第123話 勝者
―――パーズの街・試合会場
観客の喧騒が止み、星が墜ちたことによって生み出された轟音の残響だけがこだまする。ケルヴィンとシルヴィアが戦っていた結界内に舞台は既になく、地上からは巨大な氷星の上層部のみが顔を出している。結界外に影響はないようだが、上空にも、氷星の周囲にも二人の姿は見当たらない。
「え、ええっと、ゴルディアーナさん。解説を……」
「……緊急事態みたいだから、割愛するわねぇ。落下中にシルヴィアちゃんが自分とケルヴィンちゃんの心臓を一刺し、そのまま墜落。追い討ちの氷塊がズドン、よぉ!」
「それ、心臓刺した時点で巫女様の死亡回避魔法発動していません? あれって2回目も発動しましたっけ?」
「使い捨ての一回きりよぉ! 救助! 二人を救助するのよぉ! 早くぅー!」
ゴルディアーナの叫びに人々は意識を取り戻す。各国の名高い冒険者や武人が結界内へと駆け寄るが、氷星の前にどうして良いものか思い悩んでしまう。シルヴィアのS級青魔術【
「で、でけぇ……」
「これ、どうやって破壊すればいいんだ? ハンマーで砕くか?」
「下手に触れるな! 触った傍から逆に傷を負うぞ!」
「赤魔法で溶かすんだ! 誰か、魔導士を―――」
皆が狼狽する中で、砂煙をあげながら氷塊に急接近する者がいた。
「どっきなさーーーい!」
ゴルディアーナである。赤き闘気をピンク色に変色させながら、解説席から飛び降りてきたのだ。気迫に負けたのか、はたまた本能的に感じるものがあったのか、自然と人々は道を開けていく。
「皆、結界の外へ出なさい! 私がこれをどか、す……?」
ゴルディアーナの右腕にオーラが収束しようとしたその時、眼前の巨星が歪んだ。
「これは……! 全員、退避ぃーーー! 崩れるわよぉー!」
叫びと共に、氷の肌に刻まれる数本の線。その全ては斬撃による軌跡であった。通過した斬撃は巨星を越えて天空に達し、結界を食い破って彼方へと飛んでいく。やがて僅かな時間の経過により倒壊し始める巨星、結界が消滅してしまった今、その巨大な氷片は舞台外部にまで雪崩れ込んでいった。その間も斬撃は放出され続け、氷星の残骸の極小化は続けられる。
「全力で走れー!」
「魔導士達は新たな結界を構築するんだ! 観客の安全を確保しろ、急げ!」
巨星の崩壊により会場は混乱を増す。幸い客席まで距離があった為にそこまで被害が出ることはなさそうだが、万が一のこともあり得る。人々は最善を尽くして行動を開始しようとしていた。
「
不意に客席から放たれる一本の赤き矢。やがてそれは炎を纏い出し、八つ首の炎竜へと変貌していく。
謎の斬撃により極小化された巨星の氷片は
『これでよろしいでしょうか、ご主人様』
矢を放った当人であるエフィルは主に念話を送る。その言葉尻は少しばかり強く、怒っているようである。
『ああ、上々だ。エフィル、そんなに怒るなよ』
氷星によって生じたクレーター、よくよくその中心部を凝視すると正方形型の穴が開いているのが見えた。やがて、その穴から人影が現れる。
「こうして生きているんだからさ」
姿を見せるケルヴィンと、その脇に抱えられたシルヴィア。会場が喜びの歓声で包まれた。
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「ハァ~、ギリギリ間に合ったな……」
実際、マジで死ぬかと思った。シルヴィアの剣によって諸共心臓を串刺しにされた俺は確かに一度死んだ。が、その瞬間コレットの死亡回避魔法が発動。ご丁寧に心臓から剣を抜いた状態で復活させてくれた。回復というよりは巻き戻しの類なのだろうか。
経験のない体験をし、非常時だというのにシルヴィアと顔を合わせて互いに疑問符を頭の上に浮かべてしまった。傍から見たら俺がシルヴィアに抱きついた状態でだ。ごく僅かな間の出来事だったから観客には見られていないと思うが、あの状態を停止して凶獣君に見せたら彼がまた発狂するかもしれない。不可抗力だったとは言え、彼が病欠してくれていて本当に良かった。
何が起こったのか分からず、半信半疑の状態でも状況は動く。俺たちが落下する真上ではシルヴィアの
後は地面を
こうして俺たちは無事生還。行き当たりばったりな対処だったが、結果としては上手くいったんじゃないかな? 最後の切り札であるメルフィーナの加護を大衆の前で使わずに済んだし。
「殺し損ねた。無念……」
「いやいや、しっかり殺されたから!」
それはもう心臓をどすりと。ん? いや、待てよ―――
「もしかして途中で俺に向かって来た理由って、俺を二度殺す為?」
「ん、約束は守ると言ったから。この場合、二度殺さないと意味を成さないし。何とか試合中にできる行動であなたを殺す方法を考えたのがあれ」
すました顔で何と恐ろしいことを。俺も人のことをとやかく言える性分ではないが、この子も大概だな。戦闘の内容としては大満足なんだけどさ。
「な、何とか収まったようですね。特別ゲストのコレット様」
「あの、なぜ私はこの席に座らされているのでしょうか? 今、あまり体調が良くなくて……」
止まぬ歓声の中で解説席の声が広がる。プリティアの席にはなぜかコレットがいるようだ。
「それはもう、今回の模擬試合は異例ですからね! 判定基準となるコレット様の魔法の同時発動! 私達スタッフだけでは判断できません!」
「それで、私に判断しろと?」
「はい!」
「正確には同時ではありません。シルヴィアさんの剣がお二人を貫いたとき、僅かな差ではありますが剣はシルヴィアさんを先に刺しています。よって、魔法が先に発動したのもシルヴィアさんです」
「となると―――」
「ええ。従って試合の勝者は…… ケルヴィンさん! おめでとうございます!」
「「「うおおおー!!」」」
デラミスの巫女の高らかな宣言。試合前はあれであったが、本来は人の上に立つ人間だ。演説も手馴れたもので、会場はより一層震え出した。
「勝者はケルヴィン選手! いや~、素晴らしい試合でしたね。殆ど理解してませんけど!」
「見応えのある試合でした。デラミスとしても、彼らのような力は是非ウッ!?」
「コレット様? 急に口を抑えてどうし…… マ、マイク! 音響止めて!」
悲惨なミュージックをバックに、仲間達が駆け寄ってくる。ああ、今日のことは忘れられそうにないな……
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