第22話 日常

「よう、ケルヴィン。今回も無事に依頼達成か?」


 暗紫の森から帰還し、パーズの街に入ろうとすると、西口を担当する門番に話し掛けられる。


「成果は上々ですよ。良い素材も手に入りました」

「ハハハ、全く、パーズの冒険者様はやることが違うねぇ!」


 この一ヶ月間、エフィルの特訓も兼ねて様々な討伐をしてきた。中には今回のような異常に強いモンスターの討伐をリオに依頼されることもあった。何分、パーズに所属する冒険者のランクは、最高でもC級程度なのだ。B級の俺に依頼が回ってくる流れが、いつの間にかできてしまっていた。


「エフィルちゃんもおかえり。怪我はないかい?」

「ご心配いただいてありがとうございます。傷1つないですよ」

「そりゃ良かった。エフィルちゃんに何かあったら一大事だからな」

「ご主人様と一緒ですので安心です」


 門番は俺の後ろに追従して歩いてきたエフィルにも会話を振る。エフィルもすっかりパーズの街に馴染み、街の人々とも円満な関係を築いている。


「これからギルドへ報告がありますので、この辺で失礼しますね」

「引き止めて悪かったな、次の依頼も頑張れよ!」


 門番と別れ、ギルドに向かう。



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「邪賢老樹の討伐を確認しました。今回も御疲れ様でした!」


 通例の報告を終え、アンジェさんから報奨金を手渡される。


「これでB級依頼9回連続達成です! あと少しでA級ですよ、ケルヴィンさん!」

「おめでとうございます、ご主人様」

「いや、まだ昇格が決まった訳じゃないからね?」


 討伐に夢中になってしまい忘れていたが、もうそんなに達成していたのか。


「エフィルさんも同じく後1回の依頼クリアで、B級昇格試験を受けられます」

「そういえば試験がありましたね」


 エフィルが以前受けたC級昇格試験は、試験官であるC級冒険者との1対1での模擬試合だった。本来であれば別に勝つ必要はなく、本当にC級の実力があるかどうかを試験官が確認するのが目的であった。


「前の時はC級冒険者との模擬試合だったな。アレは相手が可哀想だった」

「開始数秒でエフィルさんの矢が、試験官の頭部にクリーンヒットしましたからね……」

「あ、あまりに隙だらけだったので、試されているのだと思いまして……」


 試験の際、エフィルは開始の合図と共に隠密を発動し、試験官の死角に移動。そして矢を放った。見事矢は試験官に当たり、それで試験終了だ。早過ぎる。矢尻は勿論潰してはいたが、試験官は打ち所が悪かったらしく、そのまま退場。それも心配だが、何よりも心に傷を負ったようで気の毒であった。


「試験官を務めたウルドさん、熟練のベテランだったんですよ? お二人が規格外過ぎるんです!」


 エフィルはB級ダンジョンでも十分に戦える実力だ。今更C級冒険者程度に遅れを取るはずもないのだが、どうもそれは異常なことであるらしい。


「そうだ、アンジェさん、先日、良いお菓子屋さんを見つけたんです。今度一緒に行きませんか?」

「え、本当!? 行く行く、約束だよエフィルちゃん!」


 仕事モードのスイッチがオフになってますよ、アンジェさん。エフィルとアンジェさんはこのひと月ですっかり仲良くなった。仕事中は公私を弁える努力はしているのだが、先程の様によく瓦解する。


「はい、約束です」


 笑顔で答えるエフィル。この娘は本当に天使やな。


 天使と言えばメルフィーナなのだが、ただいま出張中である。例の勇者を召喚した巫女に神託を授けに行ったのだ。何やら仕事を任せた部下から急務の報せが来たらしい。メルフィーナ本人は『面倒です、本当に面倒です。あなた様、可能な限りパパッと終わらせて来ます。それまでエフィルをしっかり護るのですよ?』という言葉を残して配下ネットワークから離脱してしまった。段々とエフィルの母親か姉みたいなポジションになってきたな、メルフィーナ。


「ご主人様はいつお暇ですか?」

「ん、俺も行くのか?」

「できましたら…… ご主人様の好みの菓子を見つけたいですし」

「あ、それ私も興味あります! どんな菓子が好きなんです?」


 女子二人の押しに勝てる訳もなく、約束を交わしてしまう。


 この世界の菓子は現代に比べ、甘味があまりない。生クリームを使ったケーキもなく、よくてフルーツをふんだんに使ったパンケーキが精々だ。現代の甘味に染まってしまった俺にとって、正直この世界の菓子は物足りない。


 エフィルは討伐依頼の合間、クレアさんに料理を習っている。まだまだクレアさんの腕には及ばないものの、調理スキルも取得して日々メキメキと上達している。勘違いしている者が多いが、技術系スキルは取得すれば良いというものではない。剣術スキルを持つ冒険者が、スキルを持たない同レベルである筈の騎士に剣での決闘で負けた逸話がある。スキルはあくまで補正をかけるものだ。例えスキルがなくとも、それまでの鍛錬で費やした剣の錬度は遺憾なく発揮できるのだ。だからこそ俺は鍛冶の練習を、エフィルは料理を学び続けている訳だ。いつかエフィルには現代のケーキを再現してもらいたいものである。

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