第124話 シルヴィア
―――パーズの街・時計塔
街の中心部の広場からやや南方。そこには静謐街パーズが4国によって建国された際に、モニュメントとして建造された時計塔が存在する。和平が結ばれたことにより訪れた平和、街の中でも特にその象徴とされるこの時計台はパーズ一の高さを誇り、一般に公開され観光名所としても名高い場所だ。天辺には街中を見渡せる展望台があり、観光客にとって人気である。
しかし、今においては時計塔に人気はない。街全体を引っさげての祭事、ケルヴィンとシルヴィアによるS級冒険者同士の試合の真っ最中であるからだ。普段はどの時間帯においても観光客の姿が絶えないこの場所も、客を根こそぎそちらに持っていかれ閑古鳥が鳴いていた。
だが、時計塔の展望台にただひとり、ここから試合会場を見下ろす者がいた。
「ふむ、やはり彼女は……」
外装を纏う男の視線の先にあるのは、ケルヴィンの対戦相手であるシルヴィアであった。男は何かを納得したように頻りに頷く。
「『鉄鋼騎士団』の将軍様が、こんなところに護衛も付けないで観戦ですかい?」
「……その声は、コクドリか」
背後からの唐突な名指しの声掛け、男は動揺する素振りも見せずに静かに振り返る。声を掛けたのはシルヴィアのパーティメンバーの一員であるドワーフ族のコクドリ。そして先程まで試合を注視していたのは、軍国トライセン『鉄鋼騎士団』将軍、ダン・ダルバであった。
「おっと、あっしのことを覚えてくれているとは光栄だ。確か、すれ違い程度にしか面識はないはずですがね」
「強き戦士の顔と名は忘れられん性分でな」
「異種族嫌いなトライセンとしては、珍しいですな」
「国の方針としてはそうだが、皆が本心からそう思っている訳ではない。ワシのような者も稀にいる。それにその理屈だと、あそこにいる彼女もそうでなくてはおかしいではないか」
ダンが試合会場に向けて指をさす。ちょうどそのとき、空に氷星が出現した。
「ほう。
「ふう、やはり気が付いていたか」
「髪を伸ばし、昔いつも着衣していたマフラーを外しておったがな。だが言ったであろう、強き戦士の顔は忘れられんと」
「……それで、彼女をどうする気ですかい?」
コクドリを取り巻く気の性質が変化し、プレッシャーがダンを襲う。それでもダンは意に介さない様子だ。ダンは両肩を上げ、敵意がないことを表す。
「まあそう気負うでない。無理に連れ戻そうとワシが来た訳ではないのだ」
「では、何のようで?」
場の雰囲気が若干緩和する。
「シュトラ様からの手紙だ。ルノアに渡してくれ」
「……手紙?」
ダンがコクドリに手紙を手渡す。手紙の封筒にはトライセン王家の封蝋が押されている。
「2年前、ルノアがアシュリーと共に消えた際、シュトラ様は酷く悲しまれた。立場上、シュトラ様にとっては気兼ねなく話せる唯一の親友達だったからな。暗部を動かし捜索もしたが、結局は見つからずに打ち切られた」
「ああ、そうでしょうな」
「なぜ今になって冒険者業をしているのかは知らんし、今更こちらから手を出す気もない。ルノアを発見したことを知っているのも、ワシとシュトラ様、それに信頼に足る者だけだ。だからこそ、これ以上シュトラ様を悲しませないでほしいのだ」
「何を言って―――?」
「その手紙を読めば分かる。さて、ワシはそろそろ帰国するとしよう。どうも最近、老いには勝てんでな。早馬でここまで来るのも一苦労だ。歳は取りたくないわい」
腰を叩きながら、ダンが眉間にしわを寄せて渋い顔をする。
「……シルヴィアが出て行った理由は、聞かないんで?」
塔の階段に向かうダンを、コクドリが呼び止める。殺気はないが、未だ警戒は解いていない。
「聞けば、トライセンに戻ってくるのかな? 違うだろう。こちらの未練を掘り起こすだけだ。親友のシュトラ様に黙って姿を消したのだ。相応の理由、決断をしたのだろう。なら、ワシはそれで良い。シュトラ様もお許しになられた。まあ後任には不満しかないがな。ああ、奴ももういないか……」
そう述べるとダンは階段を降り始める。振り返らず、軽く手を振りながら。
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―――パーズ冒険者ギルド・ギルド長の部屋
俺は模擬試合を無事勝利で収めた後、暫く仲間達と一緒に取材やら何やらで拘束されることとなる。それは今回初お目見えとなるシルヴィアも同様のようで、あちらも別の取り巻きによる人の波ができていた。その大量の人々を徐々に捌いていき、終わる頃には日も沈む時間帯になっていた。祭り騒ぎは今日の深夜まで続くらしく、今も外では賑やかな喧騒が聞こえてくる。
「はい、お疲れさん。これが新たなギルド証だ。これからも頑張ってね」
「……何か軽過ぎじゃないですか?」
そしてS級のギルド証を取りにリオに会いに来たんだが、これまた扱いがぞんざいな気がする。俺、結構頑張ったのよ? 一先ず包みに入ったギルド証は受け取る。
「あはは、実は私も疲れてしまっていてね。できれば早く帰って寝たいんだ。歳は取りたくないね~」
「ああ、そうなんですか……」
「まあそういう訳にもいかないんだけどねー……」
モノクルを拭きながらリオが苦笑いする。珍しくも本当に疲れているようだな。まあ、下のギルド職員達もデスクに倒れ込みながら寝ている者もいる始末だ。責任のあるギルド長は尚更疲れているのだろう。ちなみにこの後はデラミスの巫女との会食を予定している。残念なことに帰って寝ている暇はない。
「ケルにい、僕たちにも見せてよ。新しいギルド証!」
「私も見たいです」
「ワシもワシも!」
待ち切れずにリオンとエフィルが催促してきた。ジェラールもなぜか童心に戻っている。落ち着け。
「そら、とくと見よ!」
「「「おおー!」」」
もったいぶって包みを外し、ギルド証を取り出して掲げる。A級では黄金色だったそれは、S級となって虹色に輝く幻想的なものへと激変していた。後光が差しているのはたぶん気のせいだが、リオン達の受けはすこぶる良い。
「へ~、光を当てる角度で色々な色になるのね!」
「ホログラフィーみたいだね」
「一応貴重なものだから、あまり人前には出さないでね…… おっと、もうこんな時間か。この後の予定は覚えているかい?」
「ええ。コレット様との会食でしたよね? ……ええと、彼女大丈夫ですか?」
昼間の悪夢は個人的に忘れてあげたいが、正直それは無理というものである。大音量で街中に垂れ流したからな。あれ以来、姿を見ていないので心配していたところだ。
「大丈夫ではないかな…… デラミス一行が宿泊する宿に引き篭もっちゃって、ずっと神様に祈りを捧げているようだ」
らしいぞ? メルフィーナ。
『ここで私に振りますか…… 彼女なら大丈夫ですよ。これまでも幾多の試練を越えてきましたから』
年頃の少女にこの試練は酷い仕打ちだと思います。男の俺でも心折れる。
「そっちは私が何とかするから、ケルヴィン君はアンジェ君の案内に従ってくれ。ゴルディアーナ達も向かっているはずだ」
「了解しました。さ、お前ら行くぞー」
俺達はアンジェの待っている受付カウンターへと向かう。扉を閉める際、リオが「公然で、吐瀉…… 何と声を掛ければいいのだ……」と呟いていた気がした。
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