第42話 セラの実力
一体、これは何の冗談なんだ?
あたしの前に広がる光景は、圧倒的強者による蹂躙。つい先ほどまで、恰好の獲物としか見ていなった一人のふざけたいでたちの女が、あたしの部下達をぶちのめしている。
最初に殺られたのはエンスだった。馬車の前にいた筈のあの女は、一瞬にして駆け出していたエンスの目の前に現れ、エンスの腹に一発食らわせた。その華奢な体からは考えられないほどの一撃。骨が折れ、内臓が潰れる嫌な音を耳にする。そのままエンスの体はあたしの眼前にまで吹き飛ばされ、それまで生きていた部下の死顔が届けられる。
「え?」
唖然としたのは部下も同じだったようだ。意気揚々と獲物に飛び掛った部下達の足が止まる。
「あら? かなり手加減したんだけど、これでも駄目だった?」
手加減した、だと……!?
あたしの部下は決して弱くない、むしろそこらの冒険者よりも腕は立つ方だ。全員がレベル25以上であり、連携すればパーズ随一の冒険者であるウルドのパーティにも引けを取らない。その部下を相手にして、手加減した何て言葉を出せるのは、A級、もしくはS級冒険者くらいなものなのだ。
「どうしたの? さっきまで楽しそうな顔してたじゃない。早く私と遊びましょうよ。えっと…… そよ風盗賊団だっけ?」
女のあたしでも見惚れてしまいそうになる美貌を妖しく笑わせ、女は誘い文句を口にする。完全に舐めている上に、団名をわざと間違えるオマケ付だ。
「て、てめぇ…… お前達、何時までも油断するんじゃないよ! 捕らえるのは変更だ、あの女は始末する!」
呆気にとられる部下を正気に戻し、攻撃の指示を飛ばす。今思えば、これがいけなかった。短気なあたしは売り言葉に買い言葉で返してしまった。エンスへの攻撃で実力差を悟り、散り散りに逃走すれば良かったのだ。そうすれば、あの女は見逃してくれたかもしれない。後方に隠れた部下達に合流できたかもしれない。だが、もう既に遅かった。
「そ……ね……」
女は後ろをチラリと見て、何かを言った。これを隙と見たドイルとポンドが再び駆ける。二人が装備するのは短剣。黒風内部でも俊敏さに定評のある二人による、不意打ちのコンビネーション攻撃が炸裂する。
「あら?」
女がドイル達に気が付いたときには、短剣が首と心臓を捉える寸前であった。
(仕留めた!)
内心二人はそう思っていたに違いない。あたしも同意見だったからだ。最も、次の瞬間を目にするまでは、なのだが。
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―――グシャ。
ポンドは利き腕に感覚がないことに違和感を感じた。いつもであれば、肉を抉る感触を次に感じ取れるはずなのだ。なのに、何も感じない。使い慣れたポイズンダガーの感触さえも……
「へ~、手入れの行き届いた良い短剣じゃない。ま、盗賊が持つにしては、だけど」
その声にふと上を見上げると、あの女が俺のポイズンダガーを軽く持ち上げ、品評しているところだった。どうしてこの女は生きている? 俺とドイルの攻撃で首と心臓を引き裂かれたはずだ!
だが、俺は気付いてしまった。コンビを組んでいたドイルの腕が折れ曲がり、首が有らぬ方向を向いていることに。そして、おそらくは自分も同じ状況にあることに。
(一体、何が起こったんだ……?)
ポンドの疑問に答える者はおらず、彼は意識を永遠の闇の中に沈めていった。
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ドイルとポンドが殺られた。どうやって? それはあたしには分からない。女を斬り殺したと確信したら、逆に二人が倒れこんだのだ。腕と首が潰されている。あの瞬間、二人同時に2回も攻撃を放ったということか。女の手には二人の短剣。こいつは自身が攻撃されたと思ってもいないのかもしれない。いつ短剣を奪い、いつ二人の腕を、首をへし曲げたのか…… 何1つ分からない。
だが、間をおかずに攻め込んだ者がいる。二人に続いたのは巨漢、ギルダ。鋼鉄製の大槌を片手で振り回す力自慢だ。巨漢でありながらドイルとポンドに付いて行く迅速さも併せ持っている有能な戦闘員である。
女が短剣に気を取られているところを強襲。大槌を力の限り真上から叩き込む。その一撃は鎧をも粉砕し、盾による防御も許さない。
「今度は力比べかしら?」
そんな威力を誇っていた大槌が受け止められてしまった。女の一本の細腕によって。
「いいわよ、付き合ってあげる」
汗の1つもかかずに、女は涼しげに言う。
「ぐううあああぁぁぁ!」
ギルダは咆哮を上げ、その引き締まった太腕に血管が浮出るほど力を込め、大槌を振り下ろそうとする。が、大槌はピクリとも動かない。
「馬鹿な…… ギルダの筋力は200を超えるんだぞ!?」
思わず声に出してしまう。
「そうなの? んー、200程度じゃこんなものか」
それが聞こえてしまったようで、女は興味をなくしたかのようにぼやく。
「そろそろ、私からもいくわね」
そう言うと同時に大槌に亀裂が生じる。ビシビシと音を立てて裂け目は拡大し、次の刹那、大槌は粉々に崩れ落ちていった。残るは右腕を前に上げた女と、破壊された大槌の残った柄を持つギルダの姿。そのギルダも、柄を手から落とし、巨体を沈ませてしまった。仰向けになったギルダの胸は大きく陥没している。
この出鱈目な展開を誰が予想できただろうか。瞬く間に部下が4人も殺された。この場に残ったのはあたしと、最後の部下であるユロのみ。
「お、お前、何者なんだ……!?」
「……えーと、パーズから来た冒険者よ?」
「何で疑問系なんだよ! ふざけやがって……」
こうなれば最後の手段だ。馬車ごと消し炭になってしまうかもしれないが、そうも言っていられる場合ではない。後方部隊に合図を送る。
「その余裕顔もこれまでだよっ!」
後ろに控える6人は全員が魔法使い。扱う魔法は最高の殲滅力を誇る赤魔法だ。これからC級赤魔法を嵐の如く降り注がせる。折角の上玉を失うのは惜しいが、こっちだって部下を死なせているのだ。仇は討たなければならない。
「やっちまいな!」
腕を振り下げ、総攻撃開始の号令を下す!
「……」
「……まだかしら?」
「あ、あれっ?」
おかしい。何度号令の指示を出しても魔法が放たれない。まさか、私を置いて逃げ出したか!?
「どうしたのかしらね? エフィルは知ってる?」
女は馬車にいる仲間に振り返る。そこには馬車の荷台に登ったメイドが、弓を構えて静かに佇んでいた。
「さあ、私は存じません」
メイドは弓をしまいながら、淡々と答えた。
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