第60話 トラージの姫王
トラージ城にて俺たちは宴会場ほどの広さがある部屋に通される。なぜ宴会場を例えに出したかと言うと、この部屋、紛れもない畳が敷かれているのである。畳だけではない。障子に掛け軸、どう見ても日本の旅館に見られる和室だ。そして、その奥にて座すのがこの国の王、トラージ王だ。
「よく来たな、冒険者と勇者の皆様方。妾が現トラージ国王、ツバキ・フジワラじゃ」
意外なことに王は年端もいかぬ少女であった。下手をしたら勇者達よりも年下かもしれない。だが、歳に似合わぬ気品、自信に溢れる佇まいが王族の風格を表していた。濡れ羽色の黒髪を床に届くほど伸ばし、煌びやかな着物を着込んでいるその姿は、古の日本の姫の様である。
(何気にファミリーネームを持つ人に会うのは初めてだな。まあ、思いっきり日本風だが)
この世界において、ファミリーネームを持つ者は貴族と王族のみだ。これは世界各国同一の決まりであるらしく、俺も今まで鑑定眼を使っていたが、ファミリーネームを持つ者は見たことがない。新たに貴族を名乗るにしても、高レベルの『命名』というスキルがどうやら必要のようだが、まあ、今は関係のない話か。
「初めまして。冒険者のパーティリーダーを務めております、ケルヴィンと申します。一介の冒険者である私がトラージ王とお会いすることができ、光栄です。後ろの者達はエフィル、ジェラール、セラ。私が信頼する仲間達です」
片膝をつき、こうべを垂れる。ちなみにクロトは俺の魔力内で留守番中だ。メルフィーナ曰く、トラージはクロトの種族であるスライム・グラトニアに国を滅ぼされかけた過去がある。サイズが違うとは言え、良い思いはしないと思う。
こちらとしては礼儀を尽くし、国王とは良い関係を築きたい。奉仕術を普段から扱うエフィルと、元々騎士であったジェラールについては全く心配していないのだが、問題はセラだ。予め言ってはいるが、国王と言えど人間相手に悪魔のセラが礼節を弁えてくれるかどうか……
『これでも元悪魔の姫よ? これくらいのこと、教養の一環で習ってるわよ。 ……それに、ケルヴィンに迷惑をかけるようなことはしないわよ』
突然の念話にセラを見ると、しっかりと片膝をつき、王に敬意を払っていた。その姿は優雅であり、トラージ王に負けぬほどの気品に満ちている。
『……普段からそうしてれば姫っぽいんだけどな』
『嫌よ、疲れるもの』
『そうか』
……ありがとな。心の中でポツリと礼を言っておく。何だかんだでセラにはいつも助けられてるからな、俺。
続いて刀哉達が挨拶をする。一通りの紹介が終わると、トラージ王の表情がスッと柔らかくなった。
「よいよい、面を上げよ。妾も硬い礼式は苦手でな。ここからは多少崩すといい。人数分の席を用意しておる。ま、座ってゆっくりするとよいぞ」
(ざ、座布団! 懐かしいよ、神埼君! ふかふかだよ!)
(あ、ああ。まさかこの世界で座敷で座布団に座ることができるなんて!)
勇者達が小声で歓喜の声を上げている。相当ゴーレムの上での正座が堪えたらしいな。少しテンションがおかしい。
「それにしてもケルヴィン殿、冒険者にしては御主の仲間達は礼儀正しいのう。大抵の冒険者は敬語も使えんというのに、御主達は大変折り目正しい」
よし、好感触。
「勿体ないお言葉です」
「くく、謙遜するでない。そちのメイドの首輪を見るに、奴隷なのじゃろ? 先の歩き、仕草、どれも主を立てる為の立ち振る舞いをよく弁えておる。奴隷をここまで見事に育て上げた御主の教育の賜物じゃて」
いえ、メイドとしての心構え的なものは、エフィルが自力で身に着けたんですけどね…… それにしても部屋に入ってからのあの一瞬で、よく俺達を見ている。この少女も王の名に恥じぬやり手だ。
「そちらのセラ殿に至っては、まるで貴族を相手しているようじゃの。ジェラール殿も身なりを見るに騎士のようじゃが…… 冒険者の過去を探るのは御法度、深くは追求すまい。何よりも、御主達は黒風を打ち倒した新たなる英雄じゃ」
「ご配慮、感謝致します」
「よいよい。さて、刀哉殿達はデラミスの勇者と聞く。何でも、黒風の隠れ家にてケルヴィン殿に助勢したそうじゃな。ミスト殿より依頼されてからの迅速な判断と行動、大儀であった」
「いえ、俺達は何も―――」
「ええ、勇者様には危ないところを助けて頂きました」
「え、ちょ、ちょっと、ケルヴィンさん?」
いいから素直に賞賛されておけ。これから現れるであろう魔王を本当に倒す気であるなら、各国との繋がりは重要だ。俺の思いつきで少なからぬ面倒もかけたしな。
「うむうむ。どちらも真に大儀である! ……して、これは言い難いことなのじゃが」
幼き王が初めて、年相応の困った顔を作った。
「本来であればこの案件、国を挙げて祝意を表したいところなのじゃが、トライセンが噛んでいる以上、すぐには情報公開とはいかぬ。じゃが、我が国の愛しき民を救ってくれたこの大恩、何らかの形で返したい。何か望むものはないか?」
王は刀哉と俺の顔をそれぞれ見る。
「……俺達は、何もいりません。この黒風討伐、ケルヴィンさんはああ言いましたけど、俺達は何も貢献していないんです。その報酬は、ケルヴィンさんが受け取るべきです」
「……と、刀哉殿は申しておるが、ケルヴィン殿、それでよろしいか?」
まあ、刀哉ならそう言うよな。
「そうですね、では…… トラージ国には大変美味とされる穀物があると聞きます。ただし、他国の者は購入することができないとも。ここは1つ、私にも購入権を頂ければと思うのですが、如何でしょうか?」
「そんなもので良いのか? 地位や名誉、金銭でもよいのじゃぞ? 妾の力で可能な範疇であれば、そのどれもが手に入るが、真にそれで良いのか?」
「私達は自由の身を好む冒険者です。身の丈以上の地位を頂いても、枷になるだけですよ。それでしたら、美味いものをたらふく食った方が幸せです」
ジェラールとセラが頷き、エフィルが微笑む。
「く、くくく…… くははははは! 御主等、揃いも揃って面白い奴らじゃのう! トライセンの英雄と同じく、欲に塗れるかと思うたが…… いやはや、愉快愉快。購入権なんて言わず、俵でケルヴィン殿に贈ろう。なくなったら文でも送ってくれ、無償でまた差し上げよう」
「国王も人が悪い。試されましたね?」
「いやいや、悪気はなかったんじゃよ。仮に金や地位を選んだとしても、妾は見下すことはせんし、褒賞も偽りなく与えていた。ただ、妾が御主達を気に入っただけのことじゃ」
コロコロと笑い、見るからにして機嫌の良いトラージ王。何とか交渉は成功したようだな。
「刀哉殿も噂通りの殿方のようじゃな。愚直に、どこまでも真っ直ぐじゃ。じゃが、それが過ぎる人間は早死にするぞ? もちろん、その仲間も」
「……はい」
刀哉は拳をギュッと握る。
「そう悲観するでない。人は学ぶ生き物、これから経験を重ねていき、刀哉殿がそれを活かせばいいだけの話じゃ。刹那殿達もしかと支えんといかんぞ?」
「肝に銘じます」
「うむ。さて、今日はささやかながら、祝いの席を設けようぞ」
トラージ王がその小さな手をパン、パンと鳴らすと、横の襖から複数の女中が料理を運んでくる。
「わわっ、刺身に炊き込み御飯、御鍋もある! すごい、全部日本の和食だ!」
「素材は違うものを使っているみたいだけど、本当に日本料理だわ……」
「勇者殿の故郷は妾の開国の先祖、トラジ・フジワラと同様、日本国と聞いておる。トラジはこの世界にて様々な文化をこの国に残していった。勇者殿にはその片鱗でも思い出して貰えれば幸いじゃ。ケルヴィン殿も、一足先に我が国の米を味わっておくれ」
「ふふ、そうさせて頂きます」
久方ぶりに口にした米の味は懐かしく、とても美味いものだった。
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