第41話 旅路

 ―――ガラガラガラ。


 馬車の車輪音を耳にしながら、持ち寄った書物に目を通す。隣にはエフィルがちょこんと座り、懸命に文字を読み取ろうとしている。


「旦那、馬車の中で本なんて読んで、気持ち悪くなりませんかい?」

「旅には慣れてましてね。この程度の馬車の振動では何ともありませんよ」

「ほう~、冒険者の方は流石ですな」


 御者が声を掛けてくるが、俺もエフィルも文字を読んでいるくらいでは馬車酔いはしない。戦闘時等は更に激しく動いているからな。


「ご主人様、この箇所は?」

「さっきの読み方の応用だ」


 俺達は今、パーズから水国トラージへ馬車で向かっている。なぜトラージかと言うと、俺が猛烈に米に飢えているからだ。現代で日本を離れたことのない者には分からないかもしれないが、長期間海外の料理ばかり食べていると、ある日を境に白米ご飯が食べたくなるのだ。この世界に転生して数ヶ月、俺の限界は近い。前々からではあるが、米らしき食物があるとされるトラージには一度出向きたいと考えていた。ギルド長のリオの許可もなぜかすんなりと下りたので、これを期にトラージへ足を伸ばす算段だ。


 移動時間を無駄にしない為に、今はエフィルに文字を教えている。戦闘面、生活面と幅広く成長したエフィルであるが、字の読み書き等の学面についても勉強中だ。


「ケルヴィン! 川よ、川が流れているわ!」

「釣りでもしたいのか?」

「釣りって何?」

「……トラージに着いたらやってみようか」


 馬車の荷台から顔を出してセラは景色を楽しんでいる。先ほどから何を見てもキャーキャー大はしゃぎだ。


 米の探索とは別に、もう1つトラージへ向かう理由がある。ビクトールとの約束、セラに世界を見せる為だ。この世間知らずの箱入りお嬢様は釣りさえ知らず、何でもないこの風景をも楽しめている。この旅で学ぶことや感じることも多いだろう。


『セラは元気じゃのう』


 ジェラールは馬車での移動が苦手のようで、パーズ出発時に俺の魔力へ戻ってしまった。どうやら実体化すると腰に負担が掛かるらしい。鎧の中が霊体の状態であれば問題ないのだが、今は久方ぶりの生身を堪能しているようだ。


「そう言えばケルヴィン。ちょっと気になってたんだけど」

「何だ?」


 馬車が木々の生えた小道に入ったところで、セラがこちらに振り返る。


「さっきから隠れて私達を監視している奴らがいるわよ?」

「ああ、いるな」

「な、何ですか旦那。驚かさないでくださいよ……」


 御者が苦笑いを浮かべているが、俺の気配察知にも反応があるのだ。ある程度距離をとり、馬車を囲むように12人がマップ上に点在していた。中には高度な隠蔽スキルを使用している者もいる。


「嘘じゃないわよ。もう、気が散って集中できないわ!」


 セラは俺よりも幅広く察知系スキルを習得している。大方、親馬鹿魔王グスタフが護身として身に付けさせたのだろう。


「ま、まさか盗賊ですかい!?」

「どうでしょう。この辺りは盗賊が現れる噂もありますからね」

「だ、旦那、こんな状況でも読書ですかい…… そっちのメイドさんも大したたまだな……」


 盗賊が出たところで今更危惧するレベルでもないからな。強いて言えば、危機感が薄くなったのが問題ではあるか。俺とエフィルは勉強を再開するも、セラと同じくちょっと気になってきた。


「ね~ね~ケルヴィン~」

「分かったって。ほら、動き出したぞ」


 街道の脇から黒い外装を纏う6人が馬車の前に姿を現す。残りの6人は姿を隠したまま、後方に控えている。俺達を逃がす気はないらしいな。


「そこの馬車、止まりな!」


 聞こえてくるのは意外にも女の声。6人の手には各々武器が握られている。


「へへっ、姉御、極上の上玉が2人もいやすぜ!」

「どれどれ…… ほほう、これは高値で売れそうだね。頭も喜びそうだ」


 女とその子分らしき男共は俺達の、いや、エフィルとセラの品定めをしているようだ。例の王子の時もそうであったが、またこのパターンかよ。


「お、お前達、何者だ!? 冒険者が乗る馬車だと知っての狼藉か!」


 御者が声を荒げて叫ぶが、子分の5人は腹を抱えて笑い出した。


「ははは! 冒険者だって? 知ってるよ。お前等、パーズから来たんだろ。最高でもC級冒険者しかいない、あの最弱の冒険者ギルドからさ!」

「俺達は泣く子も黙る『黒風』だぜ? C級冒険者如きで怯むかってんだ」


 俺達をC級冒険者以下だと勘違いしているようだ。少なくともC級冒険者3人には勝てる自信があるのか。それにしても、かなり早い段階からこの馬車に目星を付けていたみたいだな。


「黒風だって!? 冒険者の手によって壊滅した盗賊団の筈では……!?」


 知っているのか、御者のおっちゃん。


「旦那、気をつけてくだせい。黒風は1年前に有名になった盗賊団でさ。C級冒険者でもなかなか手が出せない兵揃いと聞いていますぜ。だけど昔、A級冒険者のパーティに討伐されたとあっしは記憶しているんですがね……」

「……キナ臭いな」

「え? 何ですかい?」

「いえ、気にしないでください。それよりも、現状を打破しないといけませんね」


 さて、鑑定眼で6人のステータスは見た。どうするかな。


「けけけ、奴ら俺たちの名を聞いて震え上がっていますぜ?」

「姉御、売る前に俺達にも楽しませてくださいよ」

「お前達、お喋りはその辺にしときな。褒美が欲しけりゃ行動で示すんだね」


 相も変わらず下種な会話をする子分達をリーダー格らしき女が叱責する。


「あたしら黒風に狙われるなんて、あんたらも運がないね。ま、冒険者の端くれなら、少しでも抵抗してくれないと詰まらないよ? さあお前ら、積荷は奪え! 女は捕らえ! 男は殺しな!」


 前方から5人の子分が走り出した。後方の6人はまだ隠れたまま動かない。


「セラ、物足りないと思うが、あいつら相手してやってくれないか?」

「いいけど、殺っていいの?」

「世間的には壊滅したって体だから、賞金があるかどうかは分からないが…… 情報も欲しい。一応、あの女は生かして捕らえてくれ」

「了解よ。久しぶりの戦闘、腕が鳴るわね!」


 セラは両腕にはめた黒金の魔人アロンダイトを互いに打ちつけ、小気味良い金属音を鳴らしながら気合を入れる。が、ここで少々待ったを入れよう。


黒金の魔人アロンダイトの使用は禁止な。素手でやれ」

「ええ!? 何でよ!?」

「ただでさえ実力差があるんだ。そんな人間相手にそれ使ったら、かなりエグいことになるぞ……」

「むう、わかったわよ」


 出鼻を挫かれたセラは不満げだ。早く装備を試してみたいという気持ちは痛いほど分かるんだけどね。


「ハァ、やる気なくなったんだけど、仕方ないから私が相手してあげるわ」


 馬車の荷台から前に飛び降りたセラは気だるそうに言い放つ。


「ああ? 俺達と1人で戦おうってか!?」

「ひゃひゃ! ねーちゃん良い事しようぜ~!」


 盗賊達は眼前に現れた美女を標的に捉え、我先に手柄をと競合する。チームワークもへったくれもあったもんじゃないな。


「お断りよ」


 瞬きの間に盗賊の懐まで接近したセラから繰り出されたのはボディーブロー。食らった相手は先ほどから卑しい言葉を発していた盗賊だ。拳は深々と体に減り込み、バキバキと破壊音を鳴らす。それが人体内部を破壊していると容易に想像できるほどだ。盗賊はそのまま宙に浮き、数メートル先まで飛んでいった。あ、頭から落ちた。


「あら? かなり手加減したんだけど、これでも駄目だった?」


『即死じゃな』


 ここまで力量差があったか。盗賊達はセラの動きに全く付いていけてない。目で追えているかも怪しいくらいだ。


「え?」


 状況を飲み込めず、唖然とする盗賊。セラの不満そうだった顔は嘘のように晴れている。


「どうしたの? さっきまで楽しそうな顔してたじゃない。早く私と遊びましょうよ。えっと…… そよ風盗賊団だっけ?」


 ああ、ドSだこの娘。


「そっちの6人もね~」


 セラは隠れている盗賊に軽く目をやる。俺が場所を教えてやるまでもないようだ。


「ご主人様、この文法は違うのでは?」

「あ、間違ってた」


 俺はエフィルと勉学に勤しむとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る