第136話 剛黒の城塞
―――朱の大峡谷
サバト達とリオン、アレックスが合流し、一同はケルヴィンの下に歩き出す。リオンの話を聞くに、トライセンの軍勢が朱の大峡谷に到着するのは明日の夕方頃と予測していると言う。
「迎撃の準備も殆ど終わっているし、ゆっくり歩いて行こうよ。あ、でもそろそろお昼ご飯の時間だ! ちょっとだけ早歩きで!」
「いや、急ぐなら普通に走ろうぜ。俺達はさっき飯がてらに休憩したから大丈夫だ」
「そ、そう? じゃ、このくらいで……」
リオンが申し訳なさそうに走り出す。サバト達が何とか付いて行けるスピードだ。時折リオンが後ろを振り返りながら確認しているので、どうやら6人の速さに合わせて走ってくれているらしい。アレックスは最後尾でそれに続く。
「サバトさん。飯がてらって言ってたけど、もうお昼は済ませちゃったの?」
リオンは適度な速さを見出したようで、サバト達の横に並んで話し掛けてきた。
「ああ。それを最後の休憩にして走り切るつもりだったからな」
「そっかー。なら、サバトさん達のお昼は準備しなくてもいっか」
「ええ、それで構いません」
「何か、物凄く損をしたような気がするッス……」
暫し他愛ない世間話を続けていると、トライセン領の砂漠が見えてきた。渓谷の道もそろそろ終わりのようである。しかし、ケルヴィンの姿は未だどこにも見えない。
「リオン殿、ケルヴィン殿は一体どこに?」
「えっと、どう説明すればいいかな…… あ、皆そろそろストップしよっか」
「な、何スか?」
両手を広げて「止まって止まって」と行く手を阻むリオンに困惑するも、サバト達はそれに従って足を止める。あと数百メートルも進めば砂漠に出るであろう道の途中、その他にあるものと言えば両端に高き渓谷の壁が聳えるだけだ。他に不審な点はない。
もしやケルヴィンがどこかに隠伏しているのか。そんな考えが脳裏をよぎるが、再度辺りを隈なく見回し、気配を探るもそれらしき人の影は察知できなかった。
「メルねえー! 戻ってきたよー!」
登山者が叫ぶように口に手を当て、斜め上に向かってメルフィーナの名前を呼ぶリオン。しかし、合図を送った先を見るもそこには何もない。壁の先に青空が微かに見えるだけだ。
「リオン、何を―――」
「おかえりなさい、リオン」
どこからともなく発せられる透き通った声。そして、先程何もないと確認したばかりの空間に歪みが生じ、青い服装の少女がそこから舞い降りてきた。高さにしてパーズの時計塔ほどもありそうな場所からである。だが、そんな些細なことなど関係ないといった面持ちで、少女は僅かな砂埃を立てることもなくリオンの正面に着地する。少女ことメルフィーナは蒼き羽根を傍近に散らし、微笑みを浮かべてリオンを出迎えた。
『メルねえ! 翼、翼が出かけてるよ!』
『あ、あら?』
メルフィーナは慌てて顕在化しかけていた天使の翼を解除する。幸い、突然の登場に驚くサバト達には気付かれていない。むしろ魔法による効果だと思われているようだ。
『ふう、ちょっとでも油断すると発現しちゃいますね。この魔法を維持するのはやはり辛いです』
『危なかったー…… もっと気をつけないと駄目だよ!』
『は、はい……』
リオンの忠告にメルフィーナは僅かに顔を赤くする。そんなやり取りも意思疎通を通じてのものなので、蚊帳の外にいるサバト達には状況が理解できないでいた。
「ところで、それ新しい私服? どうしたの?」
「エフィルに作ってもらいました!」
「えー、いいなー!」
挙句の果てにこんな会話までしている。
「ケルヴィンさん、マジッスか…… まだこんな隠し玉がいたんスか……!」
「少し黙っていなさい。あの、そちらの方もケルヴィンさんのお仲間ですよね?」
「ええ、そうです。サバトさんとそのパーティの方々ですね? お待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」
「中って言ったって、ここには何もないんだが」
「まあまあ」
そう言うと、メルフィーナが奥に手をかざす。すると出来上がったのは先程の歪み。やがてそれは大きく口を開ける様に道全体へと拡がっていき、隠していたものを露にしていった。
「こ、こりゃあ……!?」
「何てこと……!」
「あー、やっぱりそんな反応するよね。仲間がいて良かった~」
突如として眼前に出現した漆黒の城塞。歪みが拡がった為か、城塞の内部からケルヴィンらしき気配も感じられるようになっていた。
「この5日間で、これを作ったと言うのか!?」
「いえ、1時間です」
「「「「………」」」」
即座に否定するメルフィーナに、ここ数日で何度目かの停止タイムに入るサバト一行。最早見慣れた光景である。
「メ、メルねえ、あまりそういうことは……」
「いや、気を回さなくてもいいんだ。俺も個人的な事情でS級を間近で見て育った男だ。もう驚き慣れたさ。逆にやる気が出てきたってもんだ! 目指す目標が高ければ高いほどな!」
「サバト様……!」
「さ、こんなところで立ち止まっても仕方ない。早速ケルヴィンに会いに行こうぜ!」
「では、私が案内致します。どうぞこちらへ」
「「おう(ッス)!」」
意気揚々とメルフィーナに着いて行くサバトと、それを追うアッガスとグイン。ゴマの鉄拳制裁によって日々鍛えられた鋼の心と体は伊達ではない。
『右手と右足、左手と左足が一緒に出てナンバ歩きになってるけど…… サバトさん本人も気付いていないみたいだなー』
―――こんなではあるが、折れないサバトの精神力にリオンは感心している。
『ガゥガゥ(そっとしとこうよ)』
『そうしよっか…… あれ?』
アレックスとの話し合いを終えたリオンは、ゴマが背後で立ち止まっているのに気付いた。名前はまだ知らないが、仲間の獣人二人も一緒だ。
「ゴマさん、皆行っちゃったよー。僕たちも行こ?」
「え、ええ。そうね、行きましょうか」
ハッとした表情を一瞬作るも、ゴマはすぐにリオンの後を追う。実の所、最も動揺していたのはゴマであった。1時間という俄かには信じ難い期間で作り上げられた城塞もそうだが、その巨大な城塞を丸々包み込むほどの範囲を、視覚的に、そして気配や魔力の流れをも感じさせずに、完璧な隠蔽を施した魔法に驚愕していたのだ。
(会話の流れからして、おそらく術者はあのメルという少女。あの高さから飛び降りて無傷なのだから、魔法だけが得意という訳でもないでしょうね。ストーンゴーレムの群れを一瞬で全滅させたリオンとアレックスといい、ケルヴィンのパーティには化物しかいないの? もしや、全員がS級相当の……?)
歩き出して暫くしてもゴマの思案は続いた。
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―――朱の大峡谷・剛黒の城塞
城塞の内部も無骨なものかと思いきや、意外にも華やかなものであった。王城の、とまではいかないが、かなり値打ちものだと思われる絵画や装飾品が並べられている。床には真赤な絨毯が敷かれ、黒鎧の騎士らしき者達が絶えず辺りを巡回していた。騎士達は皆左手に見慣れぬ武器を携えていたが、サバト達にはそれが何なのか分からなかった。実際にはその原型となったものを『傀儡の社』で目にしているのだが。
「ここに飾ってある物は全部偽物だよ。ケルにいが色々と内部を
「もう何でもありッスね……」
「中にはトラップも混じってるって言ってたから、変に触らない方がいいかもね。あ、エフィルねえだ!」
トテトテと小走りに、エフィルに抱きつくリオン。
「ただいま、エフィルねえ!」
「お帰りなさいませ、リオン様。皆様方も、長旅お疲れ様でした。あちらに湯を用意していますので、まずはそちらでお休みになっては如何でしょうか? ご主人様も、その頃には戻られると思いますので」
「湯って、風呂まで完備してるのね。本当にここは大峡谷のど真ん中なのかしら……」
「ゴマ、もういいじゃねぇか。俺達にとってはありがてぇことだろ!」
「そうそう、僕も後でケルにいと入ろうっと」
「「「「えっ?」」」」
今日一番の硬直を見えるサバト一行。グインに関しては目が血走っている。
「えっ? どうかした?」
「あ、あのう…… リオンとケルヴィンさんは兄妹なんですよね?」
「うん、そうだよ?」
「え、ええと、その歳で兄妹一緒に風呂に入るのは、聊かおかしいのではないかと思うのですが……」
「そうッス! おかしいッス! 理不尽ッス! 断固抗議するッス!」
「何で? 兄妹で風呂に入るのって普通だよ? 僕ケルにいのこと好きだし、おかしくないよ?」
何の問題が? と首を傾げるリオン。グインの懸命な抗議にもどこ吹く風である。一部の漫画や小説の知識に染まってしまった彼女にとって、兄妹とはそういったものなのだ。度重なるリオンの努力の成果なのか、最近はケルヴィンもそういったものだと思うようになってきたので歯止めが効かなくなっている。かと言って、周りに止める者もいない有様なのだ。
((兄妹と……?))
サバトとゴマが互いに顔を合わす。
(ないわぁ……)
(ないわね……)
二人はリオンに同意できなかったようだ。
「まあいい、俺は先に借りるぜ!」
「どれ、ご一緒するとしよう。グインも来い」
「いや、納得できないッス! それに俺はもうちょっとメイドさんを眺めて…… って引っ張らないでほしいッス! ああ、メイドさんが!」
ズルズルとグインが引き摺られて行く。彼は最後まで手を伸ばして足掻いていたが、アッガスの拘束を解くにはまだまだ実力が足りていなかった。
「ゴマさんはどうする? 別の風呂場があるからそっちに入っても問題ないよ?」
「そうね―――」
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