第121話 氷姫

 ―――パーズの街・試合会場


「ぬあぁー! 俺の舞台がぁー!?」

「親方、落ち着いてくだせぇ!」


 ケルヴィンの束縛の毒泥沼コンタミネートバインドによって泥状に溶解する舞台。その光景を目にした職人シーザーは魂の悲鳴を上げる。客席では今にも舞台に飛び掛らんと暴れるシーザーを弟子達が必死に止めていた。


「おっと、そう言えば今回は試合開始と同時に半壊してしまいましたね。舞台。シーザー氏自らが採掘に赴き、純度と品質の高い材料を仕入れていたと伺っています。その努力も空しく、最短記録を更新してしまいました! 肉体戦術重視のガウンとは異なり、他では魔法も普通に使いますからね。次回はその点も踏まえて頑張ってもらいたいものです!」

「そんな物がもし作れたら、国中からオファーが来るでしょうねぇ。そんなことよりも、次の戦闘にいきそうよん。目を離さないでぇ」


 ゴルディアーナの予告通り、ケルヴィンとシルヴィアは次の手へと移行する。


剛黒の黒剣オブシダンエッジ

極寒大地グラウンドシヴァ


 舞台を素材にし構築される4メートルほどの黒剣。ケルヴィンの背後には4本のそれが浮遊していた。そして、ケルヴィン自身も飛翔フライによって浮かび、空中に停滞する。


「怖いなぁ。後少しで足をもっていかれるところだった」

「沼に落とそうとした人のセリフじゃないと思う」

「む、確かに」


 シルヴィアが踏みしめる舞台には最早沼はない。舞台が沼ごと氷塊となってしまっているのだ。コレットの結界内にある大地は、今や全てシルヴィアのテリトリーとなっていた。


(A級青魔法【極寒大地グラウンドシヴァ】。あの地面に触れた傍から瞬時に凍結させる魔法か。厄介だな。それに―――)


 鑑定眼で魔法の特性を確認したケルヴィンは続けてシルヴィアを見る。



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シルヴィア[青字] 16歳 女 人間 魔法剣士

レベル:99

称号 :氷姫

HP :1088/1088

MP :1332/1620

筋力 :472

耐久 :316

敏捷 :1192(+199)

魔力 :852

幸運 :749

スキル:魔装甲(固有スキル)

    剣術(S級)

    青魔法(S級)

    気配察知(A級)

    危険察知(A級)

    心眼(A級)

    軍団指揮(B級)

    教示(C級)

    騎乗(C級)

    自然治癒(S級)

    魔力吸着(A級)

    大食い(A級)    

補助効果:水竜王の加護

     氷竜王の加護

     隠蔽(A級)

     調理/敏捷増加大(S級)

=====================================



(さっきから重風圧エアプレッシャーを絶えずかけてるってのに、気にする様子さえない)


 ケルヴィンは試合開始から今においてまで舞台全体に最大威力の重風圧エアプレッシャーを放っていた。その証拠に徐々にではあるが氷塊と化した地面が沈没している。ただし、シルヴィアの足元を除いてだが。


(固有スキルの効果と見るべきか。沈没しない範囲から察するに、シルヴィアのみを魔法系の攻撃から護る防御の類。だとすれば魔法使いの天敵だな。ふふ……)


 並列思考による高速化された潜考を打ち切り、ケルヴィンは4本の黒剣全てに狂飆の覇剣ヴォーテクスエッジを施す。だが、その素振りを見せたと同時にシルヴィアが動き出した。


間欠泉の大滝ゲイザーカタラクト


 氷塊を砕き、その隙間より噴出する熱湯。さながら大きな滝を逆さにして逆噴射させたかのようだ。火傷しそうなほど煮えたぎった大量の熱湯がケルヴィンのいる空中へと広範囲に撒き散らされた。重風圧エアプレッシャーを押し退けての魔法だ。かなりの魔力が篭められていると予測される。


「これ、触ったら熱いらしいよ」

「だろうな!」


 一方でケルヴィンは黒剣は柄の部分を合わせ、巨大な手裏剣状の形体にする。ケルヴィンの前方に位置するそれは、武器と言うよりは盾のように感じられる。


「回れ」


 黒剣が高速回転し、迫り来る大量の熱湯を弾き逸らす。狂飆の覇剣ヴォーテクスエッジの力を得たことも相まって、黒剣製の手裏剣は一滴も後方に取り逃がしはしなかった。弾かれた熱湯は結界のドームにぶつかり消失していく。


 そんな中、気配察知により高速で空中へと昇ってくるシルヴィアを感知。間欠泉の大滝ゲイザーカタラクトにより視界が塞がれ視認できないが、眼前より迫ってくるのを確かに感じた。


 ケルヴィンは烈風刃ショットウィンドを熱湯へとばら撒き、更に大風魔神鎌ボレアスデスサイズによる斬撃を気配のする方向へとぶっ飛ばす。斬撃は先行し、間欠泉の大滝ゲイザーカタラクトを分断しながら押し進む。気配のする位置はもう間近、このままいけば接触する。


「よっと」


 逆滝の狭間に見えたシルヴィアの姿。軽々と斬撃を躱し、後発の烈風刃ショットウィンドをその細剣で弾き飛ばしていく。


(また器用なことを……)


 シルヴィアは凍らせることで大沼を回避したときと同じように、足元の熱湯で氷の足場を作り移動していた。それも恐ろしい速さでだ。ケルヴィンの位置へと到達するのも時間の問題だろう。かなり熱湯を被っているようだが、やはりダメージを受けている様子はない。


(だが―――)


 ドガァン!


「―――!?」


 氷塊となった舞台が真っ二つに断ち斬られる。シルヴィアが躱した大風魔神鎌ボレアスデスサイズの斬撃が直撃したのだ。間欠泉の大滝ゲイザーカタラクトの大元である地面が舞台ごと破壊され、それに伴い熱湯の放出も停止。それはつまり、シルヴィアの足場がなくなることを意味する。


 ケルヴィンは即座に手裏剣の盾を4本の黒剣に分解、それぞれを弾丸の如く無防備となったシルヴィアへ発射。地上であろうとA級冒険者程度のレベルの者ならばまず避けられない速度。それを容赦なく解き放つ。剛黒の黒剣オブシダンエッジは魔法で生成されてはいるが、その実はただ究極に硬く強靭な剣である。魔法的なダメージよりも物理的な破壊の意味合いが強い。魔法の効きが弱いシルヴィアにも、これならばダメージが通るとケルヴィンは考えていたのだ。


 シルヴィア自身も危険察知により黒剣の脅威を感じていた。まともに受ければ深手は必至。そんな絶望的な状況の中でも、シルヴィアは特に思索することはなかった。いや、天性のセンスにより次にどうするべきなのか、体が分かっていたと言うべきか。


 細剣を持たない右手から圧縮された水の魔法を放つ。ケルヴィンの方向にではない、真横にだ。それによりシルヴィアの位置が僅かに逸れ、一本目の黒剣がその直ぐ横を通り過ぎる。


「いつっ……!」


 そして、黒剣の刃のない横面を足場に走り出す。一歩目を踏む瞬間に漏れる僅かな声。シルヴィアの歩んだ道筋には血の足跡が残されていた。黒剣には狂飆の覇剣ヴォーテクスエッジによる付与効果が施されている。魔法が効き辛いと言っても、それを直に触れれば流石に切り傷程度はできるようだ。されど、シルヴィアは2本目、3本目と放たれる黒剣を次々に飛び移り、4本目に至る頃にはケルヴィンの眼前に迫っていた。


「これで、終わり」


 間近で見るシルヴィアの細剣は鏡のように光を反射し、ケルヴィンの姿をくっきりと映し出すほど美しいものだった。その細剣が唸り、危険色を帯び、神速で突き出される。狙うは、ケルヴィンの首―――


「あれ?」


 解き放った細剣が、見えない何かに遮断された。壁、それも何かが渦巻いている。


螺旋護風壁ヒーリックスバリア。物理だろうが魔法だろうが、何物も通さない…… だったかな?」


 ケルヴィンが大風魔神鎌ボレアスデスサイズを構え、更にシルヴィアの背後からは巨大手裏剣が迫っていた。

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