグラッドであった。その理由は単純明快、パーズに圧倒的強者がいるからだ。


(これまではガウンの奴らが一番歯応えがあったが、それも本腰を入れない小競り合いばかり。全然面白くねぇ。だったら、俺が狙うはS級冒険者が集うパーズだ。冒険者の中でも肉弾戦最強と噂に高い『桃鬼』のゴルディアーナに、謎の多い『氷姫』シルヴィア…… 更にはそのシルヴィアを降した新星、『死神』ケルヴィンとか言う黒ローブの男! 外見の特徴からして、恐らくはこいつがクライヴを殺った張本人だ。クク、何が最弱・脆弱・軟弱の平和ボケしたパーズだ。すげぇ面白いことになってるじゃねぇか!)


 ―――要はこの男、ケルヴィンと同様にバトルマニアなのである。己の最大の欲求、強き者と戦う為に自己を高めることに奮闘し、意図せずして周囲から敬意と尊敬の念を一身に集めることとなった唯一の王子なのだ。他の王子達と比べ尊大な態度を取らず、軍の規律に厳しかったことも一因だろう。元々配属されていた混成魔獣団とソリが合わず、部下と共に独立して竜騎兵団を結成。異種族を嫌うトライセンでは珍しく、竜を己の命を預ける相棒として扱い、共に戦場を駆け巡る竜騎兵を作り上げた。竜に騎乗しながらも自在に長槍を操る兵士達は皆精強であり、現在はトライセン最強の戦闘集団とまで名声を馳せるに至る。


「将軍! 大峡谷の壁は標高が高く飛び越すのが困難、地上にいたっては一本道です! あの道は敵の奇襲が予想されるのでは!?」


 設立時から共に道を歩んできたアズグラッドの部下である副官が、白銀の竜に騎乗しながらやや後方から具申する。眼前には雲を貫き、天に聳える巨大な岩壁。神話に語られる古の神が振るった剣跡が唯一の道となったと伝えれる大峡谷が迫っていた。


「なら、大峡谷の壁を迂回するか? ないだろ、それだけで時間のロスが激し過ぎる。俺達が狙うは最短距離を突っ切っての侵攻だ。さっさとパーズを占領するぞ」

「何言ってるんですか。将軍が狙っているのは化物との戦いでしょうが! 大方、他の国の騎士団にS級冒険者との戦いを邪魔されたくないから急いでるんじゃないですか?」

「ッチ、分かってるんじゃねぇか。言わせんなよ、フーバー」

「何年将軍に付き合ってると思ってるんですか。こいつだって、昔から将軍以外には懐かないから苦労しているんですからね」


 副官の男、フーバーが竜をポンポンと軽く叩いてみせる。対して白銀の竜は鼻息を荒くして不満げだ。


「ロザリア、悪いがフーバーに協力してやってくれ。この暴れ竜は俺にしか乗りこなせないんだ」

「グゥ……」


 アズグラッドの前相棒であったロザリアは力なく声を漏らす。次いで忌々しいといったようにアズグラッドの騎乗する黒竜を睨みつけるが、そちらは意に介していないようである。


(ロザリアさえ眼中にない、か。結局、この首輪に頼ることになったのが心残りだな。純粋に俺の力で通じたかったんだが……)


 黒竜の首には首輪が装備されていた。奴隷が身につける従属の首輪に似たそれは、過去にリオンが戦った混成魔獣団の巨人の王ギガントロードが着けていたものと同じ代物だ。S級モンスターでさえ服従させる特別製のこの首輪を、アズグラッドはトリスタンから受け取っていたのだ。


 自身の力で相手を打ち負かし、竜に認められることを信条にしてきた彼であったが、黒竜を打ち破るには未だ至っていなかった。しかし、本来であればこんな首輪を使うなど彼は絶対にしない。真に竜と心を結ばなければ出せる力などたかが知れている、と吐き捨てることだろう。そんなアズグラッドを説得したのは、妹であるシュトラであった。アズグラッドとシュトラは腹違いの兄妹であり、特別仲が良いという訳でもない。だが、互いの能力を最も認め合っていた仲であった。


(俺は頭はそれほど良くねえから、あいつの考えていることなんて分かりゃしねえ。それでもあいつが必要と話すなら、それは絶対に必要なことなんだ。俺の信念を枉げるほどに。だが―――)


 シュトラにそうまでさせる敵がパーズにいる。それはアズグラッドにとって喜悦し、熱狂を引き起こす事柄だ。されど、心のどこかで引っ掛かる別の何かがあったのも事実であった。それが何なのか、誰が原因となっているのかは分からない。猛暑に包まれる砂漠であるというのに、背中に冷たいものを感じる気さえするのだ。


「それよりも本当に警戒してくださいよ! これよりトライセン領を抜けます!」

「ああ、全てはトライセンの為に、ってな――― 全軍、道を通るぞ! 俺に続け!」


 ならば、それさえも楽しむまで。アズグラッドの狂喜は全てを取り込む。そんなことなど、些細なことであると。


「「「おう!」」」

「「「グオォォーー!」」」


 轟くは人と竜の雄叫び。アズグラッドと黒竜を先頭に、竜騎の軍勢が朱の大峡谷へと雪崩汲む。


「各員、奇襲に警戒しろ! 頭上、岩陰、視界の全てに神経を尖らせろ!」

「前方、後方、頭上に異常なし! 警戒を続けます!」

「よし! 渓谷を抜ければこっちのものだ。このまま――― ロザリアっ!」


 突然のアズグラッドの叫び。同時に払われた彼の槍は何か・・を弾き飛ばした。フーバーはその意味を理解できずにいたが、名指しされたロザリアはその声を瞬時に判断し、自身が飛行する道筋を急転換させる。


「がっ!?」


 フーバーの直ぐ背後を飛行していた兵が異様な声と共に仰向けに倒れる。兵は竜から落ちないように下半身を鞍に固定していた為、落下することはなかった。だが、その兵の眉間からは血が滴っていた。白目をむき、上半身は力なく揺らいでいる。一目で、死んでいるということが分かった。


「呆けるな、フーバー! やっこさんの歓迎が来るぞ!」

「……っ! 了解!」


 ―――ガガガガガガガガガッ!


 聞いたこともない連続した爆発音と金属音が前方から轟く。それも1つ2つどころではない。幾重にも重なったそれらの爆音は、幾千の光の弾丸となって高速で飛来する。個々であれば幼竜であっても辛うじて避けられる速さ、されど尋常ではない数のそれらは竜の鱗を貫き、兵の命を奪い、なぎ払っていった。


「な、何なんだこれはっ!」

「落ち着け! 冷静になれば避けられる!」

「報告! 後方より巨大な氷の壁が出現! 退路が塞がれました!」

「空より正体不明の敵がっ! 一人、いや二人!? くそっ、成竜では歯が立ちません!」

「進行上に謎の騎士団が出現! 所属不明っ!」

「孤立するなっ! 陣形を組み直せ!」


 矢継ぎ早に舞い込む状況の変化。混乱が混乱を呼ぶこの事態に、アズグラッドは人知れず口端を歪ませていた。


「予期せぬ事態、充満する狂気…… ああ、これが俺が求めていた真の戦場だっ!」

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