第37話 悪魔令嬢
『
ビクトールとの戦闘を終え、パーティ全員の回復を行う。結果的に皆大きなダメージはなかったが、肝を冷やす場面が多かった。いや、元魔王側近とここまで戦え、そして勝てたのだ。大戦果と言えるだろう。
「さて、まだ生きているか?」
俺が問い掛けた先に居るのは、先程まで激闘を繰り広げた相手であるビクトール。仮初の両腕を無くし、その身体に3つの穴を開け、仰向けに倒れている。所謂、瀕死状態だ。
「ええ…… 残念ながら、まだ息があるようですねぇ……」
「ああ、そうだな」
出会った時の覇気はなく、もうじきその長きに渡る生を終えようとしている。
「だけどな、逝く前に聞きたいことがあるんだ」
「……何です?」
「お前、あの魔王の娘とやらを本当に食おうとはしていなかっただろう?」
戦闘の途中で気付いたのだが、ビクトールは攻撃を繰り出す際、封印された悪魔に当たらないよう配慮していた。悪魔であるビクトールの攻撃があの封印に当たったとしても、人間の特性を持たない奴には封印を破壊することはできず、女にも触れることすらできないのだ。戦闘前に自分で言っていたことだ、それを知らない筈はない。
「クフフ…… 目ざとい方、だ……」
「なぜ、あんな嘘を言ったんだ。お前に何の得もないじゃないか」
「ああでも、しないと、本気で向かって、来ないで、しょう……? それに、私は、グスタフ様、に、託されたのです……」
ビクトールはゆっくりと語り出す。
「私の命は、もう、長くはないでしょう…… 掻い摘んで、お話しましょう……」
過去の勇者と魔王の戦いの顛末を。
―――魔王グスタフは暴王であった。野心が強く悪魔の王となって以来、他国の領地を侵略し、戦争を繰り返す日々。いつしか人々は彼を魔王と呼び始め、遂には勇者が召喚され、魔王討伐が敢行される。
横暴であり、臣下からさえ恐れられたグスタフであったが、唯一心を許していた者がいた。ただ一人の愛娘であるセラだ。戦争に明け暮れ、妻が他界してからと言うもの、その溺愛振りは顕著なものとなっていた。決して表世界には出さず、娘がいることの存在でさえ側近のみが知る徹底振り。セラは世界を知らない。会話するのも限られた悪魔達だけだ。
勇者率いる人間の軍がグスタフの城へと攻め入った時、グスタフは敗北を確信していた。悪魔四天王が各所で倒され、残ったのはセラの世話役であるビクトールのみ。戦力が圧倒的に足りていなかったのだ。グスタフは己や国を憂うことはせず、只々娘の安全を危惧した。勇者はすぐそこまで迫っている。娘の存在が知れれば、セラの命はないだろう。
グスタフは苦肉の策としてセラに封印を施し、転送の間へ幽閉した。封印は彼女の肉体の時を止め、深い眠りへと誘う。グスタフ自身が死んだ際、転送魔法陣が自動的に起動し、隠れ家へと転送する仕組みだ。それが成った時、封印の鎖には人間にしか解除できなくなる効果が加わる。勇者同様、悪魔やモンスターも彼女を狙う可能性があったからだ。それならば、全体で見れば弱い種族である人間をトリガーに封印を解除するように仕組めばよい。幸い、セラはビクトール並とまではいかないが、悪魔の中でも実力があるのだ。相手が勇者でもない限り、まず負けることはない。
グスタフは勇者と対じする前に、ビクトールにセラの護衛を命じる。ビクトールはグスタフと共に戦うつもりであり、反対した。だが、グスタフの顔を見た瞬間、従わずにはいられなかった。あれほど恐れられていた魔王グスタフが、これまで見たこともない、父親の顔をしていたのだ。ビクトールは正式に任を拝命し、セラが転送されるであろう隠れ家へと出発する。
魔王グスタフが勇者に討たれたのを耳にしたのは、それから2日後のことであった。ビクトールは縛り付けられる心を抑え、何とか正体を明かされずに隠れ家へと到着するに成功する。だが、ビクトールを迎えたのは地下に存在する開かずの扉。鎖の封印同様、人間でしか開ける事ができない仕組みとなっていた。扉は巧妙に隠されており、冒険者の玄人であろうと容易には発見することができない。それこそ、たまたま訪れた冒険者が偶発的に開けない限りは……
ビクトールはそれからと言うもの、この隠れ家で長きを過ごした。見た目は平凡な小屋があるだけの場所だ。まず地下が見つかることはない。無理矢理連れて来た人間に封印を解かせる方法もあったが、それでは勇者に知られる可能性がある。ならば、勇者のいない時代まで待とう。数十年しか持たない人間の寿命で、奴らがいなくなるまで―――
「―――そして、訪れたのが、この時代…… 国々の戦争が、起こることも、ありましたが、魔王様に比べれば、それも児戯に、等しかった……」
そしてこの地下がダンジョンとして発見され、偶然冒険者により扉が開かれた。ビクトールは来たる有力な冒険者を喰らい力を付け、封印を解除させたセラと姿を晦ます予定だったらしい。
「だと言うのに、全く、予定が狂い、ましたよ……」
血を吐きながらも、ビクトールは続ける。
「1つ、お願いが、あります…… セラ様を、貴方の仲間に、して頂け、ませんか……?」
「……俺としては構わないが、なぜそうなる」
「クフフ…… 貴方は強く、仲間からも、信頼されている…… モンスターからで、さえも……」
クロトとジェラールを見やる。
「クロトは兎も角、ジェラールもモンスターだと気付いていたか」
「あれだけ、打ち合ったのです…… すぐに、分かりました、よ…… 召喚士、さん?」
ばれてら。
「セラ様は、城より外へ、出たことが、ないのですよ…… 出来ることなら、世界を見せてあげて、ください……」
「……そのセラが、配下になると了承するか分からないぞ?」
口の端をニヤリと笑わせ、ビクトールは答える。
「絶対に了承、しますよ…… セラ様は好奇心旺盛、ですから…… それに、あれだけの戦闘を、したのです…… 意識は、眠りから覚ましている、でしょう……」
「起きてるのかよ……」
「クフフ…… 封印を解けば、直ぐに目を開けます、よ…… この会話も聞いて、います……」
『……嘘は言っていません』
どうやら本当のことらしい。
「提案だが、お前も俺の配下になる気はないか? それなら回復させてやれるぞ?」
「魅力的なお誘い、ですが、私の主は魔王、様のみ…… それに、もう遅いよう、です……」
ビクトールの意識が薄れていく。
「クフ、フ…… 悪魔が、お願いするのも、変ですが、気が向いたら、この件、お願い、しま、す……」
身体から力が抜け、ビクトールは動かなくなる。同時に、脳内でファンファーレが鳴り響く。
「レベルアップ、か……」
レベル差があった為か、経験値の量が半端ではない。ファンファーレも鳴り止まない。だが、少し空しいな……
「さて、セラとやらを解放してやるか」
「良いのですか? 確か、魔王になる可能性もあるとメルフィーナ様が言っていましたが……」
エフィルの心配は最もだ。
「ハハ、俺は感傷に浸りやすい人間なんだ。ハァ、本当に詰めが甘いな、俺……」
封印の鎖に触れる。鎖は青白く光り、次の瞬間に壊れ落ちる。
「さて、俺の言葉が聞こえるか?」
赤髪の悪魔がゆっくりと瞼を開け―――
「……父上も、ビクトールも、皆、馬鹿なんだから!」
―――泣き出した。
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