第53話 ゲーム

「何だ? お前らは?」


 黒ローブの男の問い掛けに刀哉は一歩前に踏み出し、答えようとする。前回よろしく、刹那が刀哉を止めようとするが―――


「俺達はデラミスの勇者だ!」


 素早いはずの彼女の抑止率は、あまりよろしくない。


「ま、また重要な情報をペラペラと……!」

「落ち着いて、刹那ちゃん!」


 出会い頭の敵と思われる相手に、簡単に身分を明かしてしまう刀哉。刹那は軽く額に血管を浮かせながら、部屋の状況確認を行う。


(倒れている3人は恐らく先行したA級冒険者。黒い格好の4人は黒風の幹部ね。状況を見るに止めを刺される直前、もう少し遅れていたら危なかったわね。あの女の子が悲しんじゃう)


「デラミスの勇者……? 巫女が召喚したと言う、あの勇者か?」

「そうだ! 盗賊団『黒風』、お前達を討伐しにきた!」


 刀哉が黒ローブに剣を向ける。


「……? そうか、援軍という訳だな。だが、もう事は済んだ。ジェラール。」


 男が合図を送り、黒騎士はそれを確認すると倒れ込んだ3人へと向きを変える。その瞬間である。


「ゆ、勇者様! 助けてくれ、このままだと殺される!」

「う、うう…… この人達、私の身体を弄んだの……! お願い、仇を討って……!」


 冒険者の男と女がガバッと起き上がり、助けを求めてきたのだ。


「やはり狸寝入りだったか…… 思いのほか元気じゃないか。しかし、そこまでするとはA級冒険者の威厳も糞もないな」


 やれやれと首を振り、黒ローブは呆れている。


「だが、助けを求める相手を間違えたな。ここにはお前らを助ける奴は―――」

「うおおぉぉぉ!」

「―――!」


 話を遮り、刀哉が黒ローブに斬りかかる。その速さは刹那には及ばないが、間は一瞬で詰まっていく。あと数歩で黒ローブに辿り着くかという所で、それは突如として現れた。


 ガキンッ!


「くっ!」


 立ち塞いだのは冒険者に剣を構えていたはずの黒騎士。純白の聖剣を漆黒の魔剣が受け止め、交差し互いを押し合う形となる。両手で剣を持ち力を込める刀哉に対し、悠々と片手でパワーバランスを拮抗させている。


「おいおい、何のマネだ? 人にいきなり斬りかかるなんて……」

「うるさいっ! その人達を解放しろ!」

「……ますます意味が分からないな。何だ、俺達は正当防衛すればいいのか?」


 黒ローブを含めた奥の3人に焦りの表情はない。


(くそ! こいつ、尋常じゃない力だ。しかも、こんな大鎧を装備しているのに俺よりも速い!)


 徐々に剣から感じる圧力が強まっていく。均衡は早くも崩れようとしていた。


「勝手に先走るんじゃないわよ! この馬鹿!」


 背後から聞こえる幼馴染の声。助けに駆けつけた刹那が愛刀を抜き、黒騎士に神速の刃を放つ。黒騎士は刀哉の聖剣をいとも簡単に払いのけ、紙一重のところで刹那の抜刀をかわす。


「今のうちに下がるわよ!」

「何言ってるんだ、ここで引ける訳ないだろ!」

「少しは状況を読め、この正義馬鹿!」


 刹那は刀哉の首根っこを掴み、これまた疾風の如く部屋の入り口へと退いていく。幸い敵は追撃してこなかった。無事に仲間の下へと戻ることに成功する。


「おかえり。黒騎士のあのビッグな剣、何か得体の知れない魔力を感じる。黒ローブの魔力の底が知れない。たぶん私以上。注意するべき」


 見事生還を果たした二人に対し雅が祝福を贈りつつ、滅多にしない真面目な声で注意を正す。


「だ、大丈夫? 一人で突っ走っちゃ駄目だよ、神埼君。いつものように連携しないと、力を出し切れないよ?」


 奈々が回復魔法を唱える。酷く心配した為か、瞳には涙を溜めていた。


「そういうこと。あの人達を助けたいんでしょ? 少しは頭を冷やしなさい!」


 そして、最後に刹那が活を入れる。


「……悪い、頭に血が上ってた。みんな、俺に力を貸してくれ。あいつらを倒して、冒険者を助けるぞ!」


 3人は同時に頷く。刀哉の心に焦りはもうない。相手は自分達よりも数段上の実力者。しかし、何の罪もない人々を攫う許されざる悪人。勇者に選ばれた俺たちに到底見逃す選択肢はない。


「ん、もういいか?」

「随分と優しいじゃないか。何もせずに待っていてくれるなんてね」

「別に勇者様と対立したい訳ではないからな。そのままお帰り頂いても構わないぞ」


 舐められている。だが、今はそれでいい。警戒されるよりも、見くびられるくらいの方が勝率が高くなる。それが隙に繋がることもある。


「それはできない相談ね。そこの冒険者も一緒に連れて行っていいのなら考えるけど」

「それこそできない相談だ。この3人は俺達の獲物だ。勇者様はハイエナがお好みなのかな?」

「……交渉決裂ね」


 刹那が刀を鞘に納め、構える。その姿は素人目にも美しいものであり、日々の鍛錬を怠っていない証拠でもあった。刀哉、奈々、雅も戦闘体勢に入る。


「へえ」


 黒ローブは興味深く、そして満足気に勇者達を観察していた。


「そうだな、1つ質問をしようか。君らは俺達を何だと思っているんだ?」

「決まっている。盗賊団『黒風』の幹部だろう? 1年前に解体された風を装ったようだが、詰めが甘かったな。そこの冒険者達の勇気がお前らの悪事を暴いたんだ。大人しく観念した方がいいぞ!」

「黒風は黒い服装を好むと聞いています。その特徴ともあなた達は一致しているんです」

「何よりもその笑み、途轍もなく凶悪。どう見ても悪人」

「!?」


 雅の言葉に黒ローブに動揺が走る! ……ように刹那は一瞬見えた。


(流石に気のせいよね?)


 口元を押さえる黒ローブを不審に思いながら、刹那はその挙動に目を光らせる。


「そうか。まあ、妥当な判断かな。それに勇者様からの折角のお願いだ。1つゲームをしようか」

「ゲーム、だと?」


 思い掛けない敵からの提案に、4人は警戒を強める。


「これから俺1人と君達4人で模擬戦をしよう。当然、俺の仲間は手を出さない。君達の攻撃で俺がダメージを負ったら、そちらの勝ち。逆に全員戦闘不能になったら君らの負けだ。相手を殺すのはなし。その時点で殺した側の敗北ってルールでどうだ?」


 その提案に横にいるメイドが僅かに目を細め、軍服の女が盛大に反応した。何か文句を言っているようだが、不思議と声はこちらに届かない。


「かなり俺達に有利なゲームじゃないか。何か裏があるんじゃないか?」

「表も裏もない純粋なゲームさ。勇者を殺したら大問題だしな。この方が俺も都合がいいのさ。さっきも言ったが、別に今から降りてもいいんだぞ」

「……何を賭けるの?」

「そうだな…… 勝者の命令を何でも1つ聞くってのはどうだ? 単純で分かりやすいだろ。こいつらの解放だってできるし、俺達を捕縛することも可能だ」

「仮に勝ったとして、互いが約束を守る理由がどこにある?」

「君らは勇者なんだろう? なら約束は守って当然だ。そうでなければ、勇者足り得ない」

「……ああ」


 刀哉は軽く頷く。


「俺は、そうだな…… 誓約書でも書こうか。これでも俺達は冒険者なんだ。もし俺達が約束を守らなかった場合、この誓約書を冒険者ギルドに持って行くといい。約束を破った時はギルドから追放されるように記しておこう。ちょっと待っていろ」


 黒ローブはメイドからペンと紙を受け取り、サラサラと文字を書いていく。


「これでいい。そら、しっかり中身を確認して見ろ」


 黒ローブから誓約書代わりの紙が投げ出される。紙は何処からともなく吹いた風に乗り、ヒラヒラと刀哉の手元へと届けられる。


「……これ、誓約書としての効果があるのか?」

「誓約書にあの人の魔力が込められている。この紙も希少なマジックアイテム。たぶん本物」

「雅がそう言うなら本物なんだな。よし、そのゲーム、受けよう!」


 その声に冒険者の男女から歓声が上がる。一方で、黒ローブがまた笑みを浮かべていたように刹那は感じた。

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