第70話 引越し
新居を購入したその足で、新生活に必要な物の買い物に出る。ジェラールは鍛錬の時間だと言うことで、途中から別行動中だ。屋敷に置く家具等をエフィルとセラを連れて選び、クロトに仮収納してもらいながら必要な買い物を済ましていく。
ちなみに街中では戦闘用装備ではなく、エフィルお手製の高性能私服だ。エフィルは前回のデートのときに着ていたワンピースを修繕したものを、セラはチャイナドレス風の衣装を着用している。決して俺の趣味で着せている訳ではない。ケルヴィン、嘘つかない。
「ケルヴィン、これは絶対に必要よ!」
「そのセリフ、今日で5回目だぞ…… 土産屋のペナントなんて必要ないだろ」
買い物の最中、セラは稀に変なアイテムをせがんでくるので油断ならない。さっきはピアノを欲しがったりしていたからな。金に余力はあるが、無駄な買い物はセラの教育上(?)よろしくない。俺の腕に豊満な胸を押し当てても駄目なのだ。俺は親馬鹿の魔王とは違うのだよ。
「こんなに珍しいのに、勿体ないわ」
「セラは基本的に見るもの全て珍しいだろ? 欲しいものはしっかり厳選しなさい」
「むう、わかったわよ」
セラは我侭なようで、俺の言うことには意外と素直に従ってくれる。理解が早くてお兄さんも嬉しいです。
「ご主人様、食器類が少々不足しております。来客用の物も含めて購入しませんか?」
「了解、少し見て回ろうか。セラも自分用のやつを選んでくれ」
「任せなさい! 私にかかれば問題ないわ!」
セラが腰に手を当てながら自信満々に答える。その表情はとても嬉しそうだ。まあピアノくらいなら、いつか買ってやってもいいかもしれない。セラは何気に高レベルの演奏スキルを持っているし、そこまで無駄って訳でもないだろう。屋敷のインテリアとしても使えそうだしな。
斡旋所の店長に教えてもらった一押しの店を何箇所か回り、トントン拍子で昼過ぎ頃には任務完遂。思っていたよりも早く終わったな。エフィルが前以て買い物リストを書き留めておいてくれたお蔭か。セラも後半からは真面目に協力してくれていた。
「さてと、これで一通りは買い揃えたかな」
「最低限の買い物は大丈夫だと思います。クロちゃん、持ち運びお疲れ様」
「クロトのお蔭で助かったよ。家具を家に入れるのはなかなか大変だからな」
屋敷の入り口から部屋まで運ぶ面倒な作業も、クロトの保管があれば楽々終わらせることができる。なんせクロトが部屋まで移動して、そこに出すだけで済むのだから。
「後は宿に置いてある荷物を運ぶだけか。クレアさんには長い間世話になったな」
「しっかり挨拶をしませんと。屋敷からは歩いていける距離ですし、引っ越してからもまた顔を出しましょうね」
「ああ、そのつもりだ。落ち着いたら引越し祝いに招待したいし、その時は頼んだぞ」
「はい、精一杯頑張ります!」
クレアさんはエフィルにとって料理の師匠みたいなものだからな。エフィルの料理を食べたクレアさんの反応が楽しみだ。
「ところで、ケルヴィンは屋敷に使用人は雇わないの?」
「ん? エフィルがいるじゃないか」
「この広さの屋敷をエフィル一人で管理させる気? それに、エフィルもダンジョンや討伐依頼に出向くのよ。その間はどうするのよ?」
「ああ、それもそうか…… 悪い、そこまで頭が回ってなかった」
まさかセラに指摘されるとは…… しかし、マジで気が付かなかった。エフィルがいれば家事方面は大丈夫! って感じで思考停止していたのが原因か。
「私が頑張れば―――」
「駄目よ。自己犠牲も程々にしなさいよね。エフィルはケルヴィンのことになると周りが見えてないんだから」
ケルヴィンは普段から抜けてるけどね! と、最後に付け足される。ふっ、言い返せないぜ!
「すまないエフィル、お前に無理させるところだった。セラも教えてくれてありがとな」
「いえ、私も自分の技量を見誤っておりました…… セラさん、お気遣いありがとうございます」
「いいのよ。私も世間知らずだし、お互い様よ!」
セラは当然だとばかりに頷く。今ばかりは相応の大人のお姉さんに見える。いや、今回は本当にすんませんでした。
「ギルドに使用人募集の依頼をかけておくよ。エフィル、何人いれば賄える?」
「二人もいれば十分かと」
「了解。それで手配する」
使用人が複数人いるとすれば、屋敷内の役職としてエフィルをメイド長に据えた方がいいだろうか? その辺も考えておかなければ。
一先ずは精霊歌亭に荷物を取りに戻ろう。クレアさんに報告と挨拶をしなければ。都合よくウルドさんもいればいいのだが……
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精霊歌亭に帰ると、一足先にジェラールが戻っていた。酒場で昼食をとっていたようだ。そういえば、まだ昼飯を食べていなかったな。ウルドさんは…… いないか。冒険者にとって今の時間は稼ぎ時だしな。
「おお、思いのほか早かったではないか」
「スムーズに買出しが終わったからな。荷運びも後は宿の部屋にある物だけだ」
「なんだい、もう家を見繕ってきたのかい?」
酒場のカウンターからクレアさんが顔を出す。
「ええ、鍵も斡旋所から受け取ってきました。今日のうちに引越しも済ませようと思います」
「そうかい。ケルちゃんの門出でめでたいけど、寂しくなるねぇ」
「引越しと言っても直ぐそこです。ちょくちょく遊びに来ますよ」
「ははは、楽しみに待ってるよ。よし、今日はお祝いだ! エフィルちゃん、とっておきのレシピを教えてやるよ! 調理場まで付いて来な!」
「は、はい!」
威勢のいい掛け声と共にクレアさんとエフィルが調理場へと消えていった。それから間もなくして、野菜を切る音、鍋の煮込む音が聞こえてくる。
「あら、良い匂い。お昼は期待できるわね」
「エフィルとクレアさんの料理はいつも期待できるさ。俺達は今のうちに荷造りを済ませておこう。セラは悪いけど、エフィルの分もやっておいてくれ」
「エフィルと同じ部屋なんだし、ケルヴィンがやればいいじゃない。私よりも荷物の場所に詳しいでしょ?」
「下着とかもあるだろうが。同性のセラがやってくれ」
「エフィルは別に気にしないと思うけど。それに、そんなの夜にいつも見てるじゃ――― ンッ!?」
セラの口を慌てて塞ぐ。お前は公衆の場で何暴露しようとしてるんだ! かなり焦ったよ!
「ワシは特に荷物はないからのう。皆の荷を運ぶのは手伝うぞ?」
「ああ、クロトがいるから手ぶらで大丈夫だ」
「む、それもそうじゃな」
「んー! んー!(ちょっと! 分かったから手を離してよ!)」
「ほいほい」
セラを解放する。
「もう! そんなに焦らなくてもいいじゃない!」
「セラはもう少し世間体を気にしてくれ。ここ最近、ただでさえ目立ってんだからさ」
その上よからぬ噂まで出回ったら収拾が付かなくなってしまう。
「そうなの? 冒険者は目立ってなんぼだと思ってけど」
「良い意味でならな」
今のは明らかに悪い方だ。そうこうしている内に、エフィルが料理を持ってきた。さて、これを食べたら引越しもいよいよ大詰め。気合を入れよう。
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