第45話 トライセンの英雄
「トラージにいるのなら、すぐにでも手配を……」
エフィルが言い終える前に、ミストさんは首を横に振った。
「事情がありまして、そう簡単にはいかないのです」
「どういうことですか?」
ミストさんは徐に立ち上がり、部屋の棚から1冊の本を取り出す。そしてパラパラとページをめくっていく。
「黒風が討伐されたのは今からちょうど1年前、これはその時のとある報道機関の記事です」
テーブルの上に開かれた本が置かれた。本を手に取り、俺達3人はそのページに目をやる。そこには記事の切り取りがいくつか貼ってあった。所謂スクラップブックだろうか。
「この記事を御覧ください」
「どれ、失礼……」
――――――A級冒険者クリストフ一行、盗賊団『黒風』を撃滅!―――――――
本日、我が栄光あるトライセン王、ゼル様より大変喜ばしい発表がなされました。近年、世を騒がせていた大盗賊団『黒風』が、トライセン出身のA級冒険者であるクリストフ氏率いるパーティに打ち倒されたとのことです。黒風は各国で殺人・強盗を行い、国際的に指名手配されていましたが、その所在を掴んだ者はいません。各団員の能力が高く、騎士団も迂闊に手を出すことの出来ない、『姿なき盗賊団』とも呼ばれるほど。我がトライセン領下のとある村に、先日被害があったことは皆様の記憶に新しいことでしょう。そんな現状に立ち上がったのはクリストフ氏。独自の調査の下、黒風頭領の居場所を探し出し、その首を取ることに見事成功されたのです。ゼル様はこの偉業を称え、クリストフ氏にトライセン栄誉勲章を贈る事を決定されました。これでクリストフ氏は名実共にトライセンの英雄となった訳です。偉大なる新たな英雄のこれからの活躍にも要注目です。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……なるほど」
「あなた方が探している冒険者はクリストフのことでしょう。記事の通り、現在はトライセンの英雄として祭上げられています。不用意に手を出すとトラージ、トライセン間の国際問題に発展する危険性があるのです」
冒険者ギルドとしても扱い辛い人物ってことか。それにしてもトライセン、本当に迷惑な国である。少なくとも俺にとっては。
「でも、これだけ証拠が揃っているのよ? どこの国の英雄だか知らないけど、泣き寝入りしろってこと!?」
「それは……」
「セラ、落ち着け。ミストさんが言いたいのは準備が必要ってことだよ」
いきり立ったセラを治めるが、準備に時間がかかるのも確かなことだ。国家間の問題が絡むこの案件、解決するには相当な期間が必要だろう。何か、こちらの正当性を示す絶対的なものがあれば―――
「―――ん?」
今、何か……
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
「いや、何でもないんだ。話を続けましょう」
これ、何でもない訳ないよな。ってか、この反応は―――
『セラ』
『え、こっちで会話? 秘密の話?』
配下の者だけ参加できる配下ネットワークでの高速会話に切り替える。
『お前の気配察知スキルに4人組の大物が引っ掛かってないか?』
『ええと…… 街の入り口にそれなりに大きな気配を感じるわね。この分だとレベル50前後ってとこかしら』
『やっぱりか……』
偶然ってのはあるもんだな。だとすれば、俺は運がいい。
『その4人組というのが何か関係あるのかの?』
『いまいち状況が飲み込めないのですが……』
俺は配下ネットワーク上にあるステータスを表示させる。
『おそらく、この4人組は勇者だ』
『『『―――!』』』
以前、メルフィーナがデラミスに赴き、巫女に神託を授けた際に受け取った記録の宝珠。A級アイテムであるこのオーブは、あらゆる情報を保存する。オーブ自体は巫女に返したのだが、配下ネットワークに上げられた勇者のステータスは今も残っている。驚くことに、そのステータスからは勇者の気配を読み取ることができたのだ。当然、俺はこの4人の気配にマーカーをしていた。
『どうやら、今さっきこの街に入ってきたようだな』
周囲に騎士の反応はない。4人だけでトラージに来たのだろうか。
『姫様が言っていたあ奴等か……』
『勇者……』
別人とは言え、過去の勇者に実の父を殺されたセラにとっては複雑な気持ちだろう。
『セラ、分かっていると思うが、この勇者は別人だぞ』
『……頭では理解してる』
だが、心の整理はまだつきそうにない。様子を見ながらフォローする必要がありそうだ。
『ならいい。今回はこの勇者達にも一働きしてもらおうと思う』
『確かに、勇者であれば知名度、人気と共にクリストフを軽く上回りますね。証拠もあり、ギルドとデラミスの後ろ盾があれば、トライセンも文句は言えないでしょう』
『勇者と黒風一派をぶつける気か』
『それだと俺が戦えないだろ』
『『『………』』』
『一気に黙るなよ!』
勿論、それだけが理由ではない。勇者達の実力はA級冒険者の精々中位~上位なのだ。クリストフとそのパーティ、そして黒風を相手にして勝てる保障があるとは言い切れない。こんなところで死なせてしまったらメルフィーナに何と言われることか……
『ハァ…… 気を取り直して、作戦を発表します』
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「ミストさん、私から提案があります」
「提案、ですか?」
作戦会議を終え、いよいよ準備に移る。この作戦にはミストさんの協力が必須となる。作戦が成功すればトラージに恩を売ることも可能だろう。そうすれば、米が手に入る可能性も高くなる。俺は何としてでも米を手に入れるのだ!
『ご主人様、調理はお任せください! 必ずやレシピを再現してみせます!』
『王の故郷の幻の食材…… ワシも実体化して食すのを頑張るぞ!』
『たまに貴方達、急にボケを挟んでくるわね』
絶対の決意の下、俺達は行動を開始した。
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