第46話 神託
神埼刀哉率いる異世界の勇者達は神皇国デラミスを出発し、長い期間を経て水国トラージへ到着した。なぜトラージへやって来たのか? それを説明するには、転生神メルフィーナが巫女コレットに授けた神託について語らねばなるまい。場面はデラミス大聖堂、神託が下った直後の話だ。
―――デラミス大聖堂
刀哉と刹那が大聖堂の扉前に辿り着くと同時に水岡奈々、黒宮雅と鉢合わせになった。
「神埼君! 一体何が起こったの!?」
若干混乱気味の奈々。刀哉達と同じ高校、同じクラスに通う同級生。背が低く幼い顔立ちをしているが、それとは反対に胸が大きく、一部の男子に異常な人気を誇る。本人は小中学生によく間違えられるこの容姿にコンプレックスを抱いているのだが、その容姿と穏やかな性格から繰り出されるほんわか空間は周囲に癒しを与える。
「大聖堂から光が見えた。花火?」
奈々とは真逆に冷静そのものである雅。召喚前日に刀哉のクラスに転校してきた帰国子女。天才的頭脳を持ち、常識では図れない言動を放つ不思議系美少女である。日本とロシアのクォーターである為か綺麗な銀髪であり、登校初日からファンクラブができるという伝説を築き上げてしまう。
この二人も刀哉、刹那と同じく現代から異世界召喚された勇者なのである。
「俺にもさっぱりだ。ただ、大聖堂の中にコレットがいる」
「ええ!? は、早く無事か確認しないと!」
「ああ! 扉を開けて一斉に突入するぞ、準備はいいか!? せーの……」
―――バン!
「コレット、大丈夫か!?」
刀哉が叫んだ先には銀髪の少女が祭壇に向かって立っていた。物が壊されたり、何かがあった様子はない。先ほど強烈な光が放たれたことが嘘だったように、大聖堂はしんと静まり返っている。4人の勇者が周囲を警戒する中、コレットは機敏に振り返り、高らかに宣言。
「神託が下りました!」
その声に刹那が反応する。
「神託って…… 女神様がここに来たの!? 何を話したの!?」
この世界にいきなり召喚されて以来の女神との接触。もしや、元の世界に帰してくれるかもしれない。そんな淡い期待を寄せながら、刹那はコレットの次の言葉をジッと待つ。やがてコレットは口をゆっくりと開け……
「メルフィーナ様のご助力の元、勇者様の召喚に成功して早1年。以来御神託を頂戴することはありませんでしたが、遂に! 遂に新たな神託を頂きました! ああ、メルフィーナ様の御姿は正に花顔柳腰! 勇者様のご成長振りに喜んでくださったあの微笑みは一笑千金、いえ万金! 私の儚い半生に2度も現れて下さる優しさと愛に、コレットは溺れてしまいます……!」
「「「………」」」
彼女はあまりの嬉しさに頭がトリップしていた。大国デラミスのナンバー2の痴態、滅多に見られるものではない。否、見せたら彼女の沽券に関わる。
「か、神埼君、コレットさんはちょっと疲れてるみたい。私達、部屋に連れて行くから、先に戻ってくれるかな?」
「あ、ああ。俺が背負って行こうか?」
「駄目。そうやってコレットに触ろうとする。刀哉のラッキースケベ」
「なっ! まだ根に持っているのか雅…… あれはわざとじゃないと……」
「み、雅ちゃん!? 神埼君と何かあったの!?」
「はいはい。漫才はそこまでにして」
刹那は現状に頭を抱えながら、この場を治めようとする。トラブルメーカーの刀哉の幼馴染である彼女は、このような面倒事を幼い頃から嫌と言うほど味わっている為、自然とこういった役回りとなるのだ。他の3人は放って置けば延々とこの調子なので、まあ仕方ないかなと思うところなのだが、刹那は胃が痛い毎日なのである。
「この騒ぎで騎士団の人達がそろそろ来ると思うから、刀哉はそっちの対応をして。奈々と雅は私と一緒にコレットをさっさと運ぶ! さ、行動開始!」
「「りょ、了解!」」
「アイアイサ~」
大聖堂を飛び出す刀哉。それに続いて、刹那達はコレットを運び出して行った。
「美し過ぎます、美し過ぎますよ~メルフィーナ様ぁ~」
その夜、コレットの寝室には立入禁止令が敷かれた。
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―――翌日・コレットの執務室
コンコンッ。
「……どうぞ」
「巫女様、失礼致します」
書類を書き留めていたコレットはその手を止め、扉に目をやる。部屋に入ってきたのはデラミスが誇る神聖騎士団の団長であるクリフ。神皇国デラミス最強の戦力であり、勇者の教育係を任されている。刀哉達が4人がかりで戦っても未だに勝つことのできない実力者だ。刀哉達もクリフに続いて部屋へ入る。
「神聖騎士団、団長クリフ。ただ今参上致しました!」
「ご苦労様。本日、勇者様とクリフ団長をお呼びしたのは、他でもない報告があるからです。メルフィーナ様より神託が下りました」
昨日とはえらく違うテンションから言い放たれる衝撃の言葉。しかし、その衝撃以上の痴態を昨夜見てしまった刀哉達は微妙な表情だ。これは素直に驚けばいいのだろうか? とお互いに目配せしている有様だ。雅に関しては少し噴き出しそうになりながらプルプル震えている。そんな事情を知らないクリフだけが驚愕する。
「それは本当ですか!? 巫女様、お祝い申し上げます。早速、教皇様にもご報告しなくては!」
「お待ちなさい。お父様…… 教皇には既に伝えてあります」
「おっと、そうでありましたか」
「それでコレット、女神様は何と?」
刹那は昨夜のことを極力考えないようにしながら、神託を中身を問う。
「……西大陸の帝国より邪悪な気配。勇者の歩む道筋そこにあり。決してパーズには近づくなかれ」
「な、なんと……」
クリフが更に驚く。
「クリフ団長、西大陸の帝国ってまさか……」
「ああ、我が国と長年休戦状態にあるリゼア帝国のことだ」
デラミスとリゼアは現在休戦状態ではあるが、戦時の緊張は今もなお続いている。一度掘られた国同士の深い溝はそうそう埋まるものではないのだ。
「
「それも可能だが、警戒が厳重な上に幾重にも関所がある。トライセンと並んで軍国主義の国だ。デラミスの勇者だと知られれば、何をされるか分かったもんじゃない。身分を保証される行商人でもない限りはお勧めできんな」
「で、でも、女神様の神託通りだと、その帝国に魔王がいるかもしれないんだよね? 本当に行くの?」
奈々の一言に、皆沈黙してしまう。いくら訓練をし、この1年経験を積んだとはいえ、その本質は平和な世で暮らしてきた高校生。魔王と戦う覚悟はしてきたつもりだが、いざ戦場に赴くとなると心は揺らぐものだ。
「巫女様、私はまだ早過ぎると思います。まだ刀哉達は魔王を相手するには心身共に力不足です。それに他国の地であれば、デラミスの騎士である私は迂闊に踏み込めません」
「私も理解しています。しかし、これはメルフィーナ様からの神託、何か意味があるのです」
コレットは目を瞑り、深く考える。沈黙が部屋を支配し、時々に窓から穏やかな風が入り込む。やがて、瞼を上げたコレットは呟いた。
「トラージから、船を出しましょう」
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