第71話 使用人
「あれは料理界の革命よ! クレアったら、あんな隠し玉を持っていたなんて侮れないわね!」
「ううむ…… 長年生きてきたが、あのような味は初めての体験であった」
住み慣れた精霊歌亭に別れを告げ、新たな住処となる屋敷に向かう道中。一同はクレアさんがエフィルに伝授した秘伝の料理の話題で盛り上がっていた。まさか、クレアさんがカレーのレシピを知っていたなんてな。米ではなくカレーとパンの組み合わせであったが、当然ながら非常に美味しいものだった。皆も気に入ったようだ。
「カレーも異世界の料理だそうですよ。昔、古い書物からレシピを見つけたそうです」
「それならケルヴィンが知ってたんじゃないの?」
「俺は料理がからっきしなの」
現代から転生してきたとは言え、俺は料理を殆どしたことがない。そんな俺が不整合な知識の中からレシピを再現することなんて、例えエフィルの腕を借りたとしても到底不可能だ。そんな最中に出会えたトラージの和食やクレアさんのカレーレシピは、俺にとって財宝に匹敵する存在なのだ。
「エフィル、今度は米にカレーをかけて食べてみよう。きっと美味しい」
「そ、その発想は思い付きませんでした。流石はご主人様です」
キラキラとした純真な眼差しを向けてくるエフィル。ふふ、レシピと調理法さえ分かってしまえばこっちのもの。カレーがあればメニューのバリエーションがかなり増える。そこにエフィルの調理スキルが加われば天下無双だ。
宿からそれ程遠くない屋敷には、そんな話をしていれば割と直ぐに到着する。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「……何? その茶番」
やってみたかっただけだ。
さて、大広間まで来たが、マイホームに到着してからまずやらねばならないことがある。ずばり、部屋決めである。購入の際にも説明されたように、この屋敷には1階と2階を合わせて空部屋が計15部屋もあるのだ。当然全てを各々の私室にする訳ではないが、今のうちに大よそのレイアウトは決めておきたい。
「私は2階の右奥の部屋ね!」
「やけにその部屋に拘るな?」
「だって、角部屋で日当たりが良いじゃない」
悪魔が日当たりを気にするのか。しかも良い方をとるのか。
「私は特に希望はございません。ご主人様がお決めになってください」
「別に遠慮することはないぞ? これだけ部屋があるんだ。何でもいいから言ってみろって」
「ええと、それでは…… ご主人様のお部屋の近くが、いいかも、です……」
顔を赤らめて視線を逸らしながら答えるエフィル。何だこの可愛い生物。思わず頭を一撫で。
「そっか。それじゃ、俺の部屋を決めてからだな」
「は、はい……」
次にジェラールの希望を聞こうとそちらを見ると、俺に向かってサムズアップしている。見なかったことにする。
「王よ、無視するでない!」
「聞こえないな」
「ワシが悪かったわい!」
「はいはい。それで、ジェラールはどこにする?」
「そこでよいぞ」
ジェラールが指を指したのは、エントランスから最も近い部屋だった。
「えらく適当だな。本当にそこでいいのか?」
「寝床があればどこでも構わん。それに、その部屋であれば門口に近い。有事の際に瞬時に対応できる」
おお、珍しくも騎士らしい発言だ。その時は頼りにさせてもらおう。
「最後はクロトだな」
問おうとすると、クロトはプルンと器用に形状を変化させ、玄関の扉を指した。
「外、か? 部屋なら沢山あるんだぞ?」
フルフルと首(?)を振るクロト。
「ご主人様、クロちゃんは元々野外で暮らしていたモンスターです。私が思いますに室内で過ごすよりも、外の方がクロちゃんの本質に合っているのでは?」
「そうなのか?」
クロトは体で○を描く。確かにこの屋敷の庭園であれば十分に広いからな。窮屈な思いはしないはずだ。クロトであれば常識も弁えているし、変なことも起こさないだろう。
「分かった。庭を自由に使ってくれて構わない。部屋が欲しくなったらいつでも言えよ?」
「あら、ケルヴィンの部屋がまだ決まってないじゃない」
「ああ、俺の部屋はだな―――」
「セラよ、屋敷の主の部屋と言えば大体決まっているではないか。最も安全な部屋じゃよ」
「あー、2階の一番奥の部屋? 普通の部屋よりも広かったわね。私の部屋が2つ手前にあるし、確かに安全ね!」
「ガッハッハ! そうじゃろう?」
「エフィルの部屋はその隣で決まりね!」
「はい。ご主人様、よろしくお願い致します」
深く頭を下げるエフィル。
「あ、ああ。よろしくな……」
俺は地下への入り口付近の部屋が良かったんだが、それを言える空気じゃない。ジェラールが懲りずにまたサムズアップしている。おそらく、兜の下ではキラリと歯を輝かせて良い笑顔を作っていることだろう。セラも釣られて真似するんじゃない。
「これで部屋割りは決定?」
「ああ、それじゃあ荷解きをしようか。それで引越し作業はひとまず終了だ。クロト、家具とかの大きな物の移動は頼んだぞ」
「クロちゃん、食堂から行こっか」
ああ、そうだ。冒険者ギルドに使用人募集の依頼をしてこないといけないんだった。まあ、直ぐに集まることはないだろうから、その間はエフィルのフォローをしないとな。使用人の給金は…… 相場が分からん。アンジェと相談して決めるとするか。
新居の購入から引越し、荷解きを一日で全て終わらせた達成感を感じながら、この日は新品のベッドでぐっすりと眠ることができた。明日は朝一番にギルドに赴くとしよう。
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―――パーズ冒険者ギルド・受付カウンター
「え? もう応募があったのか?」
ギルドに募集をかけて2日後の昼半ば。アンジェに呼び出された俺は使用人の募集があったことを聞かされる。
「うん。ケルヴィンの要望は使用人が二人だったよね? 今日の朝に募集枠が埋まったんだ。ケルヴィンが良ければ今日にでも面談できるけど、どうする?」
「俺は大丈夫だ。頼みたい」
「りょ~かい。屋敷に向かわせるから、先に戻って待っててよ」
「分かった」
そうだ、アンジェにも引越し祝いのことを伝えねば。
「アンジェ。今度俺の家に招待するから、その時は絶対来てくれよ?」
「ほ、本当に!? 行く、絶対行く! 楽しみにしてるね!」
「はは、エフィルの料理の腕に驚くなよ?」
なぜか凄い食い付きだ。やはり持つべきものは友達だな。
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―――ケルヴィン邸・客間
自宅に戻った俺は大急ぎで客間を整え、使用人として雇うかどうかの面接の準備をエフィルと執り行う。粗方準備を終えたら、エフィルは門の前で待機。ジェラールは俺の座る長椅子の後ろに立っている状態だ。セラは留守にしていたので、一先ず念話だけ送っておいた。
うーん、緊張するな。何せ、人生で初めて人を雇うのだ。勿論、面接をする側になるのも初めての体験だ。上手くできればいいのだが…… まあ胆力のスキルもあるのだ。何とかなるだろう。
その時、コンコンと扉が叩かれる。
「ご主人様、お連れしました」
「ああ、入れてくれ」
「失礼致します」
エフィルに連れられ、部屋に使用人候補が入ってくる。あ、あれっ? この人達って……
「使用人募集に来て頂いた、エリィ様とリュカ様です」
「本日はよろしくお願いします」
「お兄ちゃん、久しぶり! 今日はよろしくね!」
使用人の募集に来た人物、それは黒風のアジトで助け出した親子であった。
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