第59話 主人公補正

 俺たちは黒風に捕らわれた女性達を無事にトラージへと連れ戻すことに成功した。輸送用ゴーレムは目立つ為、トラージから目の届かない辺りで降り、そこからは徒歩で帰還。勇者メンバーは刹那以外が全滅していたので、白魔法で強制的に回復させた。雅は若干正座にトラウマを覚えたようだが、仕方ないよね。


 冒険者ギルドからトラージ王へと連絡が成されていたようで、国を挙げて盛大に迎え入れられ…… はしなかったが、国王の使いが冒険者ギルドに来ており、不安げな表情でミストさんと話をしていた。


 国王の使いは俺が救出した女性達を確認すると、一目散にその中のある女性の前に駆け寄り、大泣きしながら互いに抱き合ったのだった。どうやら、その人は婚約者であったらしい。感動の再会というやつだ。つい先日パーズまでの道のりで行方不明になり、ギルドへ捜索願いを出していたのだが、ミストさんが今回の件を極秘にトラージ国王へ連絡した折に知ったのだと言う。それからというもの、居ても立ってもいられずに、今日のように日々ギルドへ続報はないか尋ねに来ていたそうだ。二人は泣きながら何度も俺たちに礼を言っていた。


 リュカや母親のエリィさんを含む女性達はギルドに保護され、身元の確認をトラージと協力体制を敷き行っていく予定だそうだ。いずれパーズやデラミス、ガウンにまで情報が広められ、トライセンへの追及が始められると思われる。こちらには勇者である刀哉達の証言もある、言い逃れはできないだろう。


「お兄ちゃん、また会おうね!」

「本当にありがとうございました」


 バイバイと元気に手を振るリュカと別れ、俺たちと勇者4人、そしてギルドの代表としてミストさんがトラージ城へと案内される。何でも、国王直々に礼を言いたいそうなのだ。


 さて、当初の目的の1つである米がここで得られるかが決まる。この現代の米に似た穀物はトラージのみで採られる品種で、国内では主食として食べられているが、国外にはパーズであろうと輸出していない。この辺りはミストさんより情報収集済みだ。トラージの宿では食せるが、買うにしても国がトラージに住む者にしか販売していない。俺は日常的に食べたいのだ。よし、米をよこせ。などとストレートには言わないが、交渉次第ではいけると思う。是非とも例外的に購入権を得れるようにしてもらいたい。


 トラージ城は海にポツンと浮かぶ小島に建てられた海上の城だ。街並みと同じく、こちらもどことなく日本風の城に見える。トラージの街に面するこの綺麗な海は水竜王が住む竜海と呼ばれ、戦乱の時代では海から攻めてきた敵国の船が突然の嵐で沈んでいった、巨大な竜が海から現れ追い払った等々、こういった伝説がいくつもある。その為かトラージでは水竜王を国の守護者と祭り上げ、海を大切にしているのだ。


 城への唯一の移動方法である船へ港から乗り込み、トラージ城へと向かう。海の道中、初めての航海にセラの目が輝き出す。


「近くで見ると水が透き通って見えるわ。本当に綺麗ね……」

「ええ。あ、船の上からでも魚が泳いでいるのが見えますね」

「え? どこ?」

「あそこです。あちらにもいますね」

「……私も視力は良いはずなんだけど、全然見えないわ」


 エフィルが指を差し示すが、俺の目からもセラと同じく魚の影すら見えない。まあ当然である。エフィルは千里眼を持っているんだ。障害物がなければ、どこまでも先を見通す。S級まで上げれば、それこそ千里先まで見えるようになるのではないだろうか。ちなみにエフィルによると視力の高さは自由に変える事ができるそうで、日常生活に不自由はない。


「これがトラージ城か…… 日本の城みたいな作りだな」

「神埼君もやっぱりそう思う? 屋根の竜の装飾もどこかしゃちほこっぽいよね」


 城に近づいてくると、勇者達がトラージ城についての話をし始めた。やはり日本人にはそう見えるよな。


「トラージの初代国王は勇者様と同じく、異世界から召喚されたと伝えられています。もしかしたら、勇者様と同じ故郷の方だったのかもしれませんね」


 ミストさんが捕捉を入れる。


「俺達と同じ、ですか…… コレットのような、過去のデラミスの巫女に召喚されたのでしょうか?」

「巫女は勇者として選ばれた者を召喚しますから、初代国王は異なる方法で来られたのかと…… 方法は不明ですが、極稀にそういった方も確かにいらっしゃいます」

「……現代風に言うと神隠しってやつなのかも。案外、近くに他の召喚者がいるかもしれないわね」

「あはは、刹那ちゃん、それはないよー」

「……そうね」


 あはは、ここにいるんだよねー。勘の良い刹那あたりは俺のことを異世界人だと少し疑っているのかもしれないな。ちなみにエフィル達にはリオにばれた時点で異世界人だと話をつけている。決死の思いで真剣に打ち明けたのだが、思ったよりも反応は薄かった。


『……? ご主人様はご主人様ですよ? 私の忠誠は変わりません』

『まあ、そうじゃろうな。王の強さはどうみても異常じゃしのう! わっはっは!』

『異世界人? 別にいいんじゃない? それよりも私の装備まだ?』


 といった感じなのだ。君ら、実は胆力のスキル持ってるんじゃね? 他の転生者に関しては神の気紛れか何かだろうか。興味深い話ではあるが、メルフィーナに聞けば分かるかもしれない。


「デラミスに私達以外の人はいなかった。刀哉のラッキースケベがなくなるくらいの遭遇率」

「ご、ごめんって…… でもさ、最近は全然ないじゃないか」

「あれ、そういえば…… トラージに来たあたりから刀哉のそういう話、見ないし聞かないわね。何、スランプ? できればずっとその調子でいてくれれば私も気が楽なんだけど」

「トラブルの後始末はいつも刹那の役目。刀哉、刹那に少しは楽をさせるべき」

「いや、俺も狙ってやってる訳じゃ……」


 更に面白い話をしているな。さっきから俺、盗み聞きしまくってるぞ。話を聞く限り、刀哉はよくあるラブコメ漫画の主人公のようなトラブル体質なのか? ははは、爆ぜろ。そういえば、刀哉は固有スキル『絶対福音』を持っていたな。これの効力か? 固有スキルは習得することができないから、名前が分かっても検索に引っ掛からないんだよなー。よって未だにその効果が分からない。


「いつもなら、何もないところで躓いて奈々の胸にダイブしたり、時間を間違えて雅が入浴しているところを覗いたり、街の女の子にも色々仕出かすんだけどね。私は危険察知で回避するけど」

「ふ、不可抗力だって…… ちゃんと謝って、女の子にも許してもらってるし……」

「刀哉君、ちょっとエフィルとセラから離れてくれるかな?」

「ケルヴィンさんまで!」


 ……うん、そっち系のスキルっぽいな。ゲーム時の前言撤回、こいつが一番危険人物だ。理由は分からないが、今は固有スキルが発動していないようだ。だが、油断はできない。主人公補正はいつ如何なる時に発動するのか分からないのだから。


 察知スキルを研ぎ澄ませながら、俺達はトラージ城へと入城した。

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