第19話 エフィル

「……落ち着いたか?」


 俺は今、エフィルを抱き寄せながら頭を撫でている。エフィルの背はやや低く、170センチの俺と顔一つ分の差がある。撫でやすい。


 なぜこんな状況になったのか。火竜王の呪いを解いたら、急にエフィルが泣き出してしまったのだ。どうして良いものか分からず唖然としていると、エフィルが泣きながら俺の胸に顔をうずめてしまった。だからこうして泣き止むまで慰めていたのである。胸が当たってることについては気にしない、気にしてはいけないのだ。


「ひっく、うぅ……」


 撫でながらE級緑魔法【清風クリーン】を唱えておく。全身の汚れを落とす風呂いらずの魔法だ。しかし爽快感は皆無なので、便利と言えどやはり風呂には入りたいものだ。奴隷商での扱いが悪かったせいか、エフィルは全身汚れていた。女の子をそんな状態にさせておく訳にはいかないからな。うん、髪も綺麗になった。


「……急に泣いてしまってごめんなさい。私、小さい頃から人に触れたことがなくって」


 泣き止んだエフィルを一先ず離す。


「呪いのせいか?」

「はい、私自身は大丈夫なのですが、それ以外は手で触れると燃えてしまって……」


 エフィルは目に涙を溜めている。これまで人との関わりが希薄だったのだろう。


「いつから奴隷だったんだ?」

「物心ついた頃には奴隷でした。両親は顔もわかりませんが、生まれてすぐに私は売られたと聞いています……」

「そっか、今まで大変だったんだな」


 エフィルがこれまでどんな苦労をしてきたのかは、俺にはわからない。しかし、これから同じような悲しみを味わわせたくはない。


「エフィル、俺は冒険者だ。君を鍛えてパーティに入れようと考えていた。それが嫌であれば、また別の道も探したいと思うが、どうする?」

「ご主人様に一番役立つことを、冒険者のお手伝いをしたいです!」


 迷いなく、真っ直ぐな目でエフィルは即答した。


「エフィルの思いは確かに受け取った。改めて、これからよろしく」


 手を差し出す。


「よろしくお願いします!」


 エフィルは両手で俺の手を握った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「クレアさん、ただいま戻りました」


 俺はエフィルを連れて精霊歌亭に戻ってきた。すぐにクレアさんが出てくる。


「おやお帰り、ってどうしたんだい、その娘!?」


 クレアさんがエフィルのもとに駆け寄る。まあいくら清風クリーンで綺麗にしたと言っても、服はボロボロのままだ。世話焼きのクレアさんが慌てるのも当然だ。


「奴隷商で買ったんです。エフィルと言います」


 エフィルに簡単に挨拶をさせる。


「すみませんが、エフィルが着れる様な服はありますか? もう店が閉まっていまして……」

「ケルちゃんは相変わらず抜けてるね。任せときな! エフィルちゃん、こっちの部屋で好きな服をお選びよ」


 抜けてるワードが俺の胸に突き刺さるが、何とか受け流す。準備ができるまで座って待つとしよう。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「……長いな」


 待つこと30分、まだ出てくる気配はない。店は他の店員さんが対応しているので大丈夫なのだが、何に時間を取られているのだろうか?


『女の身支度は時間がかかるもんじゃ』

『今のうちに彼女のスキル構成を考えておきましょうか』


 更に15分が経つ。


「待たせたね!」


 クレアさんが勢いよくドアを開けて出てきた。


「エフィルちゃん、晴れ姿をご主人様に見せてあげな」

「は、はいっ」


 エフィルがおずおずと部屋から姿を現す。


 率直に言って見違えた。顔を隠すほど長かった前髪を切り整え、腰まで伸ばした黄金の髪は首の後ろで束ねている。正面から初めて見たエフィルの素顔は、可愛さと綺麗さを兼ね備えており、王族の気品さえも感じさせる。エルフ特有のその肌は陶器の様に白く、滑らかで美しかった。この時になって初めて、俺はエフィルが飛び抜けた美貌を持つ美少女だったのだと認識した。


「どうでしょうか?」


 赤面しながら、そんな美少女が見上げてくるのだ。これはクラッとくる。


「あ、あの、ご主人様?」

「あ、ああ、すまない。見惚れていた」


 思わず本心を言ってしまう。


「あ、ありがとうございましゅっ!」


 噛んだ。ほんのり赤くしていたその肌が更に染まっていく。やばいなこの娘。胆力を持ってしても耐えられる自信がない。


 しかし、1つ疑問がある。


「なぜメイド服?」


 エフィルはメイド服を着ていたのだ。いや、個人的には大満足なのだが。


「服はすぐに決まったんだよ。以前娘が客引き用に着ていた物なんだけど、サイズはピッタリだった。エフィルちゃんがこれが良いって聞かなくてね」

「御奉仕するにはこの服が良いって、昔習ったので……」


 奴隷商人のおっちゃん、グッジョブ! それにしても、客引きとして着るとは、なかなかできる娘だ。この宿の未来は安泰だな!


「でも、これからケルちゃんのパーティに入るんだろ? もっと動きやすい服がいいんじゃないのかい?」

「それについては良い考えがあります。ひとまず、こちらの服をお借りしても?」


 それを脱がすなんてとんでもない。


「どうせ今は使ってない服だ。エフィルちゃんにあげるよ。同じやつが何着かあるから、一緒に持っていきな」

「あ、ありがとうございます、クレアさん!」

「いいんだよ。エフィルちゃんを可愛く仕立てることができたんだ。あたしゃ満足だよ!」


 クレアさん、なかなか男前である。さて、夕食まで少々時間がある。俺の部屋に戻って……


「あ、そういえば部屋を変えなきゃな。クレアさん、今から2人部屋に移れますか?」

「今日はもう空いてないよ。悪いけど、明日まで我慢しておくれ」


 いや待て、ベッドは1つしかないのだ。それはまずい。


「私は床で寝ますので、大丈夫ですよ」

「エフィルがベッドで寝なさい。俺が床で寝る」


 これは譲れん。ここで譲ったら男が廃ってしまう。しかし、俺が私がとエフィルもお互いに譲らない。


「一緒に寝ればいいじゃないか。エフィルちゃんはケルちゃんの奴隷なんだろ? 問題ないじゃないか」


 クレアさんがとんでも発言をする。何揉めてんだこいつらみたいな顔で見ないでください。


 思わずエフィルと互いを見合ってしまう。未だ解決策を見出せない俺達はこの問題を先送りにし、とりあえず部屋に戻るのであった。

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