第118話 昇格式

 ―――パーズの街・仮設ホール


 昇格式当日。街の中心部、祭事の際に使用される多目的広場に建設された仮設会場に俺たちは赴く。会場中央の通路横には来賓用の椅子が並び、一般の来客はホールの外周から見物できるつくりになっている。しかし、3日でこれだけの規模の会場を作り上げるってのも凄いものだ。やはりスキルの力によるものなのだろうか。


「あ、ケルヴィン! もう来ていたんだね」

「おはようアンジェ。今日はよろしく頼むな」

「あはは~。新たなS級冒険者様に頼まれるなんて光栄だね。うん、大船に乗ったつもりで任せてよ」


 今日は一日アンジェが付き人として随伴し、昇格式や模擬試合の案内をしてくれるそうだ。ギルドの職員の中で一番仲がいいのはアンジェだからな。リオが気を利かしてくれたのかもしれない。


「ちょっと早いけど、先に今日のスケジュールを説明しようかな」


 アンジェが肩にかけたポシェットから紙を取り出し、全員に配りだす。ふんふん、今日の予定表のようだな。


「式典が始まるのは10時からだね。それまでは自由にしていて大丈夫だけど、早めに待機してくれると助かるかな。正装はギルドで人数分準備しているから、控え室で着替えてね」

「正装でやるのか? 模擬試合用の装備で良いと思ってたよ」


 現在愛用している黒ローブ、智慧の抱擁アスタロトブレスを着用し気合を入れてきたところなのだが。


「ごめんね。決まりって訳じゃないんだけど、うちのギルド長が変にやる気でさ。独断で皆の分を作っちゃったみたいで。一応、ギルド公認の式服だからどこの礼式にも着ていけるよ。無償であげるからさ、昇格式の間だけでも我慢して…… って、あれ? メルさんは?」

「メルねえは体調不良で今日は休んでいるんだ。昨日から元気がなくてさ」

「そうなの? 後でお見舞いに行かなきゃ」


 リオンが体調不良を口実にしてアンジェに説明するが、これは真赤な嘘である。今、メルフィーナは俺の魔力内にいる。以前メルフィーナと話していた通り、コレットやデラミスの人々に対して姿を見せないようにする為の対応策だ。そこまでする必要はないと思うのだが、他は兎も角コレットはメルフィーナに対して感付く可能性が非常に高いと言うのだ。伊達にメルフィーナから加護を受け、巫女をやっている訳じゃないと言うことか。デラミスの巫女、流石だな。


『そうなのですが、そうじゃないと言いますか……』

『ん、何か言ったか?』

『……実際会った方が早いと思います』


 今朝からメルフィーナの様子が少し変だな。本当に調子が悪いのだろうか。


「式が無事に終わったら、昼食を食べて午後からは待ちに待った模擬試合だよ。他国からのお客さん達もどっちかと言うと試合目当てで来てるかな。S級同士の試合なんてこんなときくらいしか観戦できないからね」

「ケルヴィン、絶対に勝ちなさいよね! 負けたら承知しないから!」

「当然。本気で勝ちにいくさ」


 今日のセラは朝からテンションが高い。


「セ、セラさん妙に気合入ってるね」


 アンジェがこっそりと耳打ちしてきた。


「昨日、色々あってさ。まあそっとしておいてくれ」

「そうなんだ。ケルヴィンも大変だね…… 困ったことがあれば相談に乗るから、私を頼ってね!」

「ありがとな、アンジェ。助かるよ」


 やはりアンジェは友達想いの良い奴だな。これからも友達として仲良くしていきたいものだ。


「ご主人様。式典までもう2時間ありますが、いかがなさいますか?」

「ちょっと早く来過ぎたな。どこかで時間を潰して―――」

「あらぁ、ケルヴィンちゃんとジェラールのおじ様じゃなーい?」


 背後から野太い声が聞こえた。振り向かなくとも誰かは分かる。ジェラールが動揺してるし。


「プリティア。一昨日振りだな」


 俺の予想通り、背後にいたのはゴルディアーナ・プリティアーナであった。前に会った時よりも化粧が濃く、お洒落しているように見える。これがプリティアのドレスアップ姿か。危ういな。


「ええ。今日はいよいよ昇格式ねぇ。私も影ながら見守っているから、しっかり頑張るのよぉ」

「ははは、心強いよ」

「それにしても、式までまだまだ時間があるわよぉ? 私はこれからお気に入りの喫茶店で、モーニングをとりながら読書でもしようと思ってたんだけどぉ…… おじ様達も一緒に来ちゃう?」


 キャピ! とウインクからハートが飛んでくるが、これはジェラールのものだ。俺が受け取る訳にはいかない。避けておこう。


『ワシのでもないわい!』


 ああ、ジェラールも迫り来るハートを避けてしまった。全く、この照れ屋さんめ。


 しかし喫茶店は悪くない選択肢だ。プリティアから面白い話も聞けそうだし、ここは俺たちもご一緒させてもらおうか。


「時間も無駄にあるし、俺たちもお邪魔するよ」

「あらん、本当に!?」

「アンジェも一緒に――― どうした?」


 ふと見ると、アンジェが固まっていた。


「ケ、ケルヴィン。あの方は西大陸の『桃鬼』ゴルディアーナ・プリティアーナさんだよっ!? 何時の間にお知り合いになったの!?」

「あれ? セラとの一件は聞いてないのか?」

「セラさんの? リオンちゃんが報告に来た新ダンジョンの話? それがゴルディアーナさんと何か関係あるの?」


 んん? ギルドに連絡したのはプリティアじゃないのか?


「ああ、ごめんケルにい。詳しく話してなかったね。新ダンジョンのモンスター討伐報告に行ったのは僕なんだ。プリティアちゃんの名前も出そうとしたんだけど、分け前はいらないって聞かなくてさ。 ……そしてそのままギルドの前に僕とジェラじいを置いて、屋敷にひとり突っ込んで行ったんだけどね」

「……それでリオンは一歩遅れて屋敷に着いたのか」


 そりゃ警備のゴーレム達もプリティア単体が突撃して来たら反応するわ。


「いえ、その…… つい先走っちゃったわん」

「もう、プリティアちゃんはそそっかしいんだから」


 舌を出して赤くなるプリティア。違う、そういったポーズはうちの女性陣にやってもらいたいのだ。


「と、兎も角ぅ! 喫茶店に行きましょう! 話はそれからよん!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 プリティア一押し喫茶店で時間を潰した俺たちは、時間もそこそこに会場ホールへと移動する。会場前でいったん別れ、俺たちは控え室へ、プリティアは来賓席へと向かっていった。


「なかなか雰囲気の良い喫茶店だったわね」

「ああ。もっと型破りなところかと思ったが、意外とプリティアはセンスが良いよな」


 自分の服以外は。さて、気持ちを落ち着かせた所でリオの用意した正装に着替えるとしよう。


「さ、これが式服だよ」


 アンジェから包みを渡される。各々で式服の種類が違うようで、俺のものは貴族的な黒の正装であった。モールで装飾がなされており、パーズ冒険者ギルドの紋章である翼が刻まれている。


 エフィル、セラ、リオンら女性陣には各自の雰囲気に合わせたドレスが配られる。こちらの品々は以前からギルド職員達が日々の徹夜を乗り越えて考案したデザインだそうだ。おい、そこに力を入れてたのかよ。俺の礼服と同様に翼が刻まれ、ランクもA級となかなかに高い。


「メルさんの分のドレスもあるから、後で渡してね」

「了解。きっと喜ぶよ」


『エ、エフィル! この礼服、翼と尻尾を通す穴がないわ!』

『問題ありません。クロちゃんに裁縫道具を預けておきましたので、数秒あればお直し可能です』


 セラが慌てているが、エフィルに任せれば問題なさそうだな。


 さて、鎧姿のジェラールには翼が刻まれた白の外装が渡されるが『自己改造』の特性上、装備してしまうと深紅の外装クリムゾンマントが消えてしまうんだよな。どうしたものか。と言うか、一度装備してしまったらこの外装も外せないぞ。


「うーむ、アンジェ殿。私的な諸事情で悪いのじゃが、ワシはこのままでも良いか?」

「あ、ジェラールさんは大丈夫ですよ。絶対に装備を脱がないってことでギルド長も諦めてましたから」

「う、うむ。そうか……?」


 ジェラール、何か変に誤解されてる気がするぞ。


「ケルヴィンはあっちの更衣室で、エフィルちゃん達はこっちの女子更衣室で着替えてね。時間になったら呼びに来るから。喫茶店で話した通り、式典は「はい」だけ言っておけば大丈夫だから安心してね。ではでは~」


 アンジェに押され、ひとり更衣室に押し込まれる。


「……着替えるか」


『あなた様、なぜか残念そうですね』

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