第50話 仕置き

 ―――黒風アジト、頭の部屋


「それで、何があったのよ? せっかくの休養だったのに」

「………」

「実はな、奴隷狩りをしていた一部隊が潰されたかもしれない」


 クリストフはプリスラとアドを呼び出し、状況の説明を始める。ホープを密偵として周辺を捜索させていること、カルナの部隊がアジトに戻らないことを2人に伝えると、プリスラは慌てふためいた。


「な、何やってるのよ!? これは本国からの極秘任務なのよ!?」

「あまり大声を出すんじゃねぇ! 外の奴らに聞こえたらどうする!」


 3人は黒い仮面をし、黒風の部下にさえ素顔を決して見せようとしない。ホープも同様である。鑑定眼で見れば意味のないことなのだが、トライセンから遠い地であるこの辺りでは、彼らの名前はそれほどメジャーではない。本国から召喚した王宮魔導士の魔法によって、黒風メンバーから4人に関する記憶を改竄し、頭として成り代わった彼らとしては、仮面をするだけでも十分効果があるのだ。ただし、幹部級の実力者となると話は別で、記憶の改竄も効果が薄くなる。頭が入れ替わっている事実は知っているが、そのことを疑問に感じなかったり、頭の名前が思い出せなくなるなど、記憶が支離滅裂になる障害が出てしまう。この状態の幹部が尋問されれば、彼らにとって致命傷に成り得る。


「だけど、もし、もしよ? カルナが私たちの秘密を暴露しちゃったら、ガウンを筆頭として他の3国、いえ、冒険者ギルドも黙ってはいないわ。そうなれば、私たちは英雄ではいられない…… それどころか、反逆者の汚名を着せられるかもしれないわ! うう、活動を始めてまだ少ししか経ってないのに……」

「………」


 騒ぎ立てるプリスラに対し、筋肉質の男、アドは静かに瞳を閉じている。


「アド! あんたも少しは何か言いなさいよ! 私たちの運命が掛かっているのよ!?」

「……俺はただ強者と戦いたいだけだ。運命など、自分で切り開く」

「こ、この筋肉馬鹿は……!」

「いい加減に落ち着きやがれ、プリスラ! そうさせない為にホープが動いてんだ! 今は、状況の確認を―――」


 ―――ドンドン!


「「………!」」


 クリストフが場を治めようとした瞬間、部屋の扉からノック音が鳴り響いた。その音にクリストフとプリスラはビクリと反応し、ゆっくりと顔を扉に向ける。


「な、何だ!?」

「頭、あっしです。ホープの兄貴から、緊急の報告を預かってきやした」

「おお、早いな! 流石はホープの野郎だ!」

「で、でも緊急って…… 何かやばいことがあったんじゃない?」

「それを含めての情報じゃねぇか。ほれ、早く入って報告を聞かせろや」

「へ、へい」


 ガチャリ。扉が徐々に、徐々にと開かれていく。扉を開いた先に立っていたのは、クリストフ直属の部下…… の腹部に剣を突き刺した、黒ローブの男であった。その後ろにも、数人の人影が見える。


「な、なんで……? 言う事、を聞けば、い、命を助けてくれる、約束、じゃあ……?」

「ああ、悪い。嘘だ。お前ら盗賊を生かす気は微塵もないんだ」


 そう言うと、男は突き刺した剣を振るう。部下はまるで紙くずのようにズッパリと斬り裂かれ、無残な亡骸となってクリストフの前に飛び散り、その最期を晒す。


「くっ……」


 クリストフは男を観察する。黒髪、黒ローブの上から下まで黒尽くめの格好。先ほど部下を屠った剣をよくよく見てみると、それは魔力で覆われた杖であった。可視化できる程にあまりに高密度の魔力であった為、その性質を読み違えてしまったのだ。


「やあ、英雄様。俺の地元で色々と悪さをしてくれたみたいだね」


 男の顔はにこやかに微笑んでいるが、眼が据わっていた。百戦錬磨の冒険者であるクリストフ達はひと目で感じ取る。この男は規格外の存在だと。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「やあ、英雄様。俺の地元で色々と悪さをしてくれたみたいだね」


 黒風最後の生き残りを始末し、幹部達と対峙する。同時に即行で鑑定眼を使用、データを配下ネットワークにアップ。ジェラールとセラも部屋に入らせる。


「てめぇ、扉のトラップを俺の部下に解除させたな?」


 ステータス画面によれば、こいつがリーダー格のクリストフだ。横のジャラジャラと宝石を付けた女がプリスラ、頭を丸めた修行僧のような格好の男がアドと表示される。ステータスの強さだけ鑑みれば、クリストフよりもアドの方が厄介そうである。


「ああ、起爆式の強力な術式が組まれていたからな。解除するのも面倒だったんで、そこで寝ているそいつに開けてもらったんだ。この鍵も、ここの扉のものだけはダミーだったようだしね」


 ホープが持っていた鍵束を床に投げる。アジトに存在する大抵の鍵が納まっていたこの鍵束だが、鑑定眼でこの鍵束を解析したところ、ボス部屋の鍵だけは偽物と判定が出た。間違ってこの鍵で扉を開けようとすれば、トラップが即時発動していただろう。まあ、その時はセラが察知スキルで見破っていただろうがな。


「これは…… ホープの……!」

「過ぎた話はもういい。クリストフ、プリスラ、アド。トライセンの英雄と称されるお前たちが、盗賊と一緒になって何をしているんだ? 人攫いが英雄様の趣味なのか?」

「……はぁ、俺たちの正体まで知ってやがるのか」


 クリストフがおもむろに仮面を取る。素顔は初めて見るが、何というか、熊のような風貌だ。英雄より盗賊の頭がしっくりくるんじゃないか?


「ご指摘の通り、俺がクリストフだ。そこまで正確な情報を持っているってことは、カルナをやったのもお前か?」

「さあ、どうだろうね?」

「ちっ、惚けやがって」


 正体をクリストフが暴露したことで、続いてプリスラとアドも仮面を外し出す。


「フン! どっちにしろ、私たちの正体をしってしまったあんたは生きて帰さない。何者だかは知らないけど、A級冒険者の実力、とくと見るがいいわ!」

「これほどの兵、なかなか戦えたものじゃない。存分に今を謳歌しよう」


 プリスラの宝石から魔力が溢れ出し、アドが悠然と槍を構える。


「そういうことだ。ホープや部下を倒していい気になっているようだが、そんな逆境、日常茶飯事なんだよ。俺達を甘く見たことを後悔しながら逝くんだな!」


 壁に掛けられた大斧を手に取り、クリストフはズンと地面に下ろす。


 へぇ、さっきまでの動揺がもうなくなってる。切り替えが早いな。ホープの時もそうだったが、この辺りの気構えは流石だ。


「奇しくもお互い人数は3人…… さあ、雌雄を決しようでは――― っ! プリスラ、退けっ!」

「えっ?」


 ―――ズッ


 アドの文言を聞き終えるよりも早く、事態は動いていた。


「え? え? う、嘘でしょ?」

「……ぐっ」


 何てことはない。セラがプリスラに、ジェラールがアドに攻撃を加えただけのことだ。尤も、その初撃でプリスラの宝石は全て砕け散り、アドの槍は輪切りとなってバラバラと崩れ落ちてしまったのだが。


「悪いな、ここに来るまでは俺もその気だったんだがな。道中、嫌なものを見て気が変わったんだ。これは戦いでも決戦でもない。一方的な、お仕置きなんだよ」 

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