第119話 歴代最速の男
―――パーズの街・仮設ホール
昇格式開会直前。来賓席には各国の代表や有名冒険者が、その外周を覆うように設けられた見物席には一般の人々が押し寄せ、会場は人で埋め尽くされていた。
「今回の昇格式は無事に開催されましたな。前回は主役であるシルヴィアが不在でどうなるかと思いましたよ。私なんて未だに姿も見たことがありません」
「そう言われるな。午後に行われる模擬試合では、そのシルヴィア殿が相手を務めるそうですぞ。つまり今回は新たなS級冒険者とシルヴィア殿、一度にそのふたりの戦いを拝観することができるのです。昨年のことなど帳消しになりましょうぞ」
来賓席では早くも模擬試合がちらほらと話のタネとなっている。その多くは貴族達によるものだ。ある者はあわよくばスカウトしようと、またある者は新たな脅威と成り得るか調査の為に。思惑は千差万別であるが、その根本にあるのはS級冒険者の力によるもの。冒険者ギルドによる昇格式の告知から、各国の重鎮達が短期間で手筈を整えパーズに赴く。この式典はそれだけの価値があるのだ。
(今回も盛況ねぇ~。私もジェラールのおじ様の雄姿を目に焼き付けないとん!)
中には不純な理由の者いるのだが、これは例外である。
「皆様、静粛にお願いします」
会場に響くはリオの声であった。雑多な音はピタリと止まり、人々の注目は壇上に上がるリオに向けられる。
「大変お待たせ致しました。これより昇格式を開会します。この度、栄えあるS級へと昇格しますのは、当パーズ冒険者ギルド所属、ケルヴィンであります」
各所で僅かな囁き声が起こる。
「ケルヴィンが冒険者となったのは僅か3ヶ月前のこと。ですが、彼はこの短期間で数々の功績を挙げております。パーズ周辺に突如出現した
リオが言い終えると、壇上の両脇にスポットライトのような光が当てられる。そこにはトラージとガウンの国旗、そして水晶が置かれていた。
「トラージ国、国王のツバキ・フジワラである。冒険者ケルヴィンにその力があることを認めよう」
「ガウン国、獣王のレオンハルト・ガウンだ。同じく、ワシもケルヴィンを認める」
水晶から発せられる二人の国王の声。この水晶はどうやらマジックアイテムのようである。
「東大陸二国の王より承認を頂いた。これにより、ケルヴィンの昇格を正式なものと致します。補足ではありますが、この度のS級への昇格は冒険者ギルド創設以来最速のものであります!」
外周の見学席より歓声が湧き上がる。こちらの客席の大半はパーズの人々。パーズ史上初のS級冒険者の誕生、このビッグニュースに興奮しない者はいない。来賓席の貴族達は少しばかり面食らっているが、こればかりはそんな些細なことを気にしていられないのだ。
「それでは本日の主役に登場して頂きましょう。ケルヴィン、壇上へ」
中央の通路後方より5人の人物が前に出で歩き出す。先頭を切るのは黒き礼服を着飾るケルヴィン。それを囲うようにして緑のドレスに身を包ませたエフィルが、紅きドレスのセラが、純白のドレスのリオンが寄添うように共に歩む。殿を務めるのはジェラールだ。渡された外装は着用していないが、元々鎧姿であった為に荘厳とした雰囲気は十分であった。雄雄しく主の背を護る姿がその高潔さを表していた。
「何と美しい……」
「あ、あの者達も仲間なのか!?」
「いやいや、演出上の雇われ者であろう。 ―――何、違うのか!?」
「ジェラールのおじ様…… 素敵!」
何よりも注目を浴びたのはドレスアップした3名だろう。エフィル達は普段化粧を全くしないのだが、本日はアンジェの手によりフォーマルな軽めの化粧が施されている。元々凄まじく器量の良い彼女達が一歩大人びた雰囲気を漂わせ、更にはギルド職員達が血眼になってまで作り上げたオーダーメイドドレスで着飾っているのだ。社交場で鍛えられた貴族の目であろうと、目を離さずにはいられなかった。無意識に感嘆の息を漏らしてしまう。
「ふ、ふふ、今日まで頑張った甲斐があったな……」
「ああ…… 俺たちの目に、狂いはなかった……」
頑張りどころを少々間違った方向に向けていたギルド職員達がハイタッチを交わす。
「先輩達、何やってるんですか。まあ、確かに良い仕事ですけど…… って、先輩!?」
その後、彼らは連日の徹夜がたたって崩れ落ちてしまうのだが、その表情はとても満足げだったとアンジェは語る。
視線集まる通路を通り抜け、ケルヴィンはリオのいる壇上に立つ。エフィルらは舞台の下で控える形だ。当然であるが、こうなれば関心はケルヴィンに集まる。
「彼が歴代最速のケルヴィン殿か。おい、後に本国へ報告するのだ。脳裏に焼き付けておけ。彼とはコネクションを持ちたい」
「まだ若いな。見た目は平凡な好青年に見えるが……」
「あら、私は好きでしてよ。優美な佇まいではないですか」
貴族からの評価は一長一短。セラ達と見栄えを見比べ落胆する者、その潜在能力を推し量ろうとする者と様々だ。その分、見学席からの声援は一層大きい。
(はあ、何か色々と思われていそうだ。早く午後にならんかなー)
背中に視線をガシガシと感じ取り、ケルヴィンは心の中で溜息を吐く。それでも顔は絶えずにこやかに、礼節を間違えぬよう注意を払っている為、見る者の印象が悪くなることはなさそうだ。頭の中が試合で一杯だとは誰も思わないだろう。
リオと並び立ち、客席に振り返る。今ここに、新たなS級冒険者が誕生した。
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―――仮設ホール・カフェテリア
「疲れた、めっちゃ疲れた……」
昇格式が閉幕し、午後の模擬試合までの空き時間。取り巻きと化した客人達の応対を終え、やっとのことで昼食タイムとなる。
「ん、お疲れ様」
「大変そうでしたね」
会場には至る所に屋台や食事処が展開されている。どこで食べようかと巡っていると、偶然シルヴィアとエマを発見。ご一緒させてもらうこととなった。既に空皿が何枚も重なっているが、メルフィーナによって鍛えられた俺には全く気にならない。まだまだ物足りなさを感じるくらいだ。
「他の人達は?」
「コクドリは別行動中です。たぶん、会場のどこかでしょう」
「ナグアはまだ動けないし、アリエルはその看病」
「ふーん、もう一発かましても良かったかしら?」
「こらこら」
「ギリギリ大丈夫、でもないかな? かなり危ないかも。耐えれるようにもう少し鍛えておくね」
挨拶代わりのデビルジョークを華麗に躱し、更にボケで返すシルヴィア。この子もなかなかの猛者である。
そんなところで店員が来たので適当に注文を済ませる。店員はなぜかガチガチに緊張していた。何だろう、今日が初仕事だったのかな?
「シルヴィー。これからケルにいと試合だけど、調子はどう?」
リオンよ、相変わらず仲良くなるのが早いな。もうあだ名で呼んでいる仲なのか。
「何だか今日は調子が良い。約束通り、全力でいくね」
おお、何かオーラのようなものが見えるくらい気力に溢れている。
「ええと、昨夜からずっとこんな感じで…… シルヴィア、何か変なものでも食べたの?」
「エマと同じものしか食べてないよ。 ……あっ、昨日のエフィルさんの料理、とっても美味しかった。感動した。サイン、大事にするね」
ペコリと頭を下げるシルヴィア。
「ありがとうございます。また、ご馳走させてくださいね」
エフィルも頭を下げ返す。二人を見ていると和やか気持ちになるな。
『エフィルの料理を食べたと言うことは、補助効果が付きましたね』
『あっ、そうか』
そう言えばシルヴィアも昨日、エフィルの料理食べてたもんな。シルヴィアよ、ステータスを見てみなさい。素敵な補助効果が付いてるよ。まあ俺もだから条件は同じだ。シルヴィア、午後は良い試合をしよう。
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