第54話 対勇者

 まさか、ここまで上手く事が運ぶとは思わなかった。トライセンの英雄と称されるクリストフとの戦闘がどうにも不完全燃焼だった俺達は、勇者達が来るまでの間にちょっとした仕掛けを施した。仕掛けと言っても何てことはない、少しばかり勘違いしやすい状況を演出しただけだ。俺たちを黒風だと思わせる状況をね。クリストフ達が助けを求める援護射撃をしてくれたのは予想外であったが、結果的に良い方向に状況が動いてくれた。これで多少は俺の戦闘欲が満たされるだろうし、勝者の権限で勇者が今回の事件の証人になれば、クリストフ達もトライセンの後ろ盾をなくして豚箱行きとなる。まさに一石二鳥の作戦なのだ。ちなみに場所は訓練場と思われる比較的広い部屋に移動している。


『ちょっと、何でケルヴィンが一人で戦うことになってるのよ!? 私も戦いたかったのに!』


 セラは俺一人が戦うというゲーム内容に不満があるようだ。念話で話し掛けてくるだけマシなのだが、思いっきり俺を睨んでいる。


『セラは最近十分に暴れていただろ。そろそろ俺も思う存分リフレッシュしたいのですよ。それに4対4だと勝負にならん』

『えー、楽しみにしてたのに!』

『私もご主人様お一人で戦われるのには賛成しかねます。ご主人様は確かに群を抜いてお強いですが、それも後衛職の立場になっての話。あの勇者クラスのパーティが相手では危険なのでは?』

『そうよ、だから私を出しなさい』


 エフィルが珍しく俺に反対してきた。だがそれも俺の身を思っての進言なんだろう。セラは自分の欲望に忠実な進言だ。


『このゲームは俺単体での弱点である、対集団での接近戦をテストする為のものでもあるんだ。その為に色々と装備も整えてきた。ってことでエフィル、セラ、ここは俺に行かせてくれ。今度埋め合わせはするからさ』


 一番の理由は勇者と真っ当に戦えるからなんだけどね。あいつのスキルにも触れておきたいし。


『でしたら、私はご主人様の意向に従います。あ、あと、埋め合わせはまた菓子屋に……』

『菓子屋!? 何それ、楽しそう!』


 よし、セラの興味が別に向かった。菓子屋に行く際はまたエフィルに白ワンピを着てもらおう。うん、そうしよう。何かやる気が上がってきたぞ俺。


『そういえばジェラール、俺、また変に笑っていたか?』

『うむ、勇者が攻撃した辺りからずっとじゃな』

『マジか、無意識だった。そんなに凶悪な顔してたかな?』


 地味にショックを受けたぞ、勇者め。


『とても素敵な笑みでした』

『私は悪魔的に格好良いと思うわ!』

『……まあ、感性は人それぞれじゃし』

『そ、そうか?』


 なんだ、思っていたよりも好感触じゃないか。あの銀髪の勇者、心理作戦を敢行してくるとは、なかなか侮れない。これは気合を入れる必要があるかもしれないな。さて、そろそろ時間だ。準備を整えさせる為に数分時間を与えたが、回復と補助魔法はやり終えたかな?


「光妖精、俺に力を貸してくれ!」

「風妖精、補助をお願い」

「水妖精ちゃん、よろしくね」

「適度に頑張って」


 勇者を見ると、4人の周囲を色とりどりの光の玉がぐるぐると回っていた。


「へえ、これが妖精の加護か」

「……この加護を知っているのか」

「いや、初めて目にしたよ。加護持ちは珍しいからね、加護のない俺には羨ましい限りだ」


 メルフィーナの召喚に成功すれば貰える予定なんだけどな。早く義体で戻ってきて、メルフィーナ先生!


「俺たちの準備は完了だ。いつ始めてもいいぞ」

「オーケー。フィールドはこの部屋一帯。冒険者は俺の仲間が護るから、思う存分攻撃を放ってくれ。そうだな、合図は…… このコインが地面に落ちたら開始だ。」


 懐(極小型分身体クロト)からコインを取り出し、勇者に見せる。


「分かった」

「公平を期す為に冒険者に投げてもらおうか。まあ、こんなものに公平も何もないんだが。 ……ほら、お前達の運命を決めるコインだ。慎重に投げろよ?」


 逃・げ・る・な・よ? と、一応釘を刺しておく。クリストフとプリスラはブンブンと首を頷かせる。アドはまだ回復していないのか倒れたままだ。


「それじゃあ、始めようか」

「皆、作戦通りにいくぞ」

「「「了解」」」


 クリストフが震えた手でコインを放り投げる。ちょうど俺と勇者の直線状真ん中に落ちたコインは、開始を伝える高い音を部屋に響き渡せる。


「刹那、行くぞ!」

「ええ!」


 大方の予想通り、前衛職らしき少年と刀を持つ少女が突っ込んでくる。魔法使いに対して距離を詰めるのは定石、まして今は俺を護る壁役もいない。正しい判断だ。


「出てきて、ムンちゃん!」


 後方の奈々が背負ったリュックから何かが飛び出す。


「これは…… ドラゴン!」

「ギュア!」


 迫力に欠ける咆哮。まだ小さな子供のようだが、それは紛れもなくドラゴンであった。赤い鱗からして火竜だろうか。


火竜の息フレイムブレス!」


 幼竜は息を吸い込みお腹を膨らませると、次の瞬間、炎のブレスを俺に向けて吐き出した。だが、そこにはもう俺はいない。


「私も……」

「悪い、ちょっと思ったよりもしんどそうだ。先に借りるぞ」


 魔法を唱えようとする銀髪の少女の頭に手を置く。


「……え?」


 少女が目を見開く。A級緑魔法【風神脚ソニックアクセラレート】。準備時間中に施しておいた、敏捷を2倍に引き上げる強化魔法。これにより俺の敏捷は1000近くまで強化される。勇者パーティで最も素早い侍の少女を軽く超える数値だ。文字通り目にも留まらぬ速さで正面からぶち抜いて来たのだ。


「何で後ろに!?」

「雅、逃げろ!」


 さあ、これで第一目的達成、そして新装備のお披露目だ。安心しろ、ダメージはない。


「喰らえ、悪食の篭手スキルイーター


 少女の頭に置いた篭手から黒いオーラが発せられる。俺の新装備である悪食の篭手スキルイーターは、セラの黒金の魔人アロンダイトと同じくビクトールの素材から作られたS級防具だ。黒金の魔人アロンダイトほどの防御力はないが、代わりに特殊能力を持つ。それが相手に触れ、任意のスキルを覚えるコピー能力だ。覚えられるスキルは篭手1つにつき1つまで。以降は覚える度に以前のスキルを忘れてしまう。この装備の怖ろしいところは、何と言っても固有スキルもコピー可能なところだ。今回は右手の篭手で触れたので、右手側の篭手にスキルが刻まれる。


「確かに借りたぞ、『並列思考』」

「雅ちゃんから離れて!」


 幼竜がこちらに向かってくる。さ、退散退散。来た道と同じ道を帰るとしよう。戻ってくる少年と少女の間をすり抜け、開始時の場所へと戻る。


「くっ、またっ!」

「おっ、少し反応できたじゃないか」

「雅、何ともない!?」


 俺に向き直り、刀を構えながら侍の少女が声を上げる。


「……? 体に異常はない」


 そりゃそうだ。スキルをコピーしただけなんだから。だが、心理作戦の意趣返しとばかりに不安にさせておこう。先ほどと同じ笑みを浮かべながら言ってやる。


「大丈夫、何もしてないさ」

「……刀哉、私もう駄目みたい」


 そこまで絶望的な顔をされるとは思ってなかったです。

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