第39話 祝宴

 パーズに入ってからというもの、セラは終始興奮気味であった。初めての街、初めての人混みと目にするものが全て新鮮なのだ。


「ケルヴィン、あれは何?」

「果物屋だな。今の時期なら熟して甘いものが多いな」

「こっちのは?」

「武器屋だ。スタンダートな剣から魔法使い用の杖まで扱っている。俺が鍛冶を覚えてからはあまり利用していないけどな」


 こんな感じで質問責めだ。他人から見たらでっかい子供のように見えるかもしれない。まあ、緊張するよりは良い事だろう。


 ちなみにセラは粗雑な衣服から、エフィルお手製の一般的な服装へと着替えている。あのままでは流石に街中では目立つ。ここまでの道程の休憩の合間にエフィルがセラのサイズを測り、裁縫スキルで即興で作って貰ったのだが、それでもC級クラスに仕上がった。しかも、偽装の髪留めで隠された翼と尻尾をしっかりと通せる作りになっている心遣い。エフィルよ、また腕を上げたな。


 俺とエフィルがセラの質問に答えるやり取りを繰り返しする内に、精霊歌亭へと到着する。


「エフィルとセラは先に宿で休んでいてくれ。俺はギルドに報告してくる」

「ご主人様が行かれるなら、私も……」

「セラを一人にさせる訳にもいかないだろ? クレアさんに事情は話しておくから、セラのことは任せたぞ」


 いったん俺の魔力に戻してもいいが、仲間以外の人とも交流を持ってほしいしな。


「もう、私は子供じゃないのよ?」

「承知しました。万事お任せください」

「ちょっと、エフィル聞いてるの? 私の方が年上なのよ?」


 セラは不満げだが今は我慢してもらおう。正直、セラを連れて行けばリオを相手に隠し通せる自信がない。人生経験豊富な年長者には、メンタル面ではなかなか勝てないものだ。今度、交渉系スキルでも探そうか。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



―――精霊歌亭・酒場


 ギルドへの報告を終えた俺が宿へ戻ると、そこには精霊歌亭を利用する冒険者達が一同に会していた。何事かと辺りを見回すと、エフィルとクレアさんが奥の調理場で大量の料理を作っていた。セラは席の上座に座り、その周囲には冒険者の人だかり。何だこれ。


「ケルヴィンのA級昇格を祝う会だよ~」

「うおっ、アンジェ、何時の間に!?」


 俺が疑問を問うよりも先に、背後から突如現れたアンジェが答えた。気配察知をオフにしているとは言え、俺の背後に音も無く立つとは…… アンジェも実は冒険者なんじゃないか?


「あはは、ケルヴィンの驚く顔を見れるとは、今日は運がいいね」

「いや、マジで驚いた。アンジェって隠密スキル取ってる?」

「ないない。地力が違うのだよ、ケルヴィン君」

「ほう、言うじゃないか。それで、何で俺がA級に昇格したことが知られているのかな? 俺もさっき知らされたばかりなんだけど」


 ギルド長のリオに今回の一件を報告した際に、A級昇格を言い渡された。何でも今回発見された悪魔がA級以上の討伐対象だった場合、昇格試験にする予定で進めていたそうなのだ。もちろん俺達はそんなことは知らされていない。 ……ってかS級だったぞビクトール。


「いや~、私嬉しくってクレアさんに先に知らせちゃったの。そしたら、こんな席が出来上がりました」

「省略し過ぎだよ!」


 そうこうしていると、セラが念話を飛ばしてきた。


『ケ、ケルヴィン! た、助けてよ、沢山の知らない人間が私に話し掛けてくるの!』


 おお、セラも意思疎通を使いこなしてきたな。恥ずかしさで顔を髪のように真っ赤にして、あわあわしているが大丈夫そうだ。


『ふざけないで~!』


 そう言ってもな、中身はさて置き外見はとびっきりの美女なんだ。そりゃ目立つし声は掛けられるわな。まあ、人に慣れるにしても、これは色々と酷か。そろそろ助けてやろう。


「エフィル、セラ。今戻ったぞ」


 わざと声を大きくして話し掛ける。


「あ! お帰りなさいませ、ご主人様」


 エフィルがこちらに気付き、俺に向かって頭を下げると、それまでセラしか目に映っていなかった冒険者達が一斉にこちらを振り向く。


「お、おい。ケルヴィンさんが来たぞ!」

「ケルヴィンさん、聞きましたよ! A級昇格、おめでとうございます!」

「この美女は誰ですか! エフィルちゃんだけじゃ足りないんですか!?」

「キャ~、サインください~」


 冒険者達は標的をセラから俺に変え、一斉に質問責めにする。


「な、何なんだ、この騒ぎは!?」

「当然だよ。このパーズでA級に昇格した冒険者はケルヴィンが歴史上初めてだからね。今やケルヴィンはパーズの冒険者のヒーローなんだよ」

「ええー……」


 それも初めて聞きました……


「おや、今夜の主役の登場だね。ケルちゃん、A級に昇格したんだってね」

「ご主人様、おめでとうございます」


 料理を切り上げたクレアさんとエフィルが調理場から出てくる。 


「私も先ほど聞かされたんですけどね。アンジェが先走ったようで」

「あはは、面目ない」

「それもケルちゃんを思ってのことさね。今晩のは会心の出来だよ。思いっきり楽しみな」

「そうです。今日こそはクレアさんの料理を超えた自信があります」

「ふふ、また返り討ちだよ」


 バチバチとエフィルとクレアさんの間で火花が散る。料理対決でも始めるつもりか。


「ケルヴィーン!」


 いきなり背後からセラに腕を回される。


「何で私をほったらかしにしたのよ! (エフィルは料理をし始めちゃうし、知らない人間に囲まれちゃうしで)寂しかったじゃない!」


 ギリギリと首が絞まる。や、止めるんだセラ。お前の腕力で力一杯やられると洒落にならない。


「おお、もうそこまで進んでいるのか……」

「流石ケルヴィンさん! 手を出す早さも尋常じゃないぜ!」

「何だよ~…… ケルヴィンさんはエフィルちゃんがいるじゃないかよ~……」

「サインの後でスズちゃんへ、って名前入りでお願いします!」


 周りが騒がしいが耳に入ってこない。や、やばい、落ちる……


「おい、嬢ちゃん。そのままだとケルヴィンが死ぬぞ?」


 寸前で聞こえたのは天の声、いや、ウルドさんの声であった。


「あっ! ご、ごめんなさい!」


 慌しいセラから解放される。この世界に来て一番の危機であった。


「た、助かりました、ウルドさん。貴方は命の恩人だ」

「いや、それは大袈裟だろう……」


 セラのステータスを考えると大袈裟でも冗談でもないのです。


「あら、アンタ。帰ってきたのかい?」

「ああ、長く空けちまって悪かったな」

「何時もの事だから気にしちゃいないよ」

「少しは気にしろよ!」


 クレアさんとウルドさんが話し始める。まるで夫婦漫才…… ん、夫婦? 


「ええと、クレアさんの旦那さんって、もしかしてウルドさん?」

「ん? そうだが、言ってなったか?」

「ここに住み始めて暫く経ちますけど、初耳です」


 ウルドさん、家を放置し過ぎだろ……


「ははは、エフィルの昇格試験で暫く入院しちまってな」


 すんません、うちのメイドエフィルが原因でした!


「それよりも聞いたぜ。A級に昇格……」

「アンタ、その流れは何度もやったからもういいよ」

「言わせてくれよ……」


 ドッと起こる大きな笑い。漫才もそこそこに、料理が運ばれてくる。


『王よ、ワシも参加して良いかの?』

『うん? 大丈夫なのか?』


 ジェラールから出たいと言うとは珍しいな。


『実はな、進化の影響か、肉体の実体化ができるようになったんじゃよ』

『おお、本当か!』

『ああ、これでエフィルの料理をやっと味わえると言うものよ!』


 それが目的かい……


『じゃが鎧は脱がんよ? これワシの魂じゃし』

『そ、そうか。どうにか器用に食べてくれ……』


 ジェラール、宴に参戦決定。


『あ、あなた様、そろそろ私も召喚できるんじゃないでしょうか? 少し試してみません?』

『この場では無理だろ。明日あたり試してみるか』

『うう、エフィルの特製料理……』


 神をここまで堕落させるとは…… エフィルの料理の罪は深いな。


「ケルちゃん、そろそろ始めたいと思うんだけど、いいかい?」

「俺は構いませんよ」


 いつの間にやら準備が整っていた。


「それじゃあアンタ、音頭を頼むよ」

「ああ? 俺でいいのか?」


 まさかの指名にウルドさんは戸惑う。


「俺からもお願いします」


 何と言っても、彼は命の恩人なのだ。


「そ、そうか? オホン…… それでは、初のA級昇格を成し遂げた、我らパーズの誇り、ケルヴィン一行に乾杯!」

「「「「「かんぱーい!」」」」」


 ―――ガチャ!


「む、出遅れたか!」


 宿の外の路地裏に召喚したジェラールは遅刻した。

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