第21話 暗紫の森
エフィルを俺達の仲間に迎え、一ヶ月の月日が流れた。
当初の予定通り、エフィルを冒険者ギルドに登録させ、徐々に慣れさせながら依頼を遂行していた。今日も元気に討伐依頼の真っ最中だ。
「かなり遠いが、見えるか?」
木の上で辺りを見回すエフィルに尋ねる。
「問題ありません。エルダートレントが3体、ブラッドマッシュが2体います」
「相変わらずエフィルは眼が良いのう。ワシには全く見えんよ」
俺達は今、B級ダンジョン【暗紫の森】の最深部にいる。エフィルは既にC級冒険者にまで昇格した。最初こそ戸惑うことも多々あったのだが、そこからはトントン拍子でランクアップを果たしている。
「よし、エフィルの狙撃を合図に戦闘開始だ」
「承知致しました」
エフィルは自らの武器として弓を使用している。自分でスキル配分を考えるよう伝えた翌日、エフィルは弓術と千里眼のスキルを、手持ちポイントの限界まで上げたのだ。スキル効果の後押しもあり、問題なく弓を扱うことができた、いや、でき過ぎていた。ギルドの練習場で初めて矢を射った時、全て的のド真ん中に命中したのだ。初めて弓に触った素人がだ。俺や何気なく見学していた周囲の冒険者達は目が点になったもんだ。
「クロちゃん、よろしくね」
エフィルの肩には手のりサイズになったクロトが控えている。小さくなってもその強さは変わらず。腕利きの護衛役として要役を任せている。
「いきます」
弓を引き、放つ。視界の悪い森の中、数百メートルはあろう距離を物ともせずに矢はモンスターに吸い込まれていく。
「グボウッ!?」
矢は見事エルダートレントの頭部に突き刺さり、ズドンと大きな音を立てながらモンスターであった大木が倒れる。残ったトレント達は辺りを警戒し始めたようだ。しかし、エフィルは未だ発見されていない。
「まったく、メイド姿でよくやるわい」
「あれはエフィル作の特注品だしな。オーダーメイドなだけに補助効果盛り沢山だ」
「メイドだけに、ですかな?」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
彼女が今着ているメイド服は、クレアさんから貰ったメイド服を戦闘用に仕立てたものだ。元々は俺が裁縫のスキルを取得して作成しようとしたのだが、珍しくもエフィルに反対されてしまった。
『裁縫は私に取得させてください!』
どうやらエフィルの目指すメイドは、裁縫もこなさなければならないらしい。それからレベルアップで得た成長スキルポイントを使い、今の装備を作り上げる力量までに至る訳だ。ちなみにあの戦闘用メイド服は3作目である。レアな素材を手に入れては縫合し直し、スキルランクを上げては作り直した努力の結晶である。
そちらをエフィルに任せられるならばと、俺は鍛冶のスキルを取得した。パーズで購入することができる装備の質に限界を感じていた為だ。それならば各人に合わせた武器防具を俺が作ってしまえ! という少々短絡的な考えである。スキルを取得したまでは良かったが、鍛冶道具や場所はどうしたものかという問題に直面してしまった。とはいえ、これはギルド長のリオが解決してくれた。ギルドの伝手で工房を借りることができたのだ。顔なじみの工匠の指導と鍛冶スキルの補助の下、何とか鍛冶ができるようになった。後は練習&練習である。お蔭様で色んな物が出来上がった。
「グバッ!」
ジェラールと暢気に談笑している内に3体目のモンスターが射倒される。弓術と千里眼によるアウトレンジ戦法は強烈だな。これだけで大抵の戦闘が終わってしまう。
「残り、エルダートレント1体、ブラッドマッシュ1体です」
「む、王よ」
ジェラールの目配せと同時に、地面から幾本もの強靭な根が突き出る。エルダートレントがこちらに気が付いたようだな。流石、腐ってもB級モンスターだ。
「もう終わってるけどな」
その言葉と共に、2体のモンスターは地に伏せる。圧倒的な風の圧力の前に、B級モンスターは前を向くこともできない。ケルヴィンの
「むう、お二人の活躍でワシの出番がなかなか回ってきませんな……」
「安心しろ、そろそろこの森のボスだ」
歩を進める俺達の前に、一本の大樹が生える広場が現れる。その高さは他の木々を圧倒し、紫色の禍々しい木肌は見る者に畏怖の念を抱かせる。
「これが邪賢老樹、ですか」
「うーむ、毒々しいのう。触りたくないわい」
「ジェラール、文句を言わずに前へ。エフィル、
「はい!」
今回の討伐依頼のターゲット、暗紫の森のボス・邪賢老樹。幾千の樹齢を超えたトレントが進化したと伝えられるモンスターだ。
「グゲゴゴゴバゴガッ」
こちらの姿を確認した邪賢老樹は、不気味な声と共に動き出す。うわ、何か野太い腕が生えてきた。これのどこが賢老なんだ。
「何を言ってるのか分からんわい!」
跳躍し、超高速で繰り出されるジェラールの剣は、生えたばかりの邪賢老樹の右腕を切り落とす。着地と同時に
「む、樹皮から毒を滲ませてるな。再生も早い」
切り落としたばかりだと言うのに、もう右腕が再生しかけていたのだ。
「ジェラールさん、
クロト越しにエフィルが念話でジェラールに伝える。このクロト、護衛の他にも簡易的な意思疎通をエフィルとの間に入って取り持つことができるのだ。このおかげでエフィルも配下ネットワークに参加することができる。クロト、恐ろしい子!
「おおさ!」
矢の四方に炎が広がり、やがてその炎は矢先に集束していく。
「……シッ!」
放たれた矢は唸りをあげ、灼熱を撒き散らす。絶対の防御と化した筈だった邪賢老樹の防壁は燃やし溶かされ、邪賢老樹をも貫き焦がす。それはまるで火竜王のブレスによる一撃。
「グ、ガッ!」
腹部に受けた
「ジェラール、止めだ」
「王よ、ご助力感謝するっ!」
漆黒の大剣に
「グ、ガ、ガ……」
長きに渡る時を生きた邪賢老樹の断末魔を残して、勝負は決した。
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