第122話 巨星
―――パーズの街・試合会場
ケルヴィンが愛着するS級防具『
その様々な特性の中でも最も特筆すべきは、『接触した魔法を知覚する力』だろう。攻撃魔法を受ける、補助魔法を施される、回復してもらう、偶発的に触れる――― 過程はどうであれ、接触さえすればその魔法の構造様式が瞬時に紐解かれて氷解。露呈された情報は
更にケルヴィンはクライヴ戦の経験から、自らの魔力が触れたものもその知覚対象になることを理解していた。ケルヴィンが使用した
だが、それ以前にシルヴィアは最悪の状況にあった。前方からは
遥か高みにて行われる試合を、状況は分からずとも観客は必死に目で追い見守っている。対してセラ達やゴルディアーナは状況を把握した上で結論付ける。これで終わりだと。満足気に頷くセラに、安堵するエフィルとリオン。ジェラールとゴルディアーナは心から拍手を送っていた。
そんな中、シルヴィアは空を見ていた。顔色ひとつ変えることなく、その綺麗な瞳で。
(―――うん。結界の正確な高さを確認)
どうすれば確実にケルヴィンを殺せるかを考えながら。
「
シルヴィアが呟くと、晴天に恵まれていたはずの会場が突如影で覆われる。唖然とする観客。ケルヴィンも背後に何物かの出現を感じていた。ふと、シルヴィアの細剣にそれが映し出される。
「おいおい、これは……!」
そこにあったものは巨大な氷の星、隕石とでも言うべきか。結界内に納まるギリギリの、舞台一帯を余裕で覆うサイズであった。今にもその巨星が落下しようとしているのだ。
「この結界の高度がかなりの高さまであったのは
「お前、道連れにする気か?」
「ううん。私はたぶん、大丈夫」
シルヴィアは氷竜王の加護を受けている。その効果は氷属性の威力増加と耐性。魔法を緩和する固有スキルと合わせれば、確かにシルヴィアは無事かもしれない。だがケルヴィンは違う。
(
「
ケルヴィンの思考を読み取ったかのように、シルヴィアの右手に氷の盾が展開される。ジェラールの
「後はここを凌ぐだけ」
「本当にお前は最高だなっ! シルヴィア!」
重力に引き寄せられ始めたシルヴィアに対し、
(あの鎌は何となく受けちゃいけない気がする。後は、我慢)
シルヴィアより放たれた細剣の目にも止まらぬ三連突が鎌の黒杖部分に掠り、鎌の軌道を変えて躱される。ケルヴィンが続け様に連撃を放てば、同じようにシルヴィアが応酬する。僅か数秒の出来事であるが故に、その攻防は熾烈を極めた。
(踏ん張りの効かない空中だってのに。器用とかそんな次元じゃないな)
接近戦ではシルヴィアに分があることはケルヴィンも分かっている。だがここは地上ではない、空なのだ。ケルヴィンのように
その状況を変えたのは、シルヴィアの背後より迫っていた
「―――クッ!」
だがそれも致命傷には至っておらず、斬り捨てられることもなかった。直撃する寸前にシルヴィアが氷の盾を黒剣に叩きつけたのだ。盾を構えるのではなく、叩き付けたのである。衝撃により右手の骨が何本かいき、
「刃をっ、氷で覆ったかっ!」
「悠長に構えてたら、はあ…… あなたに、斬られるっ」
腹部にダメージを負ってもシルヴィアの剣捌きのキレが鈍ることはない。最中に行われる攻防で、それどころか速さを増しているようにもケルヴィンは思えた。同時に心の底から歓喜する。己の全力を受け切ってくれるシルヴィアの存在に。空からは巨星の落下により凄まじい圧力が放たれ、猛烈なプレッシャーとなってケルヴィンを襲っていた。だがそれさえも、この戦いを楽しむ為の一因に過ぎないのだ。
瞬く間に氷の塊となった4本の黒剣は完全に勢いを失い、シルヴィアと共に降下。施していたはずの
「ん、足場」
武器のリーチ差でシルヴィアから反撃を受けない絶妙な位置取りをしていたケルヴィンであるが、ここにきてシルヴィアが氷の足場を得てしまった。地上に逃げられると拙い。その場で戦われるのも格段に厄介だ。
即座に
(―――と、思ったんだが)
シルヴィアはこの荒れ狂う中で、僅かに氷塊に足を触れさせる。グリーブから血を垂たらしていた傷は『自然治癒』により癒えているのか、既に痛みはないようだった。無表情に、衝撃を気にする様子もない。次の瞬間、シルヴィアはケルヴィンの眼前にいた。地上ではなく、ケルヴィンのいる方向へと飛んだのだ。
「まさか、こっちに来てくれるとはなっ!」
「確実に殺すと言った。あなたは放っておくと何をするか分からない」
普通に考えれば、このまま
振るわれる大鎌を細剣で潜り抜け、文字通り身を挺して
身に広がる激痛を噛み締め、細剣が抜けると同時にケルヴィンは黒杖を手から放す。懐に入られ利腕を負傷した状態では大鎌は不利、手数も段違いにシルヴィアが勝る。かと言って有効打となる魔法もこの距離では難しい。並列思考を巡らせ、辿り着いた答えは―――
「ぐうっ!」
「悪いな、こっちはセラ仕込の『格闘術』だ」
(っち、
シルヴィアに接触している為か、ケルヴィンに施された
「あの氷塊が墜ちればシルヴィアの勝ち、先にお前を落とせば俺の勝ちだな。どちらにせよ、ここまで戦ってくれてありがとな、シルヴィア」
「かっ、は……!」
シルヴィアはこの束縛を抜け出そうともがく。だが、ケルヴィンの腕からは抜けれそうにない。意識はもう朦朧としている。剣を握る力も薄れてきた。
(このままだと、私が先に死ぬかな……)
最後の力でシルヴィアは両手で剣を握り直す。幸い、折れた右手はもう動かせるレベルまでは治っている。震える剣先が向くのは己の左胸。つまりは心臓。
「おい、まさか―――」
この時ばかりはケルヴィンも笑みを止めた。細剣はシルヴィアの左胸を貫き、その背後に重なるケルヴィンの心臓を射る。やがて地上へ墜落する二人を追撃するように、巨星が舞台へと落下した。
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