第三章 台頭編

第69話 マイホーム

 ―――精霊歌亭・酒場


 無事(?)パーズに帰還した翌日の朝、俺達はいつもの酒場で朝食をとっていた。懐かしきクレアさんの手料理だ。焼きたてのパンにコーンスープ、それにサラダとベーコンエッグが加わったバランスの良いメニューだ。トラージでは和食中心の食事で大変喜ばしかったが、洋食も良いものだ。日本人ってお得だよね。


「ケルちゃん、トラージの王様に気に入れられたんだって? 出世街道まっしぐらだね~」


 セラのおかわりのスープを持ってきたクレアさんがニコニコと話し掛けてくる。昨日の今日だと言うのに、もう知っているのか。


「耳が早いですね。誰に聞いたんです?」

「アンジェちゃんが会う人会う人に広めていたよ。もうパーズの冒険者は皆知っているんじゃないかね。よっぽど嬉しかったんだろうね」


 アンジェ…… A級に昇格した時もそうだったが、あまり俺が目立つことはしないでほしい…… いや、友達として喜んでくれるのは俺も嬉しいけど。


「トラージに仕える気はありませんよ。気侭に冒険者をやっている方が性にあってます」

「そうかい? まあケルちゃんなら、何をやっても上手くこなしていけそうだけどね」

「買い被り過ぎですよ」


 実際にツバキ様から誘われはしたが、今のところその気は一切ない。


「ところでご主人様、本日のご予定は?」

「そういえば、パーズに戻ってから何をするか聞いてなかったわね。ダンジョンにでも行く?」

「帰ってきたばかりだし、今日は休日だ。俺はこれから買い物に行ってくる」

「おや、A級冒険者様のケルちゃんが何を買いに行くんだい? またエフィルちゃんみたいな可愛い奴隷かい?」


 澄ました顔で何を言っているんですか、クレアさん。


「そうなのですか?」

「まあ、男のサガじゃな。ワシは責めんよ」

「いやいやいや」


 エフィルも騙されるんじゃない。ジェラールもその意見には常々同意するが、今は黙っていてくれ。


「違いますから。俺にはエフィルがいますんで」

「おっと、妬けるね~」

「………」


 エフィルの表情は変わらない。が、エルフ耳を少し赤くしてピクピクと動かしている。どうやら喜んでもらえたようだ。


「ふふ。それじゃあ、何を買いに行くんだい?」

「ちょっと家を買いに」

「なるほどね、家を…… って、家かい!?」

「ええ、家です」


 イッツ夢のマイホーム。


「また唐突だね…… 資金は大丈夫なのかい?」

「伊達にA級冒険者やっていませんよ。軍資金は十分です」


 ここ最近、A級・S級モンスターの討伐ばかりしていたお蔭です。実はA級を超えた辺りから、報奨金額が一桁二桁おかしな数字になっていたので、とっくに金は貯まっていたのだ。


 なぜ報奨金が上がったのか? それはA級から討伐難易度が跳ね上がるからだ。B級モンスターまでであれば、騎士団が苦戦しながらも何とか勝てるレベル。しかし、それ以上ともなると、国の最高戦力が動く次元の話になる。そんな討伐対象を一介の冒険者が倒す役割を担うのだ。国としては莫大な報奨金を払ってでも利のある話なのだろう。


 まあそんな訳で、ビクトールや黒風盗賊団、更には邪竜を倒した俺は金があり余っている。手持ちではとても持ち切れない量になってしまっている為、その殆どをクロトの保管に入れてもらっている程だ。


「それ、私も初耳よ?」

「ああ、まだセラが仲間になる前に話していたことだからな」

「そんな話もしていたかもしれんのう」


 まだ俺達がB級冒険者だった頃の話だ。あの時はまだ金が全然足りていなかったから、絵に描いた餅状態だったな。


「かも、じゃなくてしてたんだよ。俺とエフィルでパーズ中を見て回って、物件に目星を付けたところで話が止まっていたんだ」

「そうだったかのう。むむ、記憶にないわい」


 ジェラールはあまり興味なさ気だったしな。住めればどこでも良さそうなタイプだ。


「今回の遠征で目標金額に達したからな。それでもう一度見てこようかとね」

「私も行く! その家、見てみたいわ!」

「私もお供致します。確か、3軒に目星を付けていましたね」

「ああ。まずは斡旋所でまだ売却されていないか確認しに行く。ジェラールはどうする?」

「皆が行くならワシも参ろう」

「オーケー。なら朝食の30分後に出発しよう」

「此の間まで新人だったケルちゃんが一家の主ねぇ。時が経つのは早いもんだ。購入したら直ぐに教えな。今度は門出のお祝いをしないとね!」

「決まり次第、一番にクレアさんに報告しますよ」


 俺達は朝食をとり終え、出掛ける準備に取り掛かる。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 斡旋所に赴くと、店員の視線が俺に集まる。一瞬の沈黙の後、「店長おおぅーーー!」という叫びと共に店員が店奥へと走って行った。そして直ぐに中年の男性が奥から現れる。この男性が斡旋所の店長のようで、店長自ら案内してくれると言う。その他諸々、至極丁寧な対応。どうやらA級冒険者としての肩書きはここにも届いているようだ。ただ、残念なことに俺とエフィルが目を付けていた物件の内、2軒は既に売却されてしまっていた。


「となると、残るはここだけか」

「申し訳ありません。しかし、ケルヴィン様は御目が高い。ここは私共が自信を持ってお勧めする物件でございます」

「……家と言うよりも、屋敷じゃな」

「あら、それなりに大きいわね」

「流石はケルヴィン様のお連れの方。恥ずかしながら、こちらが当店最大の物件となります」


 セラは元お姫様なので、その感性を俺達の基準にされても困るのだが…… 最後に残った物件は、パーズに存在する建築物の中でもかなり大きなクラス。ジェラールが言う通り、貴族が住む様な屋敷である。


「門の鍵は開けております。どうぞ、中も御覧になってください」

 

 門を開けると、まず噴水のある庭園が眼前に広がる。噴水の水が涼しげで、十分な広さもある。ちょっとした野外パーティができそうだ。


 屋敷に入ると吹き抜けの大広間が俺達を出迎える。おお、リアルでこんなの初めて見たわ。少しばかり感動。


「構造としては1階に浴場と調理場に食堂、空室が8つ御座います。大広間中央の大階段を上りますと2階です。こちらの階にも空室が7つ、地下は貯蔵庫となっております」


 ジェラールが「本当にこれ買えるの?」みたいな視線を送ってくるが、本当に購入できるのだ。何よりも、俺がこの屋敷に目を付けたのには理由がある。


「やはり風呂は必要だよな」


 他の2軒も良い物件であったが、流石に風呂付きの家ともなると、このクラスの屋敷でないと存在しなかったのだ。トラージには秘境に温泉があると聞いて期待していたが、刀哉達の鍛錬に付き合ったのでそこまで行けなかった。故に、俺は風呂を欲している。


「浴場もまた格別で御座います。数人は一緒に入られる広さですよ」


 それから俺達は屋敷をくまなく案内され、ロビーに戻ってきた。


「以上になりますが、いかがでしたでしょうか?」

「さて、皆の意見を聞きたい。どうだ?」

「立派な調理場でした。私は賛成です」


 エフィルは専ら調理場を気にしていたからな。ここであれば精霊歌亭のものにも劣らないだろうし、満足がいったみたいだ。


「ワシも異存はない。鍛錬は…… 庭でするかの」


 ジェラールが訓練するには、庭は強度に問題があるかな。しかし、考えはある。


「私の部屋は2階の右奥ね」


 賛同の意見よりも先に部屋割りを決めやがった! 賛成と解釈していいんだな!?


「ってことで、購入します」


 異世界に転生して3ヶ月目にして、俺は新たな拠点を手に入れた。

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