第58話 勝者の権利

 ズン…… ズン……


(何だろう、遠くで大きな音が聞こえる気がする)


 ―――それでね、お母さんのシチューは絶品なんだよ。今度お兄ちゃんも食べてみてよ。


(小さな女の子の声も聞こえてきた。この声、どこかで聞いたな。どこだったか……)


 ―――それは楽しみだね。だけど、うちのエフィルの料理も負けてないよ?


(今度は男の声か。この声もどこかで…… うっ、頭が痛む……)


 ―――むー、お母さんが一番だよー! でも、そこまで言うなら食べ比べてあげてもいいかなー。


(そういえば、何してたんだっけな、俺…… 何か、大切なことをしていたような……)


 ―――リュカ、冒険者様を困らせちゃ駄目って言ったでしょ。


(刹那や奈々、雅はどうしたんだっけな…… 最後に、していたこと……)


 ―――ははは、構いませんよ。トラージまではまだ長いんです。話し相手は大歓迎ですよ。


(この声の男…… 俺は最後に…… 刹那達は……!)


「おっ、少年、目覚めたか」


 意識の覚醒。視界に広がるは雲ひとつない澄みきった青空。徐々に、徐々にと起き上がり、刀哉は目の前の人物を認識する。そこにいたのは、黒風のアジトで捕らえられていた少女と、その母親。そして……


「刀哉、だったか? 体は痛まないか?」


 ―――意識が途切れる最中まで、ゲームと称した死闘を繰り広げていた、あの黒ローブの男であった。


「―――! お前っ、その子から離れろ!」

「まあ、そうなるよな。大人しく寝て安静にしておけって」


 ケルヴィンを目にした途端、今にも飛び掛りそうになった刀哉に対し、ケルヴィンは軽めの重風圧エアプレッシャーを放つ。病み上がりの怪我人である刀哉はこれに耐える力を残しているはずもなく、あえなく再び地に伏せてしまう。


「ぐっ、負けるものかぁぁ……!」

「少年、気張るのもいいが先にこっちを見ろ。あと踏ん張り過ぎると傷が開くぞ」


 重力に負けじと力を込め続ける刀哉は、ケルヴィンの言葉に前をチラリと見る。黒ローブの男があぐらをかき、その上に少女がちょこんと座っていた。


「貴様ァァー! 幼い少女に手をかけるとは何事だァァ!」

「違うよ馬鹿! リュカが持ってるもんを見てみろ!」


 重風圧エアプレッシャーの威力をほんの少し高めながらケルヴィンはリュカが抱きしめているものに指を示す。リュカの腕の中でプルプルと振るえている物体、それはリュカと母親、そしてその他大勢が捕らえられていた部屋にいた、冒険者のスライムであった。


「そのスライムは…… 確か、救出に向かった冒険者の……」

「そうだ、名前はクロトという。そんで、俺がその冒険者のケルヴィンだ」


 ケルヴィンは黄金に輝くギルド証をチラつかせながら、困惑する刀哉の誤解を解こうとする。


「ば、馬鹿な…… 助けに向かった冒険者は、お前達に捕まったあの大柄な男と魔力宝石の女性のはずじゃ……」

「本当よ! だから、私も言ったじゃない! 私を助けてくれたのは"お兄ちゃん"だって! その二人は悪い盗賊の仲間だったんだから!」

「リュカ、お止めなさい。勇者様、御免なさいね。でも、娘が言うことは真実なんです」

「………」


 救出した少女にそう言われてしまっては、刀哉も何も言い返すことができなかった。今になって冷静に考えて見れば、黒ローブの男は自分が黒風だと一度も認めていなかった。それどころか、冒険者として黒風を討伐していたようにも思える。刀哉達に救援を求めたスライムも、彼に大人しく従っているようだ。これらを統合して導かれる答えは―――


「お、お前が、先行していた冒険者だったのか……?」

「そう何度も言っているんだけどな」


 ここで漸く重風圧エアプレッシャーが解かれる。


「俺の誤解は解けたかな?」

「……ああ、本当にすまな―――」


 突如、放心状態の刀哉はズン、と大きな足音を耳にする。そして、僅かなに感じる振動。先ほどまで感情が一杯一杯で気が付かなかったが、今になってここが地上でないことを認識する。


「……ここはどこなんだ?」

「ああ、君らが戦ったあの黒いゴーレムがいただろ? あれの輸送版の上だ」

「……はい?」


 刀哉は恐る恐る周囲を確認する。黒く、やや丸みを帯びた地面。小さなアパート一部屋分の空間の外郭に安全柵が設けられているのが見える。一定感覚で足音のような音が鳴り、それと共に地面が揺れる。


「正直、救出した人達のトラージまでの運搬方法考えてなかったからな。ぶっつけでゴーレム生成魔法を改造して成功したんで良かったよ」

「もう、お兄ちゃんってば、おっちょこちょいなのね」


 HAHAHAと笑い合うケルヴィンと親子。刀哉はただただ呆然としていた。


「そ、そうだ! 刹那達、他の助け出した人達は!?」


 一頻り眺めたところで我に返った刀哉。


「念の為、俺の仲間と一緒に別々のゴーレムに乗せている。まあ、リーダーのお前の誤解が解けたんだ。もう会わせても問題ないだろう。ちょっと待ってくれ」


『セラ、刀哉の誤解は解けた。他の勇者をこっちに連れてきてくれ』

『やった! 飽きてきたところだったのよね。まとめて持っていくわ』


「……今、仲間がお前の連れをここに来させる。っと、もう来たか」

「えっ?」


 上を向くケルヴィンに釣られ、刀哉も上に目をやる。 ……何かが近づいてきていた。


「お待たせ!」


 爆音と共に空より現れるセラ。両脇に奈々と雅、そして刹那を背中に背負っての登場である。忘れがちだが、悪魔である彼女には翼がある。『偽装の髪留め』で視認できないよう隠しているだけで、その機能は失っていない。『飛行』スキルも持っているので基本的に自由自在に飛べるのだ。


「うう、また吐きそう……」

「これは…… 新体験!」


 顔を青くしながら口元を押さえる奈々に対し、雅は瞳を輝かせている。ジェットコースターの得意不得意を如実に表している。


「退屈だったから急いで来たわ! さ、お茶しましょ、ケルヴィン」

「ちゃっかり茶菓子も持って来たのな……」

「エフィルが気を利かせて持たせてくれたのよ。あの子、あなたの言うことは絶対だからね。誘ったんだけど見張りを続けるそうよ、真面目ね!」

「わ、私も食べたい!」

「もう、リュカったら……」


 そう言えば千里眼で警戒するように伝えていた。トラージに着いたら何かしてやらないとな。


「……刀哉、話は聞いた?」

「ああ、全部、俺の勘違いだった…… 刹那、奈々、雅、付き合わせてしまって、ごめん……」


 刀哉は深く頭を下げる。


「そして、ケルヴィンさん。俺の勝手な勘違いで、迷惑を掛けてすみませんでした」


 膝をつき、刀哉は土下座をする。後ろの他の勇者達も一緒に土下座をしようとしているので、俺は慌ててそれを止めた。いや、だってさ、こうなればいいな~という軽い振りとは言え、俺が狙ってやったことだしさ。正義感を前面に押し出したこの姿勢は少々危なっかしいが、今回の件で勇者達にも何か思うところはあるだろう。


「過ぎてしまったことは別にいいさ。それよりも例のゲームの勝者の権利、これを守ってくれれば俺から文句は何もないよ」


 刀哉達に黒風についての説明をする。ミストさんから予め説明は受けていたようで、二言目には了解を得ることができた。


「勇者としての名で役立てるなら、それは当然やります。でも、それでは俺の罰にはなりません。ケルヴィンさん、他にも何かできることはありませんか?」

「他にもか? ええと、どうするかな……」


 チラリと俺抜きでお茶を始めているセラとリュカの方を向く。おい、何もう飲み食いしてんだよ。別にいいけど。


「リュカ、何か反省させるいい案はないか?」

「反省? んーとね、んーとね…… 正座!」

「正座?」

「トラージでは悪いことをした子は正座でお説教を受けるの。とってもキツイのよ!」

「……それじゃあ、トラージに着くまで正座で」

「え、ええと…… トラージまであとどのくらい?」

「このゴーレムで半日」


 固まる刀哉と奈々。


「私は慣れてるから大丈夫だけど…… 二人とも、大丈夫?」

「刹那、正座って何?」


 時折揺れるゴーレムの上にて、勇者達の本当の試練が幕を上げたのだった。

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