第48話 黒風
「ああ? カルナの部隊が戻ってこないだと?」
「へ、へい! 定時連絡の時間になっても、誰一人として現れないんです! 緊急時の狼煙を使っても反応がありませんでした! お頭、これはカルナの姉御に何かあったのかと……」
これから捕らえた奴隷とお楽しみの時間だってのに、手下の一人が面倒な報告を寄越しやがった。盗賊の頭は冒険者に比べ楽でいいが、一々指示を飛ばさなきゃならねぇのが厄介だな。こいつらを勝手に行動させると足が付いちまう。
「カルナの隊は奴隷狩りの実行部隊だったか…… なら、随伴の隊も一緒だっただろう? そいつらはどうした?」
「魔法支援部隊が随伴していたはずなんですが…… そちらからも連絡がありません」
「ちっ、何だってんだ……」
冒険者ギルドが黒風の存在に気付いたか? いや、今のところは尻尾は出していないはずだ。カルナを除けば、他の幹部は全員無事に戻ってきている。念の為、高位の冒険者がいる場所を避けて、パーズ周辺を主として行動させてきたんだ。カルナの本隊だって、支援部隊が合わされば10人を超える高レベルパーティとなる。こいつらを倒せるような冒険者は、あそこにはいなかったはずだが…… 欲をかいて他の地域にまで手を伸ばしたか?
「仕方ねぇ、カルナの担当地域を捜索させる」
このアジトに今いる幹部は、パーティの仲間である俺と同じA級冒険者のプリスラ、ホープ、アドの3人。そして元々黒風の幹部であった奴らが4人か。カルナに何かあったってんなら、同じようなレベルの幹部に任せるのはねぇな。ホープ辺りが適任か。
「ホープを呼べ! 大至急だ!」
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「ハァ~、何だって僕が尻拭いをしに行かなきゃならないんだよ……」
幼い面影を残した小柄な男が、部屋からトボトボと退出する。先ほどこの部屋でカルナ捜索の任務を頭から与えられたところだ。だが、その顔には覇気がない。
「クリストフも案外肝の小さい奴だからな~。代わりの効く幹部なんて放っておいても構わないじゃないか。僕は趣味で忙しいっていうのに」
「ホープの兄貴、また攫った女を拷問していたんですかい? 折角の商品なんですし、頭にどやされますぜ」
部下の男が心配そうに問うが、当のホープはケラケラと笑い出す。
「君には分からないかな~。女の子の悲鳴ほど、この世に心地良い音楽はないんだよ? お金じゃ買えない価値があるんだよ~」
「は、はぁ…… 兄貴の趣味はさて置き、アジトのエントランスに捜索隊を待たせていやす。レベルは30を超えた戦闘員を10人ほど集めやした」
「おお~、クリストフにしては大胆に出たね! このアジトの最高戦力じゃない?」
「それだけ頭が本気だってことでしょうや。兄貴も出ることですし、相手が可哀想なくらいですぜ」
かく言うこの部下もレベル34の猛者である。次期幹部として期待され、ホープの右腕として登用されているのだ。
ホープとその部下は笑いながら通路を進む。あの曲がり角を越えれば、アジトのエントランスに到着する。そこには黒風の精鋭達が集まり、今か今かと出撃の時を待ちわびているはずだ。
「可愛い子がいればいいな~」
「カルナの姉御を倒したかもしれない相手なんですぜ? それはない――― あら?」
エントランスを見た部下が急に立ち止まった。ピンク色の妄想に浸るホープはそれに気付かず、少し先を進んでいた部下の背中と衝突してしまう。
「いったー! どうしたのさ、急に立ち止まって!」
「あ、すいやせん兄貴。エントランスに誰もいないもんで…… おっかしいなー、確かに召集はかけたはずなのに……」
「もう、しっかりしてよね。僕の灰色の脳細胞に何かあったら大変―――!」
大人10人がそのまま入るような、そこそこの広さを誇るエントランスに部下を追い越して立ち入った瞬間、魔力察知スキルを持つホープは異変に気付いてしまう。エントランスと通路の境界線に、微弱な魔力が施されていることに。このエントランスに、何か魔法が仕掛けられている。
「気をつけて! 誰かいるよ!」
ホープはすぐさまに警戒を呼びかける。しかし、その声に反応する者はいなかった。
「ねえ! 聞いてる、の……」
応じる答えがないことに苛立ち、たまらずに振り返るホープ。だが、そこにあるのは部下の姿ではなく、血に染まった大剣を携えた漆黒の騎士であった。騎士の足元に広がるは、無残に斬り殺された部下の亡骸から流れ出る赤い液体。
(な…… いつの間に僕の背後に!?)
すぐさま愛剣を抜く。ホープは察知系スキルに優れ、自らに降り懸かる危険、そして周囲の変化に対して人一倍敏感だと自負している。それはA級冒険者であるクリストフのパーティ内でも同様であり、今回の件をクリストフがホープに任せたのもその為だ。そんなホープが自分のすぐ背後を歩む部下が殺されたことを全く知覚できなかった。彼にとって、これは有り得ない異常事態であった。
「悪いな。私用で急いでいたんだ。まあ、これは君達の常套手段だ。卑怯とは言うまいね?」
背後から男の声が聞こえた。しかし、ホープは再び後ろを振り向くことができない。それがどんなに危険なことだと分かっていたとしても、眼前の騎士から目を離すことはできなかった。彼の危険察知スキルが、この黒騎士からガンガンと警報を鳴らし続けているのだ。
(やばいやばいやばいやばい!
気配察知スキルで可能な限り状況を飲み込む。さっきの声の主と思われる男がアジトの出入口を塞ぐように構え、その更に斜め前方にはただらなぬ闘気を放つ者の気配。そして、エントランスの死角に、自らが率いるはずだった精鋭達の死体の山を感じ取ってしまう。
「さて、状況は理解できたかな? レベルから察するに、君は黒風の幹部だね? 顔を仮面で隠しているってことは、トライセンの英雄さんの一人かな? いやはや、出口を張っていればそのうちボスも出てくるだろうと思って待っていたんだけど、現れるのは下っ端ばかりでね。持ってる情報も大したことないものばかりで退屈していたんだよ」
欲しかった玩具を手に入れた子供のように、男は高揚した様子で話し続ける。ホープは黙ってそれを聞き入れることしかできない。
(レベルから察するにってことは、鑑定眼持ち? レベル62の僕のステータスを見てたじろがないことを考えると…… S級冒険者!? それに、何で僕の素性もばれているの!? 称号も関係ないやつなのに!)
脳をフル回転させ、活路を見出そうとするホープ。しかし、一向に良い考えは思い浮かばない。逆に混乱が増す一方だ。
「それで、どうする? 戦うって言うんなら喜んで相手になろう。君の知る限りの情報を渡すのなら―――」
「頭、侵入者だよっ! たぶんS級冒険者で、素性もばれてる!」
「……へぇ、腐ってもA級か」
ホープが起こした行動、それは命懸けの情報伝達。当然、これに黒騎士は動く。軽剣士であるホープの細剣と、黒騎士の大剣が交差する。勝負は一瞬、ホープの剣が黒騎士に届くことはなく、黒騎士は巨大な大剣からは考えられぬ剣速で、細剣ごとホープは斬り落とされる。彼が最期に聞いたのは、女の悲鳴ではなく、自らの断末魔であった。
「残念だが、このエントランスには
男の無慈悲な宣告も、彼の耳にはもう届かなかった。
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