第38話 帰還

 隠者の潜窟地下から脱出し、俺達は小屋を出る。何だか今日は凄く疲れたな……


 セラの契約は困難を極めたが、無事に結ぶことに成功した。何が困難だったかって? セラを泣き止ますのにだよ。セラが目覚めた後、彼女はかれこれ数十分間泣き続けた。数十年越しの悲しみが一気に膨れ上がったのだろう。俺達は思い付く方法をやるだけやって、彼女を何とか落ち着かせようと頑張った。ビクトールとの戦闘くらい頑張った。そういえば、エフィルとの出会いもこんな感じだったな。


 結局、契約の話を何とか聞いてもらい、彼女から契約のお言葉を頂戴する。


「ぐすっ…… する……」


 はい、契約完了です。外見は麗しい彼女だが、中身はまだまだお子様な気がする。魔王グスタフには箱入り娘として育てられていたらしいし。まあ、悪魔の成人年齢とか知らないけどね。


 そんな彼女は、今俺におんぶされている。そして未だに泣いている。背中に当たる胸の感触が心地良いが、耳元で泣声を聞かされると俺は居心地がとても悪いです。そろそろ自分で歩いてほしいのだが……


 ちなみにジェラールは今、セラをおぶれるような状態じゃない。どうやら進化の前兆が出ているようで、歩くのが精一杯なのだ。何とかこの場は耐えてもらい、人目のつかない場所で召喚解除する予定だ。


「おや、お戻りのようですね。 ……そちらの女性は?」


 結界を張る魔法使いがこちらに気付く。


「悪魔は討伐しました。どうやらこちらの女性にとりついたまま、封印されていたようです」


 メルフィーナ達と打ち合わせた通りに話を進める。初めてあの部屋に立ち入った冒険者は、封印されたセラの姿を目撃している。このままではセラ=悪魔となってしまう。セラが仲間となる上で、そういった風評を広めてしまうのは少々不味い。何より彼女は魔王の娘、身分は隠しておいた方が良いだろう。


「な、何と! 本当に悪魔を討伐されたのですか!? そ、その証拠は!?」

「これが証拠です。然る場所で鑑定して頂ければ証明できる筈ですよ」


 俺はビクトールの装甲の一部を彼女に渡す。ビクトールには悪いが、彼がセラにとりついた悪魔とすることとした。これで一応は話は通るだろう。ビクトール本人は土に埋め、しっかりと供養している。


『お、王よ…… ワシ、そろそろ限界なんじゃが……』

『お前から言った事だろ。「泣く女を待たせる騎士がいるものか!」ってさ。別に俺は進化するまで待っても良かったんだぞ? 自分の言葉に責任を持て』

『う、うむ……』


 頑張れ、ジェラール。


 セラの角や翼の問題だが、これらの問題は彼女の装備が解決してくれた。セラの赤髪をサイドテールに束ねる『偽装の髪留め』の効果により、悪魔の角や翼、尻尾といった特徴は消え去り、人間の女性に見えるようになったのだ。魔王グスタフがこれを見越してセラに持たせていたのかは謎だが、親馬鹿振りを考えると、たぶんそうなんだろう。


「相当衰弱していますので、このまま彼女を連れて私達はパーズに戻ります。後の処理は任せてもよいでしょうか?」

「ええ、任せてください。こんなに涙を流して、可哀想に…… もう大丈夫ですからね、安心してください」


 魔法使いは良いように勘違いしてくれている。今の内にお暇するとしよう。


 結界を抜け、ウルドさん等C級冒険者が見張りをする野営地を通る。案の定、ウルドのパーティがこちらに駆け寄ってきた。それに釣られ、近くにいた冒険者達もこちらを注目する。


「おお、無事だったか、ケルヴィン! ってその美人どうしたんだよ!? 騎士様もかなり消耗してるじゃないか! 悪魔にやられたのか!?」


 ウルドさんは質問をまくし立ててくる。心配しての気遣いなのだろうが、今はそれ所ではないのだ。


『うっ…… 何か出そうじゃ……』


 そう、それ所ではないのだ!


「ウルドさん、説明は後です! 悪魔との戦闘でジェラールがやばいんです! これを治療するには、パーズに置いて来た秘薬が必要なので、これで失礼!」


 自分でも吃驚するマシンガントークを解き放ち、間をおかずに走り去る。


「お、おい、ケルヴィ―――」


 すみません、ウルドさん。また後ほど! ジェラール、このダッシュだけ耐えるんだ! 俺達は全速力で森の中へと走り去った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――パーズの街、入口前の街道。


『ふい~、スッキリしたわい。一時はどうなることかと思ったぞい』

『進化後の開口一番にそれかよ』


 無事、召喚解除を果たしたジェラールは、俺の魔力内で進化を遂げた。進化した種族は冥府騎士長。メルフィーナ曰く、S級ダンジョンに出現する冥府騎士の亜種族らしい。その名に恥じることなく、大型の漆黒鎧はより堅固に、豪壮な鎧へと変化し、ステータス面はビクトールにも引けを取らない程となった。驚くことに、左手には破壊された筈の戦艦黒盾ドレッドノートがあった。しかもジェラール同様、強化されて生まれ変わっているのである。


『フフン、これも騎士道を重んじていた成果じゃろうな』

『俺にはトイレを我慢するオッさんにしか見えなかったけどな』


 終盤のジェラールの姿はどう見てもそれであった。


「おっ、泣き止んだか、セラ」

「……ええ」


 いつの間にやら、セラはこちらの会話に耳を傾けていた。意思疎通による脳内会話も可能だと思うが、まだ慣れていないだろう。普通に話すとしよう。


「御体の方は大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。心配してくれて、ありがとう。ええと……」

「私の名前はエフィルです。ご主人様の奴隷兼メイドをしております」


 エフィルがスカートを軽く持ち上げ、優雅にお辞儀をする。


『ジェラールじゃ』

『メルフィーナと申します』


 各々挨拶を交わす。クロトはエフィルの肩でピョンピョン跳ねてる。


「契約時にも話したが、ケルヴィンだ」

「セラよ。よろしくお願いするわ。もうビクトールから聞いてはいるでしょうけど、魔王グスタフの娘になるわ。 ……今更だけど、本当に私を配下にして良かったの?」


 肩越しにセラが心配そうに尋ねてくる。


「何とかするさ。こう見えても俺の隠蔽スキルはS級だ。鑑定眼でステータスを覗かれる心配はまずない」

「……ビクトールを倒した実力には驚いたけど、あなた本当に何者? 勇者ではないんでしょう?」

「勇者は別にいるから安心しろ。俺はちょっと戦闘が好きなだけの、ただの冒険者さ」


『『『ちょっと?』』』


 そこ、ハモるな。


「くすっ、変な人達ね。泣いた私を本気であやしにくるし」

「何、すぐ慣れる。もうパーズに着くぞ。偽装の髪留めの効果は大丈夫か?」

「問題ないわ。あ、でも……」


 セラが若干言いよどむ。


「どうした?」

「私、町の中って入ったことないの…… 外は城の庭園までしか出たことないし……」

「もしかして、緊張しているのか?」

「……少し」


 そうか、世間には出さずに育てられたんだったな。そういえば、魔法使いやウルドと話していた時も、泣きつつも様子を伺っていた気がする。結構人見知りなのか。


「とりあえず、町に入ったら宿に向かう。それまでおぶってやるから空気に慣れておけ」

「……ん、ありがとう」

「大丈夫ですよ、皆良い人ばかりです」

「ぜ、善処するわ」


 まだまだ時間がかかりそうだな。背中で硬くなっているセラを他所に、俺たちはパーズへと入っていった。

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