第120話 試合開始
―――パーズの街・試合会場
昇格式が行われた仮設ホールのその隣。そこには試合会場である簡易コロシアムが建造されていた。中央に円形の舞台が設置され、仮設ホールの見物席と同様にその周囲が観客席となっている。戦場となる舞台の装飾がやたらと凝っているのが印象的だ。
試合開始時間直前となった今は、どこを見ても人、人、人――― 席は満員、せかせかと売り子が歩き回り、会場は熱気に包まれていた。
「さあ遂に始まりますS級冒険者同士による模擬試合! 実況は私、ガウン総合闘技場アナウンサーのロノウェがお送りします!」
上空を飛ぶ巨鳥の首にぶら下がっている四角い箱から猫耳の獣人ロノウェの声が鳴り出す。これはガウンの闘技場でも使用されているマジックアイテムで、所謂拡声器の役割を果たす。ガウンに住む、もしくは過去に模擬試合の観戦経験のある者であれば見慣れたものだが、初めて耳にした者は驚くことだろう。しかも、パーズでこれが使われるのは今回は初めてである。そういった客人の大半は自分の耳がおかしくなったのかと狼狽していた。
「へえ、あんなアイテムもあるんだな。シルヴィア、見たことある?」
「ガウンの闘技場に行ったときに。あれ、耳に響くから慣れない……」
その頃、ケルヴィンはちょっとばかりの時間ができてしまい、舞台上でシルヴィアと談笑中であった。なぜかと言えば―――
「んぐ、ケプッ…… な、何とか飲み終えました。次、ケルヴィンさんにかけますね……」
「え、ええ。ゆっくりでいいですよ」
デラミスの巫女、コレットがケルヴィン達に魔法を施すのに苦戦していたからである。最初にシルヴィアに対して魔法を施したのだが、その一発でMPがすっからかんになってしまってしまい、膝から崩れ落ちてしまったのだ。これを予測していたのか両脇に待機していた女神官達がタイミング良く受け止め、MP回復薬をコレットに渡す。これがまた結構な量で、飲み干すには少女であるコレットには辛い。だが飲まなければMPは回復しない。この役を引き受けてしまった立場上飲むしかない。
回復薬はあればあるだけHPやMPを回復することが可能な冒険に必須なアイテムだが、戦闘中に使用するには向かない。種類や等級によって回復量や味はまちまちではあるが量は変わらず、その効果を得る為には飲み干さなければならないからだ。戦闘中に悠長に回復薬を飲むのは駆け出しの冒険者くらいなもの、と昔からよく例え話に上げられるほどだ。万が一に使用するのであれば、パーティの仲間に安全を確保してもらいつつ飲むのが定石である。
(試合前に少し話をしたかったんだが、これは後にした方が良さそうだな。何か必死だし……)
即死を回避する補助魔法をケルヴィンに施し、再び崩れるコレット。寸前でキャッチする女神官達。そして渡される回復薬。
「さ、巫女様。後は結界を張れば終わりですから!」
「え、ええ…… 私、頑張るわ……」
コレットは青い顔で回復薬の瓶に口をつける。ケルヴィンも心の中で応援を送る中、そんなことは知らない会場はロノウェの軽やかなトークスキルによって何とか間を持たせていた。
「舞台を作成したのはお馴染み職人のシーザー氏とそのお弟子さん。今回こそはと破壊されない舞台作りに励んだようです。装飾の飾りつけも気合が入っていますね!」
客席でとある一団がうんうんと頷く。
「さて、今回はゲストとしてS級冒険者であるゴルディアーナさんを解説者としてお招きしています! ゴルディアーナさん、よろしくお願いします」
「気軽にプリティアちゃんって呼んでくれていいわん。よろしくねぇ」
「早速ですがゴルディアーナさん。私、実況を放棄します!」
唐突にロノウェが実況を降板した。
「まあ、いつものことよねん」
「ええ。数多の名試合を実況し続けてきた私ですが、S級冒険者レベルの戦いになりますと、まず目で追えませんからね。何をしているのか全く分かりません! ですが皆さん、ご安心ください。ゴルディアーナさんにその都度説明して頂きますので!」
「いつも思うんだけど、それって貴女いらなくない?」
「音声拡散アイテムはうちの闘技場が貸し出してますので。これくらいは役得かと。司会進行くらいの働きはしますよ」
ロノウェとゴルディアーナの会話を遮るように、闘技場に青白い結界が展開される。結界が舞台を包み込むと、結界は色合いを失い視認できなくなった。
「ハァ、ハァ…… これで、準備は完了、です…… 良い試合にクフッ、なることを祈っています……」
口を両手で押さえながらコレットが退場していく。
(巫女も大変なんだなぁ。吐かなきゃいいけど)
ケルヴィンは心からそう思った。ちなみに回復薬は飲み干した時点で効果が発動するので、その後で吐いたとしても問題はない。
「どうやら準備が整ったようですね。それでは試合のルールを最終確認していきましょう!」
「お願いするわん」
「試合は円形舞台上で行われます。勝利条件は巫女様が施した死亡回避の補助魔法を相手にダメージを与えることで破壊するか、相手を舞台の外、場外に突き落とすかです! 舞台に張った結界は魔法を完全に遮断しますが、人の出入りは問題なくできますので注意してください! お客様方は安心して試合を御覧くださいね。たぶん私と同じで「やべえ」としか理解できないと思いますけど!」
「貴女、所々毒舌ねぇ」
「ボソボソ(ここだけの話、分かった風な顔をしてる貴族も実際は分かってないですからね。あれ、絶対連れて来た武官にそれとなく内容を説明させてますよ)」
「ボソボソ(レディは黙って胸の奥にしまっておくものよぉ)」
「さ、次は使用装備についてです! 事前に準備して頂いた装備であればランクに関係なく使用が認められます! アイテムは禁止ですので持っちゃ駄目ですよ!」
「それについてはもう確認済みなんだけどねぇ」
舞台に上がる前に、ケルヴィンとシルヴィアは申請しているものと一致しているかどうかの確認をされている。アイテムの非所持と共にどちらも審査をパスしているので言われるまでもない。普段は装備に忍ばせているクロトの分身体も今日は留守だ。
「ルールは以上です! 理解しましたか? しましたよね!? それでは開始位置へ着いて下さい! 早くっ!」
なぜか急かされる。
「シルヴィア。正々堂々、良い試合をしよう」
「分かってる。全力だよね。全力」
ケルヴィンとシルヴィアが試合前の握手を交わす。
「おっと。両選手、爽やかに握手しています。これはフェアな試合が見れそうですね? ゴルディアーナさん」
「私もあの子たちの戦いを見るのは初めてなのよん。そんなのまだ分からないわぁ」
両者が開始位置に着く。
「東に陣取るは今回の昇格者であるケルヴィン選手! 黒ローブに杖を携えての登場です! 果たして彼はどういった試合を見せてくれるのでしょうか?」
「ケルにい! 頑張ってー!」
「絶対勝つのよー!」
「ご武運を……」
最前席に備え付けられた特別席からケルヴィンに声援が届く。
「……そしてお仲間の女性の誰が本命なのか!?」
客席から歓声と非難が入り混じった不協和音が鳴り響く。
(なぜに今それを!?)
パーズの外から来た男性陣からの視線が実に痛そうである。
「西に陣取るは前回の昇格者、シルヴィア選手! ケルヴィン選手とは対称的に白と銀の軽鎧、そして武器は…… 細剣のようです! シルヴィア選手はご自分の昇格式には現れませんでしたからね。どちらも実力は未知数、これは楽しみな試合になりそうです!」
「そろそろ開始時間ねぇ」
「おっと、失礼致しました。それでは試合を開始致しましょう! 準備はよろしいですね!?」
歓声が鳴り止み、ケルヴィンが杖を肩に乗せ振りかざすように、シルヴィアが細剣を前に突き出すように構える。
「それでは試合――― 開始っ!」
「―――!?」
開始の合図と共に舞台の半分が泥沼と化し、強烈な風圧がシルヴィアを襲う。ケルヴィンによる
「ッシ!」
シルヴィアは圧力など意に介さずに前に進む。沼を駆け抜け、細剣による一閃。だが、そこに待っていたのはケルヴィンの
「……いいなぁ。本当にいい」
ケルヴィンが血にぬれた頬に手をやる。僅かに光り、手を戻すと既に傷はなくなっていた。
(土、風、光。3属性も使うのかぁ。それにしても―――)
「……楽しそう」
「ああ、最高に楽しい。この日の為に努力してきた甲斐があったよ」
ケルヴィンは顔にシルヴィアへの賞賛の意を貼り付ける。
「うん。私も約束通り、全力で
「え、ええっと、ゴルディアーナさん。一瞬過ぎて分からなかったのですが、今のは……?」
「ケルヴィンちゃんが毒沼にシルヴィアちゃんを重圧をかけて叩き込もうとしたんだけど、自分の足元だけ凍らせることでシルヴィアちゃんは沼を回避。そのまま直進してケルヴィンちゃんの右眼目指して剣で突き刺そうとしたわねぇ。あの勢いだと頭ごと貫き刺しそうだったわぁ」
「目ぇ!? あんな綺麗な顔して目潰しですか!?」
「上手く頬に逸らして躱したみたいだけどねぇ。対してケルヴィンちゃんは大鎌、あれは杖に仕掛けがあるのかしらん? まあいいわぁ、あの大鎌でシルヴィアちゃんの首を取りにいったわねぇ」
「首ぃ!? 昇格式のときは好青年な感じ…… って何か笑ってるし!」
「コレットちゃんの魔法もあるし大丈夫よぉ。それに、上手く屈んで躱したみたい―――」
ゴルディアーナの解説を遮り、ロノウェが叫ぶ。
「この試合、思ったよりもダーティーだー!」
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