第24話 軍国トライセン

 この世界には大陸が東西に2つある。パーズは東大陸の中央に位置し、そこを境界にするように4国が存在する。東大陸は過去に戦乱の時代があり、大小無数の国が覇権を取ろうと数十年争いあった。戦争の末、終戦まで残り疲弊した国同士は停戦協定を結び、現在の国境線が形成される訳だ。4国はこの平和が悠久に続くようにと願いを込め、互いの国境線が交じり合う唯一の点に静謐街パーズを作り上げたのだ。


 4国について少し紹介しよう。


 北に位置するは獣国ガウン。身体能力に富んだ獣人族の国だ。代々ガウンの王は国内最強の者から選出される。他種族より血の気が多いとされる獣人族ならではの継承方法と言えるだろう。今代の王も例に漏れず、屈強な獣人族によるバトルロイヤルを勝ち抜いた猛者である。冒険者で言う所のS級に匹敵する力を持つとも噂される。力は正義を地で行く国だ、正直敵対はしたくないな。


 西に位置するは神皇国デラミス。教皇を国のトップとし、次いで枢機卿、大司教、司教と階級が決まっている。転生神メルフィーナを崇拝し、代々巫女が特殊な召喚術を受け継いでいるそうだ。今回召喚された4人の勇者もその巫女によるもの。西の大陸との陸上唯一のアクセスである十字大橋クルスブリッジを国内に有する国でもある。最も、西の大陸の帝国とは犬猿の仲らしく、厳重な警備体制が敷かれているのだが。


 南に位置するは水国トラージ。水竜王の住処とされる竜海に土地を面する、造船技術、農業に優れた国だ。王族も元は農民の出であったらしく、政策もそちらに力を入れている。パーズの食糧事情が豊かなのも、トラージの恩恵を得ているのが大きい。そしてこの国、なんと米らしき作物があるそうなのだ。日本人の俺としては近い内に赴きたいと心に決めている。運が良ければ人魚族に出会える可能性もある。


 東に位置するは軍国トライセン。和平が結ばれて以降、最も軍事に力を注いだのはトライセンと言えるだろう。国柄は極めて支配的であり、人族以外を否とする人族至上主義だ。事実、和平後もガウンとは何度か小競り合いがあったようだ。奴隷への扱いも酷いもので、秘密裏に他国から奴隷を調達しているとの噂もある程だ。王には5人の子供がおり、それぞれ第一王子から第五王子とされる。こいつらについても良い話は聞かないな。4国の中では間違いなく、一番ろくでもない国であるだろう。


―――で、そのろくでもない国の王子が俺の眼前にいる訳だが。


「王子、ですか?」

「いかにも、私がトライセン国が第三王子、タブラである」


 タブラと名乗る男は威張るように言い散らす。


「全く、こんな公衆の場で色事とは、庶民も偉くなったものであるな」

「仰るとおりでございます。王子、上に立つものとして、ここは教育しなくてはならないのでは?」


 取り巻きの兵士がタブラを煽て、焚き付ける。周りの奴らはお守りの護衛ってところか。


「ふーむ、どれどれ…… おお、そこの女共、なかなかの容姿をしているではないか!」


 タブラがエフィルとアンジェを卑しげな目で舐める様に見る。身の毛がよだつのか、瞬間的に震えたのが、抱える両手を通じて伝わってきた。単刀直入に言って気持ち悪い。


「ん? そのエルフは奴隷か。ならば話が早い。そこの下男、私に無駄な時間を消費させた罪、その女共を渡せば帳消しにしてやってもよいぞ?」

「……はい?」


 唐突に何言ってるのかな、この小太り王子君は? 意味不明過ぎて思考が停止してしまったじゃないか。


「聞こえなかったのか? 慈悲深いタブラ様がお許しくださるのだぞ。さっさとその女を渡すがいい!」


 取り巻きの二人がこちらに向かってくる。


「ケ、ケルヴィンどうしよう!?」


 アンジェはかなり動揺しているな。今まさに誘拐されそうになっているのだ。当然の反応と言える。


『ご主人様、消しますか?』


 対してエフィルは意思疎通を介してこんな提案をしてくる。逞しくなったな、エフィル…… だが待つんだ、相手は一国の王子、下手なことすれば何をするか分かったもんじゃない。ここは穏便に解決をだな―――


「くふふ、ベッドで可愛がってやるからな~、今夜が楽しみだ」


 ―――エフィル、俺が直々に潰すから下がっていなさい。


『畏まりました』


 エフィルを降ろし、アンジェと共に下がらせる。


「ああ? お前、何をする気だ?」


 前に出てきた二人の男が面倒臭そうに問いかけてくる。


「いやー、あなた達を倒す算段を立てていたんですよ」


 周囲の冒険者に目配せをする。 


「何言ってるんだおま―――」


 男が言い終える前に、俺は衝撃波インパクトを放つ。突然起こった衝撃に、取り巻きの男は何が起こったかも分からずに吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。男のことはどうでもいいが、辺りのギャラリーに被害を出さないようにしないとな。冒険者達は俺の意図をしっかり汲んでくれたようで、一般人の護りになってくれている。


「な……」


 タブラ達はまさか自分達に歯向かうとは思っていなかったらしく、未だ状況を飲み込めていない。


「残りの取り巻き2人はどっちもD級程度か。で、王子様、俺に喧嘩売ってきたんだ。覚悟はできているよな?」

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