第56話 それぞれの切札

 ゲームの決め手になると確信していた攻撃は、魔法による爆発によって遮られてしまった。


「くそっ、まさか自爆してくるなんて……」


 ケルヴィンの地表爆裂クレフトデトネーションに巻き込まれかけ、あわや戦闘不能になるところであった刀哉は、寸前で光妖精が白魔法の防壁を張ってくれた事で助かっていた。


「それでもダメージは防ぎ切れなかったか…… 光妖精、少しずつでいいから回復を頼む。刹那、無事か!?」

「何とかね……」


 刹那が所有するスキル『天歩』、空を駆けることを可能にする高等スキルである。風妖精による速力の補助、そしてこのスキルで無理矢理自身の軌道を変え、刹那も同じく爆発から難を逃れていた。


「二人とも、無事!?」

「奈々、まだ油断しないでくれ。本格的な回復はあいつの状態を確認してからだ」

「あの爆発で無傷ってことはないと願いたいけど。少しでもダメージを受けていれば、私達の勝ち……」


 ―――パチパチパチ。


 刹那の言葉を遮るように、広がる土煙の中から拍手が鳴る。


「今のコンビネーションはなかなか良かった。俺も少し冷やりとしたよ。前衛二人が俺の注意を引き付け、青魔法で機動力を奪い、発生速度の遅い黒魔法の欠点を補う。実に理想的だ」


 風が土煙を払い除け、声の主が姿を現す。目に付くのは綺麗な円形を残して抉られた足場、そこに立つケルヴィンは当然のように無傷であった。


「……ノーダメージかよ」

「自分の魔法でゲームを終わらせる訳ないだろう? これくらいの魔法のコントロールは当然だ」


 コンコンと杖で地面を叩き、ケルヴィンは改めて勇者達に向き直る。


「贅沢を言えば後方の二人、阻害魔法を放った後にもう数発攻撃魔法も欲しかったな。暢気に回復させていたんだ、魔法を練る時間は十分にあっただろう?」

「……心の傷は深かった」


(こいつ、まだ言うか)


「そっちのポニーテールはその天歩スキルをもう少し攻撃に組み込んだらどうだ? 出し惜しみをしていたのかもしれないが、攻撃の切り口がもっと広がるぞ。それと、勇者君は…… いつになったら二刀流を使うんだ?」

「―――! 鑑定眼も持っているのか…… これは切り札なんだけどな」


 刀哉は聖剣を杖にして立ち上がる。


「ウィル、本当の姿を見せろ」


 刀哉の言葉に聖剣は反応し、眩い光を放ち出す。その光はやがて二つに分かち、刀哉の両手には姿形が全く同じである2本の聖剣が握り締められていた。聖剣ウィルの最大の能力、それは歴代の勇者に合わせ、持主の望んだ姿に形態を変えることである。


「……へえ、それが聖剣の能力か」

「正直、盗賊がここまで強いとは夢にも思わなかった。このままダラダラ続けても、俺達が不利になるだけだろう。全身全霊でいく」


 刀哉本来の構え、実戦で使われるのは実は初めてであるが、その姿は様になっている。


「ハア、また勝手に決めて…… 分かった、付き合うわ。 ……さっきの助言、後悔させるわよ」


 刹那は刀を鞘に収め、構える。その型はケルヴィンも一度は見たことのある型であった。


(居合い、か。二刀流といい、男心を擽るじゃないか)


「ムンちゃんの治療は終わってるよ!」

「ギュアギュア!」


 幼竜はその小さな体を力強く羽ばたかせ、ケルヴィンの上空を雄々しく飛翔する。その瞳から幼さは消え去っており、獲物を狙う野生が宿っていた。


「それに、こっちの準備も。氷天神殿フローズンテンプル!」


 あたり一面が突如氷で覆われ、氷柱が次々と地面から突き出されていく。合わせて10柱の氷柱の先から青いオーラが漂い出し、次第にそのオーラは荘厳な青の神殿を作り出していった。 


「覚悟してください。これは私が使える魔法の中で一番強力です。A級青魔法【氷天神殿フローズンテンプル】。領域内にいる限り、あなたは足だけでなく全身が凍りついたように動かなくなる。その上、補助魔法も発動させることができなくなります。今のうちに降参してください」

「……わざわざご丁寧に説明どうも」


 ケルヴィンは試しに体を動かそうとするが、確かに動かない。寒さは感じず、少しずつであれば動かせそうではあるが、戦闘では使い物にならないだろう。補助魔法の禁止も厄介だ。今はまだ風神脚ソニックアクセラレートの効果が続いているが、いずれ切れる。


「積年の恨み、ここで晴らす」

「積年つっても今日会ったばかりだが」

「……雰囲気作りは大事。それよりも、ここからが本領発揮。大黒屍鬼グレイブデスオーガ


 雅の影がヌラリと膨らんでいく。立体化した影は鬼の形を作り出していき、雅の前に跪く。雅を軽く鬼を撫でるとその大きな肩にトンと座った。


「この子はA級討伐対象『赤眼大鬼』の屍を黒魔法で復活させた。当然、今の強さもA級相当。この子のパワーと私の魔法は絶対無敵」


 どうだと言わんばかりに雅は息を荒くする。若干どや顔である。


「勇者様、これを使って!」


 突如、場外から雅に向かって何かが投げ出される。投げたのは今まで事の成り行きを静かに見守っていたプリスラであった。雅の鬼は投げ出されたそれをキャッチした。


「これは魔力宝石、それも最上級のダイヤモンド…… 使っていいの?」

「はい! 私が隠し通した最後の1つです! お使いください!(勇者に勝ってもらわないと私死んじゃう!)」


 雅はチラリとケルヴィンを向く。


「別に使っていいぞ。俺の仲間の手出しは禁止したが、そこの冒険者については言及していない」

「……あなたの思い、確かに受け取った。必ずこれで仕留める」

「……一応言っておくが、俺を殺してもお前らの負けだからな」


(やれやれ、やっと本気の切札を出してきたか。腰の重い奴らだ)


「あれ、もしかしてピンチ?」


 サンドイッチを食べ終えたセラが場外から声をかけてくる。


「お前が魔力宝石をそいつから見つけ出せなったせいでなー」

「わざとよ、わざと。その様子だと大丈夫そうね」

「全然大丈夫じゃ……」

涅槍グルームランサー


 雅より放たれる黒塗りの槍。魔力宝石によって強化されたそれは、黒魔法らしきからぬ速さでケルヴィンを襲った。動かぬ体を軋ませ、風神脚ソニックアクセラレートで無理矢理回避行動を取る。


「勇者っぽくない攻撃じゃないか。動けない相手にそんな物騒なものを投げるなんて」

「茶番は他所でやるもの。ゲームに負けて思う存分後でするといい」


 雅にこれまでの冗長性は感じられない。


(うん、いい感じに実戦慣れしてきたな)


 雅とのやり取りの間にも、裏でジリジリと刀哉と刹那が間合いに近づいていることにケルヴィンは気が付いている。


「これは一本取られたな。それじゃあ、そろそろゲームを終わらせようか」

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