第二章 勇者編

第40話 義体と新装備

 さて、祝宴が無事に閉幕し、3日が過ぎた。


 宴は深夜遅くまで続き、翌朝の俺は二日酔いで酷い状態であった。先輩後輩問わず、冒険者仲間が酒を注ぎに来るのだ。この宴の主役である俺が断る訳にもいかず、飲んでは注がれ、飲んでは注がれを延々と繰り返してしまった。うう、まさか異世界で二日酔いになるとは……


 一方、愉快な仲間達はと言うと―――


 エフィルの場合、この世界では15歳で成人となる為、法的には酒を飲むことができるのだが、どうも酒は苦手のようだった。終始ジュースを飲みながら、宴会中俺を気に掛けてくれていたそうだ。翌朝、宿酔の俺はエフィルの献身的な看病を受け、早い段階で回復することができた。


 ジェラールはガンガン酒を飲んでいた。量的には俺よりも飲んでいた筈なのだが、酒を持ち越すことも無く翌日も朝から飲んでいた。理不尽な話である。ウルドさんと気があったらしく、二人で昔話に花を咲かせ、互いの武勇伝を語るなどしていたな。パーズ屈指の冒険者であるウルドさんと悪魔討伐の一翼を担ったジェラールの会話だ。若い冒険者は食いつくように聞き入っていた。


 極めつけはセラだ。極度の甘え上戸、そして酷い下戸であった。宴が始まるや否や俺の所まですっ飛んで来て、「お酌してあげるわ!」と宣言。たどたどしくお酌してくれた…… までは良かった。どうも酒をこれまで飲んだ経験がなかったらしく、俺が美味そうに飲む酒に興味津々。「セラもどうだ?」とセラに酒を注いでしまう。セラは一口飲むと一瞬で顔を赤くし、その釣り目気味の真赤な瞳をトロンとさせ…… 後はご想像にお任せする。


 一番困ったのは意外にもメルフィーナだ。メルフィーナは宴に参加できなかった為か、若干拗ねている。お前、神様がそんなことで拗ねるなよ……


『拗ねていません。何時になったらあなた様が私を召喚できるようになるか、思案していただけです』


 そんなこと言ったってお前、MP最大値強化スキル『精力』にポイント振っても召喚できないんだよ? 俺のMP2000超えてるんだよ?


『……あ』


 どうしたよ。


『……神の職業持ちだと、必要魔力が数十倍に膨れ上がるのを忘失しておりました』


 よし、神辞めろ。いつまで経っても召喚できん。


『それも吝かではないのですが…… 仕方ありません』


 え、本当に辞めるのか?


『いえ、私の義体を使います』


 また凄いこと言い出したな。


『神が気紛れで下界に降りる事は珍しいことではないのですよ。その際は己の分身である義体に憑依し、神であることを偽るのです。勿論、本来の力は出せませんが…… それに容姿は変わりませんのでご安心ください。また一目惚れしても大丈夫ですよ』


 何が大丈夫なのか…… まあいい、それで召喚に使う消費MPが抑えられるのか。


『まだ分かりかねます。神を召喚術で召喚する事例がこれまでありませんでしたから。そうですね、その辺りの調整もする必要がありますか…… スキル周りを……』


 おい、メルフィーナ?


『あなた様、少々お暇を頂きます』


 え、また!?


『義体の再調整をして参ります。上手くいけば召喚が出来るかもしれません。善は急げです、では!』


 ―――といった感じで、またパーティを抜けてしまったのだ。今度は何時帰ってくるのだろうか…… 義体の調整とやらが早いところ終わるのを祈るばかりだ。



 メルフィーナの件はさて置き、ギルドの専用工房に俺達は今集まっている。ある議題についての打ち合わせを行う為だ。その議題とは―――


「えー、それでは新装備お披露目会を開催したいと思います」

「頑張りました」


 お披露目会と言う名の新装備受け渡しである。ビクトールとの戦いでレベルアップした俺とエフィルは、鍛冶スキルと裁縫スキルを遂にS級まで上げるまでに至った。これまでどう頑張ってもA級までの装備しか作り出すことができなかったが、これで最高ランクの装備を作成することが可能となったのだ。


「うむ、待っておったぞ!」

「私の戦闘用装備も完成したのね」


 この3日で全員に行渡る量の装備を作成した訳だが、S級にスキルランクが上がったことで作る際のペースが段違いに早くなったのが要因だ。適正の素材があれば何でも作り出せる気さえする。


「まずは今回初参加のセラからだ。武器は俺が、防具はエフィル担当だ。要望通り、武器のナックルはビクトールの装甲から作ったぞ。 ……本当に良かったのか?」

「ええ、問題ないわ」

 

 セラの装備の作成は今回が初めてになる。何か要望がないかセラに聞いたところ、拳主体の装備で、そして素材は討伐の証として採取したビクトールの装甲を使ってくれとのことだった。見知った同族の悪魔であるビクトールの素材を使っていいものか俺は躊躇したのだが、セラはそれで構わないと言い切った。


「こうすれば、ビクトールが私に力を貸してくれると思うから……」


 これも彼女の意思だ、尊重しよう。


「そうか。武器の名は黒金の魔人アロンダイト。性能については自分で確かめてくれ」


 セラに黒金の魔人アロンダイトを渡す。拳から肘まで覆う黒金のナックルにセラは見惚れる。ビクトールの装甲を用いたことで、その特性である頑強な防御力を、更に指の細かい動きを阻害しない柔軟性を併せ持ったS級の一品なのだ。


「私からはこちらを…… ご要望の意匠になっていれば幸いです」


 防具についてもセラに意見を聞いたのだが、こちらは難航した。セラの好みが分からなかったのだ。これまで城に閉じこもっていたセラは自分で衣類を選ぶといった習慣がなく、全て周りに任せていたそうだ。仕方ないので配下ネットワークに俺の知識の中にある衣装情報を上げ、その中から目に付くものを選んで貰う事にした。


「うーん……」


 とは言ったものの、23年間現代で積み上げられた俺の知識から探すのだ。作るよりもこちらに時間をとられた。そして2日が過ぎた頃。


「これよ、これが良いわ!」

「お、ようやく決まったか。どれどれ…… へぇ、軍服か」

「色は黒にしてね。私だけ仲間はずれは嫌だもの」


 セラが選んだのは衣装は軍服であった。正に戦闘服に打って付けであり、スタイルが良く美人のセラに良く似合いそうな選択だな。それにしても俺のパーティの装備、黒いな…… もうイメージカラーにしてしまおうか。


 そんな流れでエフィルにも情報を渡し、完成したのがこちら。


狂女帝クイーンズテラー、です。防具の名前は…… 申し訳ありません、私では変更できませんでした……」


 うん、分かるぞエフィル。作った装備の名前は勝手に決まってしまうからな。悪いイメージのネーミングになってしまい悪く思っているのだろう。だが安心しろ。


「いいじゃない! 気に入ったわ、狂女帝クイーンズテラー! 格好良い名前ね!」

「え? あ、はい、ありがとうございます」


 セラは中二病全開だ。 


「王よ、ワシのはどのような感じじゃ?」


 待ち切れなくなったジェラールが話に割ってはいる。


「まあ、待て。別に逃げやしないんだから」


 ジェラールは進化したことで新たな固有スキル『自己改造』を会得した。このスキルは装備品を己の体に組み込み、装備の性能をワンランクアップさせる優れたスキルだ。戦艦黒盾ドレッドノートが強化されたのも、このスキルのお蔭だ。ただし、一度組み込んだ装備品は再び取り外すことはできず、同じ部位の装備品を新たに組み込んでしまうと、古い装備が消失してしまうデメリットもある。強化された装備品を使い回すことはできない。


「今回ジェラール用に拵えたのは大剣だ。造形は今使っている剣と同じにしてあるから、新品にしては使いやすくはあると思うぞ」

「ほう、装飾も変わりないのう。全く同じ大剣に見えるわい」

「セラと同じく、実際に試してみるといい。それでもれっきとしたS級武器だ」


 ―――魔剣ダーインスレイヴ。クロトの保管にある最も強力な呪い武器を選び、最上級白魔法で清め制御可能にし、新たに鍛え上げた大剣だ。解呪前は刀剣に血管のような赤い筋が這り巡り脈打っていたのだが、現在は綺麗さっぱりと消え去っている。むしろ漆黒の大剣は眩いほど澄んでおり、美しく感じるほどだ。


「あれ? ケルヴィンとエフィルの装備は?」

「俺のは新しいローブと防御用の篭手だ。エフィルには弓と…… まあ、戦闘時の楽しみってことで」

「ええ!?」


 セラがブーブー騒いでいるが気にしない。いくら早く作れたからと言ってもこちらは連日徹夜だったのだ。最低限の説明は終えた、俺はもう寝る。


「ご一緒します……」


 エフィルも同様だ。


「ええと…… それじゃあ、私も…… って、置いてかないで~!」


 駆け出すセラ。工房にはジェラールとクロトが残った。


「クロトよ、姫様のライバルは思いの他多いのかもしれんな」


 クロトは微かに揺らめいた。

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