第47話 誘導

 騎士を数名引き連れ、刀哉達はデラミスとトラージの国境付近に来ていた。道中、勇者達が白馬に跨るその姿に、男女問わず振り返る者が続出、クリフからは「目立って敵わんな」と冗談を言われるほどであった。緊急措置として、現在はフードを深く被っている。


「すまないがトウヤ、俺が送れるのはここまでだ。ここから先はトラージ領、友好国とは言え、無許可に騎士が立ち入ることは許されない」


 神聖騎士団の団長であるクリフは、当然ながら各国の有力者に顔を知られている。通常であれば前以ってトラージへ許可申請を執り行い、勇者一行と行動を共にできれば良かったのだが、今回は秘密裏の渡航。そこまでの事前準備はできなかった。


「いえ、国境線まで送って頂いただけでも十分です。俺たちの力で何とかして見せますよ」


 刀哉は持ち前の爽やかスマイルでクリフを労う。刀哉は自信に満ちているが、同じ仲間である奈々はそうではないようだ。


「デラミスを私達だけで出るの、初めてだよね? 大丈夫かな……」


 この1年、活動の中心はデラミス国内であった。神聖騎士団を伴っての他国への行軍もありはしたが、勇者パーティのみでの単独行動は今回が初となる。奈々にとっては、初めてダンジョンに赴く時のような心境なのだ。


「巫女様の前ではあのように言ったが、お前達は劇的に成長した。実を言うとな、勇者とは言えこんなに早く成長するとは俺も思っていなかった。レベルにおいては、各国のトップとも渡り合えると考えてもいいくらいだ」

「……でも、団長には全戦全敗」


 雅が無表情に、だが若干拗ねるように話す。模擬戦において、自身の魔法が最後までクリフに届かなかったことに不満があるようだ。


「ハハハ! これでも俺はデラミス最強の騎士だぞ? 強くなったと言えど、そう簡単には負けてやらんさ!」

「ふふ、次の訓練では負けませんよ」


 クリフなりの激励を受け、凛然とした振る舞いの刹那だが、クリフとの間に実力差がまだまだあることに気付いていた。ちなみにクリフのレベルは84。獣国ガウンの獣王等と言った世界最高峰クラスの者も、似たレベル帯だと刹那は考察している。対して、刹那達のレベルはようやく60に差し掛かろうとしているところ。デラミス管理下のダンジョン深部で猛特訓に次ぐ猛特訓を行い、この短期間にまた急成長をしたのだが、お世辞にも各国のトップと渡り合えるとは思えない。


(この旅で、何か掴まなきゃ…… たぶん、女神様の神託はその為のもの)


 刹那の視線の先にはトラージの領土。そして、その海の先にあるリゼア帝国。刹那は幼馴染と親友を護る決意を新たにする。


 それからは、少々の雑談とこれからの旅においての話をし、クリフ達騎士団と別れ、トラージに向けて白馬を走らせた。始まってしまった初めての旅、まずはトラージ領の港に停泊するデラミス船を目指す。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 乗っていた白馬をいったん馬屋に預け、4人は改めて辺りを見渡す。デラミスとはまた違った風景がそこにはあり、日本という島国で生まれ育った勇者達にとって、それは何か懐かしく感じるものだった。


「トラージって、ちょっと日本と似ているかも。ねえ、少し街を見て回らない?」

「奈々、観光をしに来たんじゃないわよ。トラージ王に謁見したら、コレットが手配している船で西大陸に向かうわ」


 刹那が奈々を凛と嗜めるが、興奮を隠し切れないのは奈々だけではない。


「いいじゃないか。寄り道して情報を仕入れるのも、旅の醍醐味だよ」

「決行。地元の料理食い倒れの旅」


 これまた好奇心豊かな刀哉と、食欲に溺れている雅は親指を立て、グッジョブ! っとポージングを決めている。刹那はそれを見るなりハァと大きく溜息を漏らす。これはまたトラブルに巻き込まれるな、と早くも疲弊気味だ。


「刹那ちゃん、たまには息抜きも大切だよ。ほら、また眉間にしわ寄せてる」


 奈々が刹那の前で背伸びをし、顔を覗かせながら追い討ちをかける。


「そ、そう、ね…… 最近、根を詰め過ぎていたかもしれないし……」


 最終的には刀哉達の我侭に刹那が折れてしまい、ちょっとした観光をすることになってしまった。刹那が譲歩するのはいつものことであり、実の所、彼女はかなり甘っちょろいのである。


 観光をし始めて小一時間が経った頃、勇者達は冒険者ギルドの前を通りかかる。ふと刀哉が顔を上げ、ギルドに看板に目をやった。


「そう言えば、冒険者ギルドって色々な依頼があるんだってな」

「へ~、それじゃあ、神埼君の力を必要とする人助けもあるかも――― んぐっ!」


 何気なく言った奈々の一言。瞬間的に反応したのは刹那であった。敏捷ステータスを最大まで活かし、大急ぎで奈々の口を塞ぐ。


「んん~!(何するの~!)」

「(刀哉の前で人助けってワードを出したら駄目よ! そんなこと言ったら……)」


 刹那はチラリと刀哉の方を向く。


「人助け…… 俺の力を必要としている……!」


 ああ、スイッチが入っている。これは手遅れだ。キラキラと瞳を輝かせる刀哉を見て、刹那は完全に諦めた。


「みんな! ここに俺達の、勇者の力を必要としている人達がきっといるはずだ! そんな人々を残して海を渡るなんてことができるだろうか…… いや、できない! ひとつだけでいいんだ、人々の平穏を守ろうぜ!」

「神埼君……!」


 刀哉が熱く語り出し、奈々が熱い視線を刀哉に送る。両手一杯の食べ物を口に運びながら、それを楽しそうに眺める雅。人助けモードに入った刀哉を止めることは長年の付き合いの刹那にもできない。奈々に限っては刀哉に思いを寄せている為、嬉々としてその手助けをするだろう。雅は何を考えているか分からない。こうなってしまっては、刀哉が満足するまで好きにさせるしかないのだ。


(これは観光どころの時間じゃ済まないかな……)


 刹那は本日何度目かの溜息をついた。


 一方で、ギルドの物陰から覗き見する者がいた。ミストとギルド職員である。


「ギルド長、これ、何もしなくても勇者様からこちらに来るんじゃ……」

「予定では、一芝居打って誘導するはずだったんですけど…… 受付に連絡、予定を変更してここに直接通してください」


 ケルヴィン発案のギルド職員による勇者誘導寸劇は、こうして陽の目を見ずにその役割を終えたのであった。


(それにしても、この芝居用の服、凄い出来ね…… あのメイドさんが一息に縫い上げたけど、細部にまで意匠をこらしているし、演劇スキルの上昇効果まである。結局は無駄になってしまったけど、このランクの装備を軽々と作り出してしまうなんて……)


 ―――コンコン。


(あら、来たみたいね)


 ミストは衣装をしまい、来訪者の応対に取り掛かる。手順は変わってしまったが、ここからがミストの仕事なのだ。

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