第135話 迫り来るもの
サバトのパーティがパーズを出発して5日が経過した。リオから知らされた情報が本当であれば、そろそろ竜騎兵団の軍勢が朱の大峡谷に到達してもおかしくない頃合だ。
ケルヴィンの手紙を読んで一同が愕然とした後、エリィの問い掛けによりいち早く正気を取り戻したゴマがすぐさま全員を叩き起こして準備に取り掛かった。準備となれば、まずは干し肉などの携帯食料の調達だ。朱の大峡谷までの距離を考えれば、サバト達の足では1週間ほど。これでも馬よりは早いが、竜騎兵団の進軍速度を考えればもう少し早く到着したい。
「くそ、荷物を減らして急ぐしかないか」
携帯食といっても一日三食を日数分持っていくとなれば重荷になる。サバトは食料をあえて数日分減らし、その代わりに進行速度を速めることを選択した。
保管機能のあるマジックアイテムかスキルがあれば随分と楽になるのだが、生憎彼のパーティにはそのどちらもなかった。獣人は己の体で戦うことを信条とし、日常的に肉体の鍛錬に勤しむ傾向がある。サバトらもそれは例外ではなく、鍛錬の一環として必要以上の荷物を持ち、重石代わりにしながら旅をするなどしていたのだ。よって、保管に頼るといった考えが今までなかったのである。荷を減らすことでさえ本当はしたくなかったりする。
そしてサバト達は食料以外にも最低限の回復薬などのアイテムや修復に出していた装備を一通り揃え、いよいよパーズを出発する。幸いにもパーズ領内のモンスターはA級冒険者である彼らの敵ではなく、時間を無駄に浪費することなく進むことができた。
「今日で5日目、か。このまま行けば昼前には到着できそうだな」
「もうヘトヘトッスよ…… こんな強行軍、もうしたくないッス」
「結局ケルヴィンさんには追いつけなかったわね。私たちもかなり急いだはずなんだけど」
「獣人である俺たちよりも速いってこったな。ったく、お株を奪われちまったぜ」
朱の大峡谷の裂け目がおぼろげに見えてきたところで、サバト達は休憩をとる。薪になりそうな枝葉に火をくべ、湯を沸かして少し早めの昼食だ。これで持ち寄った食料も最後、身が軽くなったところで一気に目的地に到達する目算だ。
「んぐんぐ。干し肉と固焼きパンにも飽きたッスね……」
「贅沢言うな。それに朱の大峡谷に到着してからが本番だぞ。これを最後の食事にしたくないんであれば気合を入れることだな、グイン」
「んへー…… アッガスの旦那、キツイッスよー」
「何を言うか。おそらくは先に到着しているであろうケルヴィン殿の方がきついわ。あの大峡谷を戦場に選んだということは、地の利を活かして戦うはず。今頃その準備に取り掛かっているぞ」
「そうね。さあ、食べたら出発よ。急ぐわ」
「ゴマ様、食うの早ええッス」
食事を終え、再出発して更に2時間が経過。6人は大渓谷の道をひたすら走り続ける。いつもであればここを通る度に出現するストーンゴーレムなどのC級モンスターにはなぜか遭遇しなかった。
「これはケルヴィン達が近いってことか?」
「ひょっとしたら通ったばかりかもね。って、言ってるそばから!」
先頭を走るゴマから僅かに離れた正面の道、突如その両脇が幾つも隆起し始めた。石と土が入り混じった塊は3メートルほどまでに膨れ上がり、不恰好ではあるが人の形を模した4体のモンスターへと変わる。
「ストーンゴーレムか」
「ハッハッハ、いいじゃねぇか! ちょうど退屈していたところだ!」
サバトは速度を上げ、ゴマを追い越してモンスターに突撃する。
「サバト、単身で突っ込まない!」
「うるせえよ! お前だっていっつも突撃突撃じゃねぇか!」
ガシガシと互いに衝突し合いながら走るサバトとゴマ。そうしている間にもストーンゴーレムの群れは近づいているのだが、一向に止める気配はない。
「全く、いつになっても子供のままだな……」
「少し嬉しそうッスね?」
「気のせいだ。お二方、そろそろ――― 気をつけなされ、何か来るっ!」
「「―――!?」」
アッガスが叫んだのも束の間、矢庭に前方より現れる何者かの黒き影。先頭に立つサバトの目が捉えれたのは、それが大小の2つの黒い何かだと言うことだけだった。尋常ではない速度のそれらは、渓谷の壁や地面を、時には空中で、ジグザグに軌道を変えながらこちらに迫っていた。
「ゴゥ?」
2つの影がストーンゴーレムの群れを通り過ぎる。何事かとモンスター達が辺りを見回すが、既にそこには影はない。あるのはバラバラに四散した自身と仲間の体。平滑な傷跡を見るに、鋭利な刃物か何かで斬られたのであろうか。僅かな疑問を傍らに、モンスターの意識は消失していった。
(瞬きするような一瞬で、モンスターを粉々にしやがった!)
ストーンゴーレム自体は特別強いモンスターではない。サバトは勿論のこと、各国の騎士であっても十分に勝機のある相手だ。だが、曲がりなりにも3メートルの石の巨人。それをあの刹那の間で、それも4体を木っ端微塵に斬り刻めるかと問われれば、サバト達が6人がかりでも不可能であった。
「来るぞ、ゴマ!」
「分かってる!」
大小の影は最早眼前。つい先程まで喧嘩をしていた二人に油断の文字はもうない。全ての神経を、感覚を集中させ、研ぎ澄ます。2つの影はやがて二人の向こう正面に着地し―――
「やっほー。サバトさん、迎えに来たよ!」
「「「「………」」」」
極上のスマイルで迎えてくれた。
「え、ええと…… リオンさん、でしたっけ?」
極度の緊張から一気に弛緩した空気に獣人パーティが停止する中、ゴマが確認するようにリオンに問い掛ける。
「わ、覚えてくれてたんだ。ありがとう! 僕のことはリオンでいいからね。ゴマさん達が向かって来るのが見えたから、ついついここまで迎えに着ちゃったんだ~」
「ああ! 見たことあると思ったら、昇格式にいた娘ッス!」
「当たり前でしょう。リオンさ…… リオンはケルヴィンさんの妹さんで、パーティのお仲間よ」
「い、妹さん……」
グインがマジマジとリオンを見つめる。両手に持っていた双刀の黒剣を鞘に収めていたリオンは「うん?」とニコニコ顔で返した。
(兄妹揃って化物ッスね…… でも超可愛いから問題ないッス!)
心の中でグインはガッツポーズを決める。
「ガゥガゥ」
「……あと、このでけぇ狼は?」
「僕の親友のアレックス。サイズがちょっと大きいけど、とってもいい子だから皆仲良くしてあげてね」
よしよしとアレックスの首をくすぐるリオン。若干背伸びしているところが可愛らしい。アレックスも気持ち良さそうに目を細めて、されるがままである。
ちょっとだけ触ってみたい、とゴマは心の片隅で思ってしまった。
「迎えに来たってことは、やっぱしケルヴィンは先に着いていたんだな」
「うん、5日前にね」
「「えっ?」」
サバトとゴマの裏声が綺麗にハモった。
「5日前…… ギルドの召集があったあの日のうちにか!?」
「僕達も急いだからね。お昼には到着して、色々準備を進めてたよ」
「ひ、昼…… 俺たちが5日かけて来た道を、数時間で……」
唖然とする一同。それもそのはず、獣人としての信条を捨ててまで最速で辿り着こうとした結果が、目標であるケルヴィンの足元にも及んでいなかったのだ。防衛を通じて学び、己を高めようと勇んだ自分が、果たしてそのレベルに到達しているのか疑問になってしまっていた。
黙り込んでしまったサバト達を見て、どうしたんだろうとリオンとアレックスは顔を合わせる。
「そ、そうッス! リオンちゃんとケルヴィンさんが特別強いんッスよ!」
「グイン、突然どうした?」
「ケルヴィンさんとリオンちゃんは兄妹! であれば、お二人が強くて速いのも納得ッス!」
「何が納得なのか私にはよく分からないのだけれども……」
「深く考えてはいけないッス!」
彼なりに励まそうとしているのか、いつも以上に明るく振舞うグイン。
「……そうだな。S級を目指そうって言ったのは俺だ。そんなリーダーが不甲斐ないとあっちゃあ、親父に顔向けできねぇ。お前ら、いっちょこの戦いで一花咲かせようぜ! ケルヴィンが驚くようなもんをな!」
「ガハハッ、サバト様、また一皮剥けましたな!」
「ま、馬鹿に付き合うのも悪くないわね」
そんな努力があってか、パーティに活気が戻っていく。今や、サバト達はこれまで以上に固い絆で結ばれていた。
(リオンちゃん、俺の勇姿を見ててくれたッスかね?)
―――結ばれていないかもしれない。
『僕とアレックスは一番弱いって言ったら拙そうだなぁ。アレックス、しー、だよ?』
『ウォン(オッケー)』
そしてリオンは人知れず気を使っていた。
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