第55話 乱戦

「雅!? くそっ、奈々は雅の回復に専念してくれ! お前、雅に何をした!?」

「ううっ……」


 銀髪の少女は打ちひしがれた様子でしゃがみ込んでいる。いや、本当に彼女を害する行為はしていないのだが。もう面倒臭いからこのまま進めようか。そんなことを考えながら、彼女からコピーした『並列思考』の具合を試してみる。意識を勇者に向け、裏方で魔法を組む。自分の思考が恰も2つあるように情報を処理できている。これならば更に複数のことを同時にこなせそうだ。


「雅ちゃん、大丈夫!? 大回復ライトヒール!」

「……大丈夫、外傷はない。けど、遅効性の効果がある可能性がある。油断できない」


 奈々の白魔法を受け、雅は立ち上がろうとする。


「……言っておくが、今は戦闘中だぞ? 茶番は他所でやれ」


 俺は後方の二人それぞれに煌槍レディエンスランサーをノータイムで放つ。予備動作なく放たれた2本の光の槍は、高速で無防備な状態の二人に迫る。


「させるか!」

「はあっ!」


 勇者と侍少女が聖剣と刀で煌槍レディエンスランサーを迎撃し、そのままこちらに走り詰め寄る。流石にこのくらいはできるか。だが、それではさっきの焼き直しだぞ? 俺がそう思い、再び速さで圧倒しようとした束の間、白い光の玉が突然目の前に浮かび上がった。


「今だ!」


 次の瞬間、白の玉は目が眩むレベルの強い光を放出する。そんな光を目の前で浴びせられた俺は視力を奪われてしまう。これは勇者の妖精か。どうやら妖精は気配察知に引っ掛からないらしい。いつの間にやら妖精だけを移動させ、俺に気付かれないように目潰しを狙ったのか。なかなか良くなってきたじゃないか。


絶崖黒城壁アダマンランパート


 勇者が近づいて来るのを気配察知で感じ、地面から無骨な黒壁を音を立てて出現させる。黒壁は部屋半分を仕切り、勇者達を覆うような位置取りだ。このA級緑魔法【絶崖黒城壁アダマンランパート】は絶崖城壁アースランパートの完全上位互換の魔法。セラが本気で打ち放った拳にも数発ではあるが耐え得る強度を持つ……


「刹那!」

「分かってるわ! 『斬鉄権』を行使する!」


 ズゥゥン……!


 ―――はずだったのだが、何やら壁が崩れる音を耳にする。マジか、アレを斬ったのか。あの刹那と言う侍少女が持つ固有スキル『斬鉄権』は特に警戒していたが、その名の通り対象のレベルや強度に関係なく斬ることが可能な権利なのだろうか。だとすれば、彼女からの攻撃を杖や篭手で受ける選択肢はなくなり、回避に徹しなければならなくなる。ひとまず白魔法で目を治療しておかなければ。


闇晴ブラインドキュア


 視界を確保したところで改めて状況確認。勇者と刹那は壁を乗り越え、もう数秒もすれば俺に辿り着くだろう。雅は魔法の詠唱に入り、奈々は幼竜に何か指示を飛ばしているようだ。それぞれの妖精達も今度はしっかりと主人の周囲にいるな。これも並列思考の効果なのか、状況が手に取るようにハッキリと分かる。


「一撃でも当たれば俺達の勝ちだ! いくぞ!」

「当たればな。精々楽しませてくれよ!」


 このまま接近戦に持ち込むと思われた二人の勇者は、俺とぶつかる直前になって左右二手に分かれた。その直後、空にて待機していた幼竜が二人の間の空間、つまり俺に向かって火竜の息フレイムブレスを放つ。なるほど、左右に別れる事で俺を挟撃し、前方からはドラゴンのブレスと雅の魔法を叩き込む算段か。


 俺はすぐさま衝撃インパクト火竜の息フレイムブレスを打ち消し、その余波で幼竜を後方へ吹き飛ばす。次はいよいよ勇者との接近戦だ。頼むぞ並列思考、しっかり働いてくれ。懐に忍ばせた短剣を右手に取り、邪賢老樹の杖と共に勇者を待ち構える。


 ―――ガキン!


 刀哉の初撃を短剣で受け止め、払う。いかにS級の聖剣と言えど、狂飆の覇剣ヴォーテクスエッジを施し俺が鍛え上げたこの短剣は簡単には破壊されない。俺自身も剣術スキルをこっそりC級まで取得しておいた。しかし、刀哉と刹那の剣術スキルはS級とA級、まだ剣の経験が浅く付け焼刃である俺にとって接近戦は脅威である。でもな、だからこそ意味があるんだ。


「―――シッ!」


 続く刹那の刀には特に注意だ。ある意味で、剣術S級の刀哉よりも怖い相手なのだ。『斬鉄権』に発動条件があるのかは分からないが、自分の体で確かめる訳にもいかない。これは兎にも角にも避けるに専念。勇者を圧倒する早さのアドバンテージを最大限に発揮し、危険察知を並列思考で幾重にも張り巡らせ、二人の猛攻を凌いでいく。魔法使いにとっては絶望的に不利な状況。なのだが、俺は今の状況を心から楽しんでいた。


「……ケルヴィン、とっても楽しそうね」

「ええ。やはりご主人様はこの瞬間が最も輝いています」


 エフィルとセラ、そしてクリストフ達を見張るジェラールはすっかり観戦モードであった。


「ワシとセラが散々揉んでやったんじゃ、あれくらい当然じゃよ」

「弱点の克服とか言ってたけど、絶対自分も直接戦いたいからよね。まあ、ケルヴィンはそっちの才能もあるみたいだし、私も楽しいからいいんだけど」

「トラージまでの旅の最中、キャンプの度に近接戦の指導を受けられていましたからね。料理もいつも以上に食べて頂いて嬉しかったです」

「あ、そうだ。料理で思い出したけど、エフィル、アレ持ってきた? お腹空いたから食べていい?」

「ちゃんと準備してますよ。ご主人様からは自由に食べていいと許可も出ています」


 ワイワイと主を心配する素振りも見せない3人に、クリストフは怪訝な顔をする。


(一体何なんだ、こいつらは!? 普通、勇者に目を付けられたら全力で逃げるだろ! それどころか1人で相手しようとするなんて、頭がいかれてるとしか思えねぇ! ……っておいおい、何でサンドイッチを取り出すんだよ、ピクニック気分かよ!)


 そんなクリストフをよそに、セラとジェラールはムシャムシャとエフィルお手製サンドイッチを食べ始める。


「後ろの勇者達が動きそうね。ケルヴィン忙しそうだけど見えてるかしら? この具のお肉美味しいわね」

「大丈夫ですよ。ご主人様も気付かれています。クロちゃんに保管して貰っていたアーマータイガーを使ってみました。鎧の中の肉は柔らかく美味です」

「うむ、頬が落ちそうじゃわい」


(ま、まるで心配してねぇ……)


 穏やかな観戦サイドとは打って変わって、ケルヴィンと勇者達の間では激しい剣舞の応酬が続いていた。尋常ではないスピードで刹那の刀を全て避け切り、人外の域に達している刀哉の剣術を見事にいなしている。それどころか、二人が僅かでも隙を見せようものなら短剣で反撃をし始めてきたのだ。魔法使いが接近戦で押し始めるという異常な光景であった。だが、セラの予想通り、戦況に動きが生じ始める。


這い寄る氷フロストバウンド!」

罪人の重しフェレニークラッシュ


(―――! 地面が凍って足が離れない!? それに、この重量感は重風圧エアプレッシャーの類か!)


 雅の回復をし終えた奈々がC級青魔法【這い寄る氷フロストバウンド】でケルヴィンの機動性を殺し、更に雅のC級黒魔法【罪人の重しフェレニークラッシュ】で圧迫する。罪人の重しフェレニークラッシュはケルヴィンのみを対象とする阻害魔法なので、周囲の刀哉達には効果は及ばない。部屋の彼方へ吹き飛ばされた幼竜も、戦場へと舞い戻ってきた。


「これで終わりだ!」

「この状況下で避けることはできないわよ!」


 間髪いれず、二人は同時に攻撃を仕掛け―――


地表爆裂クレフトデトネーション


 ―――爆発に巻き込まれた。

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