第44話 水国トラージ

 我々一行は旅を再開し、遂にトラージへと辿り着いた。水国と呼ばれるだけあって、海に面した街作りであり、大きな木造船が港にいくつも停泊している。仄かに建物が和風に感じられるのは、この街を立ち上げた始祖であるトラージが異世界転生者であったからだろう。街を歩く人々の服も着物を模したようで何だか懐かしい。ひょっとしたら本名は虎次だったのかもしれないな。


「わあ、一面水ばっかり! これが海なのね!」

「綺麗です……」


 広大な海を初めて目にした二人は胸を躍らせる。俺もこんな真っ青で綺麗な海を見るのは初めてだ。このレベルとなると、雑誌やテレビで掲載されるような外国の観光地でしかお目にかかれないからな。


「皆さんはトラージに来るのは初めてですかい? あっしも最初は驚いたもんでさ」

「ええ、本当に素晴らしい」


 馬車の積荷さえなければ、すぐにでも海水浴に洒落込みたいところなのだが、そうもいかない。旅路の途中で捕らえた盗賊団『黒風』の2名をギルドに連れていかなければならないのだ。あの後、女盗賊とその子分の両人に尋問を行った結果、セラの儚い夢ヒュプノーシスにより情報を引き出せた。今は二人とも馬車の中でぐっすり眠っている。


 引き出せた情報はこうだ。まず第一に、黒風は復活していた。いや、壊滅したふりをしていたと言えば正しいか。黒風を倒したとされていたA級冒険者パーティが、盗賊の頭に成り代わっていたのだ。黒風のリーダーであった男は確かにこの冒険者達に破れ、その首をギルドに差し出されたことで世間的に黒風は解体したと公表されていた。しかし、その際の戦闘で失った団員を除き、実際は大部分の黒風メンバーが生き残っていた。その生き残りを影で操り、今回俺達を襲わせた黒幕がそのA級冒険者と言う訳だ。残念ながら名前までは聞き出せなかった。配下となった黒風にも身分は明かしていないようだ。本拠地もその時々で場所を変え、これといって定めていない。とは言え、A級冒険者なんて早々いないから、すぐ判明しそうなもんだが。その辺りはギルドで確認しよう。


 第二に、現黒風は主な活動として人攫いをしていることが判明した。エフィルとセラを狙っていたのも、この一環だと思われる。女盗賊カルナ等、黒風幹部を筆頭に実行部隊とし、各所で同じような所業を行っているようだ。また黒風自体が高レベルの集団な為、一般の冒険者の護衛では太刀打ちできず、証拠隠滅を入念にすることでギルドや周辺諸国にその存在を知られることを防いでいた。人攫いは冒険者をも対象とし、奴隷として売られる。これらは新たな頭となったA級冒険者の指示だと言う。


「ねえ、早くこいつらを引き渡しましょうよ。もっと近くで海をみたいわ。あと釣りしたい!」


 おっと、セラが待ちきれずに急かしてきた。エフィルは黙ってはいるが、珍しくそわそわしている。内心はセラと同じ気持ちなのだろう。


「そうだな。早速ギルドに向かおうか」

「それでは案内致しやしょう。こっちです」


 おっちゃんの案内を頼りに、トラージの冒険者ギルドに向け歩き出した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――トラージ冒険者ギルド・受付カウンター


「く、黒風!? それは確かな情報なんですか!?」

「あっしが保障致しやす。馬車を襲われたところを、こちらの冒険者様が助けてくださいやした」


 ギルドの受付にて黒風を引き渡し、これまでの経緯の説明を行う。御者のおっちゃんも同席してくれたお蔭で滞りなく進めれそうだ。


「ええと、パーズ支部出身の方ですね。失礼ですが、ギルド証を拝見してもよろしいですか?」


 俺は金色に輝くギルド証を提示する。ギルド証は冒険者ランクによって色分けされる。F級なら青、E級は赤と言った感じだ。そこからランクが上がるに連れ緑、銅、銀、金と変わっていく。A級の俺は金となる訳だ。


「え、A級冒険者の方でしたか!? 大変失礼致しました!」

「強い強いとは思っていやしたが、A級の冒険者様だったとは……」

「そうよ、だから相応の対応をしなさいよね」


 セラよ、なんでお前が自慢げなんだ。


「いえ、別に気にしなくていいですよ。それよりも―――」


 尋問により得た黒風の情報を伝える。冒険者ギルドは各国に支部を置いているのだ。ここで伝えた情報はすぐさま各所に伝達されるだろう。これで少しでも人攫いを阻止できればいいのだが……


「旧黒風を討伐した冒険者の所在は分からないのでしょうか? おそらくはその方が主犯でしょう」


 エフィルが問う。


「申し訳ありません。この件は私では判断できませんので、上の者を呼んで参ります。こちらの来客室へどうぞ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 受付に連れられた俺達は部屋に通される。待つこと数分……


 ―――ガチャ。


 扉を開けたのは妙齢の女性だった。俺が椅子から腰を上げると、セラも慌てて立ち上がる。エフィルは既に俺の後ろに控えている。


「初めまして。トラージ国ギルド支部、ギルド長のミストです」

「初めまして。冒険者のケルヴィンです」


 握手を交わし、ミストと名乗るこの女性とテーブル越しに対面する。


「リオから話は伺ってますよ。ふふ、最近の彼の話はあなた方のことばかりです。リオがここまで入れ込むなんて、とても珍しいことですよ」


 リオとミストさんは交流を持っているのか。


「リオギルド長には色々とお世話になっています。それにしても意外ですね。私の前ではそんな素振りは見せないのですが」

「彼は偏屈なところがありますから。表には出しませんが、実はかなり評価していると思いますよ」

「だといいのですが」


 にしても、あのリオが俺のことをね。罠に嵌められた思い出も多いので複雑な気持ちだ。


「リオには振り回されることも多いでしょう? あの人、昔からそうなんですよ」

「お二人はいつからお付き合いが?」

「もう20年も前になりますけど、私とリオは同じパーティの冒険者だったんです。リオなんて『解析者』なんて二つ名で呼ばれてましたっけ。よく他人のステータスを覗き見してたからなんですけどね」

「ははは、私も見られた口ですよ」


 談笑はそこそこに続き、いよいよ本題に入る。


「それで、黒風の話になるのですが……」

「ええ、ケルヴィンさんが入手された情報は受付の者から聞いております。A級冒険者からの情報提供、実行犯の捕縛、更には証言者であるそちらのルドさんも、御者としてその道の名手。ギルドとしても度々お世話になっています。信憑性は高いと判断し、各所のギルド支部に伝達の手筈を致しました」


 おっちゃん改め、ルドさんも実は名の知れる人だったのか。「大したことはしてないんですがねぇ」とルドさんが照れながら頭を擦る。ミストさんの仕事も早い。


「それと、黒風討伐を行った冒険者とそのパーティについてですが……」


 ミストさんが一呼吸置く。


「現在、このトラージ国内に滞在しています」

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