第72話 再会
リュカが俺の胸にとび込んで来る。俺、ナイスキャッチ。
「だ、駄目でしょリュカ。今日は遊びに来たんじゃないわよ」
「だって、お兄ちゃんと久しぶりに会えて嬉しいんだもーん」
「ま、待ってくれ。状況が飲み込めない」
どんな希望者が来てもいいよう、ある程度の覚悟はしていたが、この二人が来るとは完全に予想外だ。
「何言ってるの? お兄ちゃん、使用人の募集をしていたじゃない。今日はその面談でしょ?」
「いや、そういうことじゃなくてだな…… そもそも二人はトラージにいたんだろ? 募集をかけてから、まだ2日しか経ってないぞ。この短期間でどうやってパーズまで来たんだ?」
そう、そこが一番の問題だ。俺達が馬車でトラージに向かったときは、時間にして数十日はかかったはずなのだ。
「ケルヴィン様の使用人募集をトラージの冒険者ギルドで拝見しました。ちょうどその頃、私も新たな仕事を探していましたので、この度希望させて頂きました。ただ、詳しく話を聞くと場所がパーズだということで、そこで諦め掛けたのですが、ギルドのミストさんの御助力がありまして……」
「お城から一瞬で着いたよ!」
「……転移門か」
しかし、転移門を使うには条件があったはずだ。
「あ、そうでした! トラージ王から文を預かってます」
「ツバキ様から?」
エリィさんからトラージ国章の封蝋が押された手紙を受け取る。早速読んでみる。
……手紙の中身を要約するとこうだ。
リオから話は聞いたぞ。使用人を探しているようではないか。ちょうど今日、御主に米俵を送るところだったのだ。そのついでに、トラージにいる希望者をまとめて転移門で送ってやろうぞ。採用しなかった者は、リオギルド長が帰りの手配をしてくれるはずじゃ。何、気にするでない。礼はいらぬ。まあ、どうしても礼がしたいと言うのなら、トラージに仕えてくれてもいいんじゃぞ? 遠慮するでない、トラージの門はいつでも御主達を(以下、勧誘の文章が延々と続く)
「……把握した」
俺達の勧誘をまだ諦めていなかったのか。なかなかツバキ様も粘り強い。たぶん、リオとミストさんが知らせたのだろう。
「ご主人様、ツバキ様から米俵が届いております。 ……なぜかセラさんも一緒に運んでいました」
「この御屋敷までは転移門で共にいらっしゃったトラージの従者の方々と、道中で偶然お会いしたセラ様に運んで頂きました。流石冒険者様なだけあって、力がお強いんですね」
「ケルヴィーン! お米貰ったわよー!」
両脇に米俵を抱えたセラが扉の外に見える。姿が見えないし念話による返事もないと思ったら、米を運んでいたのね。
「従者の方々は門前で待機して頂いてますが、どう致しますか?」
「ここまで運んでくれたんだ。何か冷たい飲み物と軽食を出してくれ。エフィルの料理なら絶対に喜ばれる」
「承知しました」
エフィルが退出する。入れ替わりでセラが部屋に入ってきた。
「全部食材庫に入れておいたわよ。それで、面談はどんな感じ?」
「お疲れ。どんな感じも何も、まだ始まったばかり…… なんだけど、もう採用しようと思う」
「本当!?」
リュカが飛び跳ねながら喜ぶ。
「よ、よろしいのですか? まだ私達は何も話していませんが……」
「話ならトラージに帰る道中で一日中したじゃないか。二人の人柄は大体理解しているつもりだよ。初対面の人よりもよほど信用できる」
エリィさんの、使用人として雇うならエリィか。エリィであれば問題なく働いてくれそうだ。リュカはまだまだ幼く、素養も低いが伸びしろがある。エフィルの下でしっかりと経験を積めば、メイドとして立派に成長してくれるかもしれない。
「決まりね。今日はお祝いも兼ねて、エフィルのご馳走かしら?」
「ワシも相違ない。リュカよ、ワシのことはお爺ちゃんと呼んでくれても構わんぞ?」
「えっと、ジェラールお爺ちゃん?」
「お、おお…… 何か、体の底から湧き上るものが……!」
ジェラールよ、それではただの好々爺だ。しかも見た目は厳つい大鎧なだけあって、かなり危ない構図だぞ。
「兎も角、二人は使用人として合格ってことで。募集の項目に書いていたように、住込みで働いてもらうことになる。エフィルが戻って来たら、二人の部屋に案内させるよ。親子な訳だし、一緒の部屋で構わないかな?」
「十分過ぎます! 普通でしたら、もっと大人数が同じ部屋に寝泊りするものですから。お給金もかなり高めですし、本当にいいのですか?」
「その代わり、その分の働きはしてもらうさ。リュカも最初のうちはできないことばかりだと思うが、しっかり学んで吸収するんだぞ?」
「うん! 私、頑張る!」
「申し訳ありません。言葉遣いについては、私から教えていきますので……」
まあ、その辺りは自然と身につけてくれるだろうが、使用人として必須項目だからな。歳相応に頑張ってもらいたい。
「今日のところはまだ疲れもあるだろうから、実際に働くのは明日からだ。もちろん部屋は自由に使ってくれて構わない。ああ、それとエフィルに寸法を測ってもらってくれ。仕事着を作ってもらうから。あとは―――」
必要な説明の話もそこそこに、エフィルが戻ってきた。
「ああ、エフィル。ちょうど良かった」
「いかがなされましたか?」
「エフィルを屋敷のメイド長に任命する。二人の指導を頼みたい」
「……謹んで、お受け致します」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――ケルヴィンの私室
エリィとリュカの歓迎会を終え、夜も静まる深夜。読みかけだった本をペラペラとめくり、月の光が射す私室でひとり耽る。隣の部屋から物音は聞こえない。もうエフィルは寝ただろうか。水でも飲もうかと立ち上がった瞬間、懐かしい魔力の流れを感じる。
「随分と時間がかかったじゃないか、メルフィーナ」
『……私が来ると、知っていたのですか?』
意思疎通を通じて聞こえてくる声。間違いなくメルフィーナのものだ。
「何でだろうな。今日戻って来るんじゃないかって予感があったんだ。まさか当たるとは思わなかったけど」
冗談交じりに笑い掛ける。傍目から見たら一人で笑う変な奴だ。
『益々人間離れしていますね』
「うるせいやい」
だが確かに、大切な仲間がここにいる。こんなやり取りも久しぶりだな。
『申し訳ありません。義体の調整に予想以上の時間がかかりまして……』
「気にするな。その義体ってのがどんな物かはよく分からんが、これでメルフィーナを召喚できるんだろ?」
漸くこの時、この瞬間がきた。時間にしてほんの3ヶ月の間だったが、えらく長く感じたな。
『ええ、あなた様のハートをキャッチする準備も万端ですよ』
「その言い回しは若干古い」
そうか、メルフィーナの容姿を見るのもこれが初めてになるのか。あれ? 少し緊張……
「そもそも、お前は長期休暇のついでに俺にかまっているんだろ? 始めと趣旨が変わっていないか?」
『何も変わっておりませんよ。意外と私も、あなた様のことを好いているのかもしれませんね』
その俺がメルフィーナに惚れていたって設定、本当かどうか定かじゃないだろ。
『召喚すれば分かることですよ。さ、どうぞ!』
「はいはい……」
今の俺のMP最大値は2625。ジェラール達を召喚している分を差し引けば、残りは2045。奇しくも、前回召喚を行おうとして失敗した数字だ。足りるか?
意識を集中させ、前方のベッド上に魔力を纏わせる。準備はオーケー、後は呼び出すだけ。
空中に魔法陣が出現し、青白い光りが部屋を包み込む。やがて光は白き翼となり、細かく四散していった。
「……ご感想は?」
ベッドの上に降り立った天使が問う。蒼き長槍、蒼き軽鎧を身につけ、その様は気高く、穢れ無き戦乙女を彷彿とさせる。外見上の年齢は高校生ほどだろうか? 月の光を浴びた蒼白い髪は腰よりも長く伸びている。神々しさを感じてしまうほどの美貌は可愛らしくも美しい。天使の翼がばさりと広げられると同時に、神聖な魔力が場を支配した。
「まずまず、好みではある」
「うふふ、そうですか」
つくづく思う。俺は嘘をつくのが苦手だ。
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