第52話 救援

 クリストフ達へのお仕置きを開始してから一刻が経った。プリスラを抱えたセラも部屋に戻ってきている。セラの苛めは相当堪えたようで、抱えられたままピクリとも動かない。部屋に転がっているクリストフとアドも同様だ。だが大丈夫、肉体の怪我は俺の白魔法で完全に回復させている。万が一にも死ぬことはないだろう。仕置きもちゃんと手加減していたしね。それと、ここでの会話は極力念話で行うことにした。もし狸寝入りをしていて、会話の内容を聞かれるのが面倒だったからだ。ただ黙って何かを待っている俺達を気味悪く思うかもしれないが、別に構わないだろう。


『そろそろ到着してもいい頃なんだがな……』

『待つだけってのも退屈ねー』

『見張りを交代しますか?』

『それは面倒! 見張りはエフィルに任せるわ』

『スキルとしてはセラさんの方が適任なのですが……』

『ならば、ワシが代わろう。そろそろエフィルも疲れたじゃろう』


 ジェラールが立ち上がろうとした瞬間、アジト全域に張っていた気配察知に4人引っ掛かる。人数はピッタリ、おそらく勇者4人組だ。


『来たな』

『来たわね』


 俺とセラは互いに頷き、ジェラールとエフィル、捕らえられた人々を護るクロトに情報を伝える。クロトについては彼女達に調教された配下だと話してあるので、敵のモンスターではないことを勇者に教えてくれる手筈になっている。仮に攻撃されたとしても、ステータスの大部分を割り振った分身体クロトなら余裕で逃げ切れる。アジトの入口からこの部屋まで妨害する者はいないはずだ。ここまで来るのにそう時間は掛からないだろう。


『よーし、それじゃあ勇者を出迎える準備をしようか』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ミストの救援要請を快く受けた刀哉達は、得た情報から黒風のアジトを発見し、無事に侵入することに成功していた。尤も当の黒風は既に全滅している為、侵入するだけであれば失敗のしようがないのだが。


「……ねえ、ちょっとおかしくない? さっきから全然誰も見つからないよ? ミストさんは先にA級冒険者の人達が向かったって言っていたよね? 場所を間違えたかな」


 慎重に進行していく中、黒風はもちろんのこと捕らえられた人々の姿も見つからないことに奈々は疑問を深めていた。


「いや、辺りも確認したけど、怪しい場所はこの建物だけだった。刹那、この前に習得した気配察知で何か感じないか?」

「まだスキルランクは低いんだけど…… もう少し奥に行ったところに、大勢がひとかたまりになっているわ。その更に深部まではまだ分からない。もっと進めばいずれ感じると思うけど」

「なら、まずは人の気配がする場所を目指そうか。ひょっとしたら捕まった人が見つかるかもしれない」

「賛成」


 刀哉の案に雅が賛同する。


「この場所、流石におかしい。戦闘跡も見られない、死体も見つからない。状況把握の為に人を見つけるのが最優先」

「そうね、なら私が先導するわ。皆、警戒を怠らないで」


 刹那を先頭に、勇者一行は刹那が唯一気配を感じた場所に向かう。トラップにも注意して進んだが、不思議なことに発見したものは既に解除されていた。敵もおらず、阻害する罠もない。そのような状況下だったのもあり、刀哉達の進行は極めて順調なのであった。苦労せずして目的地に到着してしまう程に。


「……着いちゃったね」

「ここまで何もないと、逆に不安になるわね…… 危険察知にも何も反応しないし……」

「だが、行くしかない。俺が先陣を切る。皆、援護を頼むぞ」

「女は度胸。出たとこ勝負」

「俺、男なんだけど……」


 刀哉が勢い良く扉を開け、突入する。まず視界に入ったのは、黒風に捕らえられたであろう女性達だった。幸いな事に外傷はないようだ。いきなり扉を開けた刀哉に多くは驚いている。


「脅かせてすまない! 俺達は君達を助けに―――」


 謝罪の言葉を言いかけた刀哉は、次にあるものを目にした。高さは膝下のあたりまでしかない。その小ささのせいか、真っ先に意識することができなかった。


 ―――そこには、黒みがかった色の、一匹のスライムがいた。


「モンスター!? くそ、皆伏せてくれ!」


 刀哉はスライムを敵と認識し、攻撃をしようと剣を振り上げる。その剣はデラミスの頂点に君臨する教皇より賜った、歴代の勇者が使用する『聖剣ウィル』。使用者の意志力と共鳴して強化が施され、永きに渡り勇者の苦難を救ったとされる伝説の剣。その一刀一刀が必殺の威力を誇る。だが、聖剣ウィルが振り下ろされることはなかった。


「だ、駄目!」

「おわっ!」


 寄り添い合う女性の中から、一人の女の子がスライムの前に飛び出る。女の子の不意の行動に、刀哉は剣を止めてしまう。


「この子は私達を助けてくれたお兄ちゃんのペットなのよ! 苛めちゃ駄目なんだから!」

「お、お兄ちゃん!?」


 困惑する刀哉を他所に、プンプンと可愛らしい音を立てながら怒る少女。その少女の下に母親らしき女性が駆け寄ってくる。


「御免なさいね。この子、冒険者様に助けられて、すっかりファンになってしまいまして…… そちらのスライムも冒険者様のお連れだったので、考えなしに駆け出してしまったのです」

「そ、そうだったのか…… ごめん、俺が悪かった」


 刀哉はしゃがんで女の子に謝罪するが、「うー!」と敵意むき出しに睨み付けられてしまう。何事かと刹那達も部屋に入ってきた。


「リュカ、駄目でしょ。ええと、あなた達は冒険者様のお仲間ですか?」

「ああ、俺達は―――」

「刀哉、勇者のことは隠しておいた方が……」

「デラミスの勇者です」

「え、ええ!? 勇者様!?」


 刹那の忠告はいつもの様に一歩遅れ、女性達の黄色い声援に掻き消される。揉みくちゃにされる刀哉を見ながら、影でこめかみを押さえるのであった。数分後、ようやく事態は収拾される。


「神崎君、あのスライムとお話したんだけど、捕らえられた女の人を守るように指示されてたみたい。冒険者の人達は黒風のボスを倒しに最奥に進んだらしいよ。ここの護りは自分がするから、私達にもボスを倒す協力をしてほしいって」


 奈々は固有スキル『動物会話』を使用してスライムから話を聞き出した。


「奈々と同じ調教師がパーティにいるのか。スライムを使役するなんて珍しいな……」

「大事なのはそこじゃないでしょ。肝心なのはこれからどうするかよ」

「一緒に脱出? 冒険者の救援? どっち?」

「私からもお願いします。A級冒険者様と言えど、黒風の幹部に勝てる保障はありません。どうか、助けに向かって頂けないでしょうか?」

「えー、お兄ちゃんに助けなんて必要ないよー! それにお兄ちゃんと一緒に帰りたい!」


 女の子の母親は頭を深く下げ、冒険者を助けてほしいと懇願する。もちろん、お人好しの刀哉が断れるはずもなく―――


「分かった! 俺達に任せてくれ!」


 即答するのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「……見事に何もなかったね」

「ここまで来ると逆に罠じゃないかと疑いたくなるわ…… 先に進んだ冒険者が倒したにしても、黒風が1人も倒れてないのはどうしてなのよ……」


 これまでと全く同じく、ノーエンカウントで最奥のボスの部屋へと辿り着いてしまった。


「気配は?」

「……部屋の中に7人、幹部と冒険者かしら。確か冒険者は3人ってミストさんは言ってたわね。もしかしたら劣勢かも」

「なら、早く加勢するぞ!」


 刀哉が突入する。


「こ、この馬鹿! また考えなしに!」


 刹那がすぐに、一呼吸置いて奈々と雅も続く。刹那が部屋に入ると同時に、刀哉が叫んだ。


「その剣を下ろせ!」


 刀哉の視線の先を刹那は見る。そこにあったのは地面に倒れ込む冒険者らしき格好の3人。そして、その3人を屠ろうと大剣を構える漆黒の大鎧。奥の椅子には黒ローブの男が腰掛け、両脇にはメイドと軍服の女が控えていた。どちらも黒を基調とした色合いの服装である。刀哉の叫びに、部屋の全員がこちらに顔を向け、それを代表するかのように黒ローブの男が言葉を投げる。


「何だ? お前らは?」

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