第32話 ビクトール
骨山に現れたそいつは、得体の知れない姿をしていた。黒光りした装甲を持つ昆虫と人間を足して割ったような身体を持ち、頭には目が見当たらない。その代わりに発達したかと思わされるほど大きな口を備えている。それに見合うサイズの鋭い歯をこちらに見せながら、ニヤニヤと口の端を上げてやがる。
「おや? おやおや? モンスターかと思いましたが、人間でしたか。それもかなり強力な力をお持ちのようだ。もしや、この部屋の封印を破ってくださった冒険者のお仲間ですかな?」
どうやら、こいつがこの凶事の黒幕で間違いないようだな。この部屋を発見した冒険者についても知っているらしい。
「お前は何者だ? そこの悪魔の女の仲間か?」
「質問を質問で返しますか。まあ、いいでしょう」
耳障りな声でそいつは答える。
「私はこれでも紳士なのですよ。私に答えられることなら何でも教えてあげましょう」
俺達を完全に下に見て舐めている為か、随分とサービス精神旺盛だ。
「紳士? 俺には二足歩行の昆虫にしか見えないのだが」
「クフフ、なかなかご冗談の上手い方だ。挨拶が遅れましたが、私、
「……? 口が釣り上がっていますよ。何か可笑しかったですか?」
おっと、顔に出ていたか。
ケルヴィンは口元を左手で隠すように覆う。それを傍目に見ていたジェラールが密かに溜息をついた。
『王の悪い癖が出とるなぁ……』
『悪い癖、ですか?』
『ああ、エフィルはワシと王が戦った時にはまだおらんかったな。まあその内わかるわい。今は敵に集中せい』
『?』
エフィルは疑問を抱えながらも、彼女の役割の全うする為に頭を切り替える。
「いや、気にするな。それで、そこの女は?」
「彼女ですか? そうですねぇ、彼女は……」
未だ目覚める気配を見せない封印された美女を指差し、疑問を悪魔に投げかける。悪魔はまた口をにやけさせ、一言こう告げた。
「魔王様のご令嬢ですよ」
その瞬間、開いていた筈の扉は突然閉まり、結界が展開される。予め施されていた罠か。
「これはあまり紳士的とは言えないと思うが」
「クフフ、偶然何かの拍子で仕掛けが発動しただけですよ。それにしても、退路を絶たれたと言うのに、この冷静さ。クフフ、気に入りましたよ」
あくまで白を切るか、この野郎。だが今はそれ処ではない。魔王の娘だと?
『過去にいた悪魔の魔王は3名。最も近い時代の魔王であれば、魔王グスタフでしょう。確かに彼女の髪色は、グスタフの赤毛に似ています』
へぇ。それで、その魔王はどうなったんだ?
『まだ私の前任者が神を勤めていた頃のですが、その時の勇者に打ち倒されました。記録上では、グスタフに娘がいたとは伝えられていません』
魔王が公にしていなかったのか、それとも娘を騙る偽者か。どちらにせよ、危険な存在であることには変わりない。少しこのお喋りに鎌をかけてみるか。
「魔王グスタフに娘はいなかった筈ではないか?」
「ほう…… 素晴らしい洞察力ですね。まだ魔王様の名前も話していないのに、そこまで看破するとは。もう遠い昔のことなのですが、よくお勉強されているようで」
うむ、メルフィーナさんは博識なのだ。
「仰るとおり、魔王グスタフ様に血を分けた子はおらず、勇者に倒されたことで悪魔の軍勢は瓦解したというのが一般的な歴史の認識です。しかし、これは魔王様の策略。」
「自分に万が一があったときの為に、娘の存在を隠蔽していたのか」
「ご名答」
メルフィーナ、この女が新たな魔王になる可能性はあるか?
『可能性はあります。魔王グスタフが倒された恨みで人間を敵視するかもしれません』
ビクトールもそうだが、彼女も放置する訳にはいかないか。
「あなた達はこの部屋の封印を解いた冒険者の仲間ですね? やはり、泳がせておいたのは正解でしたねぇ。こんなにも早く人間の実力者が来てくれるとは思っておりませんでした。掃除ついでに辺りのモンスターは一掃しておりましたので、ここまで来やすかったでしょう?」
「なるほど、俺達は釣られてやってきたって訳だ。この骨の山はダンジョンのモンスター共の残骸か。それで、何が目的だ?」
いまいちビクトールの目的が掴めない。話振りから魔王の部下のようだが、重要な事柄をペラペラと話し過ぎている。
「いやはや、お恥ずかしい話なのですがねぇ。彼女を縛るこの鎖、人間でないと解けない仕組みになっておりまして。悪魔の私では対象はおろか、鎖自体にも傷一つ付けられないのですよ」
「それで俺達に鎖を壊させようってのか? そんな話を聞いた後に、そんなことをすると思うか?」
「いやいや、そんなことは致しません。ただね……」
その刹那、ビクトールの気配の質が敵意として豹変する。
「私に食われて、あなた方の力を貸してほしいだけなんですよ」
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