第49話 攻略

「どうも上手くいかないものじゃな」


 血塗れの大剣を振り払うジェラール。その一振りで剣に付着した血は全て床に落ち、魔剣ダーインスレイヴは元の輝きを取り戻す。


「敵背後への召喚、そこからの即攻…… 召喚時の魔法陣がネックだな。魔法陣の光もそうだが、魔力察知で感づかれる可能性がある。タイミングも難しい」

「うむ、隠蔽と併用するのも面白いかもしれん」

 

 先程の2人組に使ったのは、召喚術を利用した不意打ちだ。仮面の男、ホープがここに入ってきたところで、ホープに続こうとする子分のすぐ後ろにジェラールを召喚。即座に襲撃することでお手軽に虚をつくことができるのだ。


 更に、B級緑魔法【無音風壁サイレントウィスパー】でエントランス全体を覆うことで、エントランス内外への音の伝達を遮断。これにより無音風壁サイレントウィスパー内ではどんな騒音を出したとしても、決して外側に伝わることはない。逆も然りであり、子分が倒された時、ホープはそれに気付くことができなかった。


「ねえ、何時までここで待ち伏せするの? もう飽きちゃったわ」


 仁王立ちで口をとがらせるのはセラである。


「お前、さっきまでノリノリで戦っていたろうが! 無音風壁サイレントウィスパーを張っておいて本当に良かった…… まあ、このエントランスに向かってくるのは今の2人で最後のようだしな。そろそろこちらから仕掛けるか」


 気配察知で黒風のアジト内を探り、おおよその敵の配置を確認する。この中には黒風に捕らえられた人々もいるだろう。マップ上を一歩も移動していない気配がそれかな。


「倒した黒風の者達はどうしますか? 勇者に発見されると面倒だと思われますが」


 出口の影から隠密状態を解除したエフィルが姿を現す。俺たちがアジトのエントランスで出入口を塞ぎながら黒風を待ち構えていた折、エフィルは外の監視をしていた。黒風の別働隊がアジトに戻ってくるかもしれないからな。千里眼を持つエフィルが見張ることで、アウトサイドの対応も即時にできるという訳だ。


「クロトに吸収してもらうよ。ってことで、クロト頼んだ」


 いつもの様にエフィルの肩に乗るクロトがポヨンと分身体を生み出す。一箇所にまとめておいた黒風の亡骸の場所まで移動すると、分身体はボンと巨大化してそれらを包み込んでいく。


 ビクトールとの戦いで大幅にレベルアップしたクロトは、新たに『解体』と『金属化』のスキルを会得した。解体スキルはモンスターから素材を剥ぎ取る際に使用される。スキルランクを上げることで通常よりもより大量に、その上レアな素材を出しやすくする効果がある。クロトの場合は対象を暴食スキルで吸収しつつ、そのまま素材は保管に運ばれる。驚くことに、解体スキルは人間にも適用される。流石に人間の素材を取るというグロテスクなことはないが、吸収した際にその人間が装備していた物を保管に送ってくれるのだ。クロトさんマジパネェ。


「うん? 鍵束を見つけた?」


 クロトが仮面の男を吸収すると、保管に何かの鍵束が送られたことを報告してくる。


「アジトで使われる鍵ではないでしょうか? その仮面の方、幹部の冒険者だったようですし」

「これを使えば探索が楽になるんじゃないかしら? クロト、でかしたわ! 早速突入しましょう!」

「セラは暴れることしか頭にないのか。一応これ隠密作戦だからな。侵入がばれて捕らえられた人を人質にされると面倒だ」

「えー……」

「露骨に嫌な顔をするな」


 しかし、A級冒険者が明らかに格下だったのは残念だったな。ホープのステータスを鑑定眼で確認したが、メルフィーナに見せてもらった時の勇者よりも劣っていた。レベルとしては勇者達よりも上のはずなのだが、どうも能力の伸びが悪い。これは勇者の成長率が優れていると見るべきか。


「それじゃ、ご希望通りアジトを攻略するとしようか。セラ、戦うのもいいが、察知スキルでトラップに注意しろよ?」

「もちろんよ、私に任せなさい!」

「……不安だ」


 実績は十分にあるのだが、どうも直情的なところがあるセラは心配になる。全く、この戦闘狂め。



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「ケルヴィン、そこの石床、一箇所だけ色が微妙に違うでしょ? 踏むと罠が動き出すから注意して」

「お、おう」

「うむ、セラの慧眼は流石じゃな」

「はい、安心して進むことができます」

「そ、そうだな……」


 すまないセラ、お兄さんまた君を疑ってしまった。蓋を開けてみれば、セラは十全に察知スキルを活用し、アジト内部に仕掛けられたトラップや魔法を看破してみせた。ジェラールとエフィルからの評価も上々、これは俺が反省しなければなるまい……


「どうしたのよケルヴィン? さっきから何か考えているようだけど」

「いや、セラが仲間になって本当に良かったなと思ってね」


 覗きこんできたセラの頭を撫でてやる。サラサラと真紅の髪が心地良い。エフィルとはまた違った感触だ。


「なっ、何なのよ、急に……」


 真赤になりながら目を逸らすセラ。それでも黙ってされているところを見ると、嫌という訳ではないらしい。とは言ったものの、ここは戦地だ。切り替えはしっかりしないといけない。エフィルが視線で何かを訴えてきてるしな。


 それから俺たちは、捕らえられた女性たちを救出しながらアジトの探索を進めていった。気配察知で部屋を特定し、無音風壁サイレントウィスパーを張って制圧。ホープから手に入れた鍵束もやはりこのアジトの扉の物で、難なく攻略していくことができた。牢に閉じ込められた女性がほとんどであったが、中にはエフィルとセラには見せられない惨状の部屋もあった。所謂、性的暴行や拷問を受けていたのだ。そういった輩には俺とジェラールが中心となって制裁を加え、制圧を進める。女性には清風クリーンの魔法をかけ、部屋には治癒円陣リカバリーサークルを施しておく。戦闘に連れて行く訳にはいかないので、一先ずは部屋に隠れてもらい、クロトの分身体が護衛する形をとった。


「お兄ちゃん、ありがとう……」


 救出した幼い少女からお礼を言われる。衰弱し、意識は朦朧としていると言うのに、精一杯の微笑みを浮かべてくれた。この少女は拷問を受けた形跡のある女の子の内の一人だ。肉体の怪我は俺の魔法で直ぐに完治させることができるが、精神面の回復は時間がかかる。英雄ともてはやされ、支持された冒険者と言えど、とてもじゃないが許される行為ではない。


「ここが最後の部屋だな」


 気配は3人、あれから冒険者と思われる幹部とは遭遇しなかったし、元凶となる英雄様はこの中だろう。さて、きついお仕置きをしなければならないな。

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