第134話 朱の大峡谷
―――朱の大峡谷
パーズの東、トライセンとの国境線をなぞる様にして存在するのが朱の大峡谷だ。元々はトライセン領内に含まれていた地域であったが、過去の大戦で和約を結び静謐街パーズを作り上げる際に、パーズの領土として譲渡した場所なのだ。
聳え立つ赤き険しい山々の間に広がる50メートル幅の荒れた道が、現在パーズとトライセンを最短で繋ぐ交通路となっている。無理に山を登る手もなくはないが、山はほぼ直角を思わせる急斜面に加えて雲に届く程の高さがあり、空を飛ぶ手段があったとしても越えるのは困難を極める。そして天辺付近には気配に敏感な鳥獣系のC級モンスターの巣がいくつも存在する為、隊列を組んだ軍隊として通るのならば渓谷下の道を使った方が遥かに安全なのだ。その分、向こうも奇襲を警戒すると思うけど。
「到着、っと。エフィル、今何時?」
激しい砂煙が舞う中、俺たちは朱の大峡谷のトライセン側の入り口に到着した。渓谷下はカラカラと乾いた道であったが、渓谷を越えたトライセン側の領土は砂漠が広がっている。領内全土がこんな感じだとすれば、そりゃ食料難になるわな。しかも、そんな中で交易の主軸であったトラージに宣戦布告。トライセンの国民や商人は何とも思わないのだろうか。
「11時を回ったところですね。概ね、予定通りの時間です」
エフィルがクロトから懐中時計を取り出して答えてくれた。11時か、もうすぐ昼食時だな。
『王よ、すまないが出してくれんかの?』
実体化を解除していたジェラールが催促してきた。ジェラールは鈍足という訳ではないが、他の仲間達と比べると移動速度が格段に劣る。その為、現地に着くまでは俺の魔力に戻ってもらっていた。
「そうだな。今召喚する」
手早くジェラールを召喚。魔法陣から見慣れた黒鎧が姿を現す。
「ふーむ、ここ最近は歳のせいか皆に付いて行くのも一杯一杯じゃわい。今度、騎乗スキルでも取ってアレックスに乗せてもらおうかのう」
「ガウ……」
「む、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。ワシ、拗ねちゃうぞ!」
アレックスはリオンと同じように縦横無尽に動き回るんだが、ジェラールはそこまで考えているのだろうか? ロデオどころの話じゃないぞ、絶対。
「あはは…… アレックスは影に潜ったりするからね。ジェラじいは騎士なんだし、馬とかは乗れるの?」
「スキルはないが、人並み以上には乗れるぞい。どれ、今度リオンにも教えてやろうかの」
「本当に? 約束だよ! 指きり指きり」
「うむ、指きりじゃ」
さて、ほっこりと和むのも良いが、そろそろ次の行動に取り掛からないとな。昼ご飯に間に合わなくなる。
「よし。それじゃ、各人に役割を与えるぞ。エフィルは一先ず昼食の準備。調理器具は問題ないか?」
「万全です。ご主人様に作って頂いた器具一式、クロちゃんに持ってもらっています。昼食のご希望はありますか?」
「ワシ、カツ丼!」
「僕オムレツね!」
「私は軽いものがいいわね。何にするかはエフィルに任せるわ」
「私は(エフィルの料理で量があれば)何でもいいですよ」
「ガウ!(肉!)」
「俺もカツ丼にするかな」
「はい。承知しました。クロちゃんもお任せでいい?」
普通、ここは作る料理を統一するべきなんだけどな。希望を出せば難なく調理してしまうエフィルに甘えてしまう俺たち。
「セラ、リオン、ジェラール、クロト、アレックスは砂漠周辺のモンスターの討伐。あ、渓谷の上にいるモンスターは無視していいからな」
「何で?」
セラが顔をかしげる。
「万が一にトライセンが山を越えようとしたときの足止め兼警報代わりに使えるからさ。セラの察知能力なら、何かあったら直ぐに気づくだろ?」
「まあ、この一帯レベルなら余裕ね」
「それにあいつら山を登ろうとしない限りは襲ってこないらしいから無視していいよ。時間は、そうだな…… 1時間後にここに集合だ」
「あなた様、私はどうします?」
まだ役割を分担されていないメルフィーナが軽く手を上げる。
「メルは俺と一緒の作業だ」
「あら、まさかこんなところで―――」
ゴス。
顔を赤らめるメルフィーナの頭にチョップを入れる。
「俺たちはここに壁を作るぞ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――1時間後。仕事を終えたリオン達が戻ってきたようだ。俺も漸く良い所で区切りを付けたところ。良い匂いも漂ってきたことだし、飯にするか。
「よ、お疲れさん。エフィルの方もできた様だし、昼飯にしようか」
戻って早々にリオン達は俺の渾身の出来である壁を凝視し始める。
「それよりもケルにい…… これ、壁って言うよりは……」
「うん、まあ…… 頑張った結果、かな?」
トライセンの侵攻を防ぐ為、朱の大峡谷の道を塞ぐようにして作り上げた黒き城塞が聳え立つ。巨大な城塞から城壁まで全てが黒で統一され、その全てが防御力に特化させた
「まるっきり城ね。それに、エルフの里のときよりも―――」
―――ズドォン!
「頑丈になってる?」
「セラ、いきなり壊そうとしないで。お願い」
セラがいきなり拳を固めたので少々焦ったが、城壁に損傷はなさそうだ。流石S級魔法。セラが本気ではなかったからかもしれないが。
「S級魔法としては護りに焦点を当てた分、まだ制御しやすい部類ですしね。あの稀代の暴れ馬であった大鎌を扱えるようになったあなた様なら当然の結果かと」
「そんなもんなのか? んー、一夜城ならぬ半刻城になってしまったな。外装内装は色々とカスタマイズできそうではあるけど―――」
ぐぅー。
む、頭と魔力を使ったせいか腹が鳴ってしまった。これはいち早くエフィルのカツ丼を腹に納めねば。
詳しい説明は食べながらすることにして、エフィルが準備してくれたテーブルセットにて食事を始める。一応要塞内に各施設用の部屋も作っておいたので、次からは中での食事かな。風を操っているうちはいいが、ここ砂嵐が酷いし。
「この後のことなんだが、俺はゴーレムの改造作業に移るよ」
「ゴーレムの、ですか?」
「ああ、トライセン迎撃手段のひとつとしてね。今のゴーレムのストックは53機、屋敷に配置したゴーレム以外はクロトの保管に収容しているだけど、まだ半分以上はガトリング砲を装着させてない奴ばかりでさ。魔力を使って一から作り直せば最初からフル装備のゴーレムも生み出せるんだが、魔力がもったいない」
ゴーレムは強力になるほど消費するMPも増えていく。素体となるゴーレムを作り量産した装備を装着させていった方がコストは安上がりに済む。時間制限がある現在においては、MPを温存できるこちらの手法を取るのがベストだろう。回復薬に頼り過ぎて仲間の前で嘔吐したくないしな。魔法の詳細を見る限り、このタイプのゴーレム生成数制限はまだまだ余裕がある。数は力とも言うし、可能なだけ作っておきたいのだ。
「なら、私もいつものように手伝うわ。黒魔法がS級となった今なら、
「……憑依させるスピリットはどこから調達するんだ? 前に憑依させたのはトラージのダンジョンのモンスターだったろ」
「……ちょっとトラージにひとっ走り行ってくるわ!」
「待て待て! 他にもやることあるからそっちを手伝ってくれ! ほら、新装備の考案とか!」
思い立ったが吉日とよくいわれるが、セラは本気で決断が早い。
「そういえば、サバトさん達は何時頃着くかな? ケルにい、ちゃんと連絡したの?」
「しっかり者のエリィに言伝を頼んだから大丈夫だよ。問題ない。A級冒険者の足なら、その気になれば直ぐ来るんじゃないか?」
「うーん、僕にはよく分からないや」
「ま、忘れた頃には来るだろ。それで、午後からの作業なんだけど―――」
サバト達が朱の大峡谷にやってきたのは、それから5日後のことであった。
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