暗い穴の中に落ちていた

巻人

 暗い穴の中にいた。

 ここは井戸か何かか、円形に深く掘られた穴だった。

 上を見上げるとうっすらと雲がかかった三日月が見える。

 暗くて微かにしか見えないが、穴の深さはおそらく十メートル程度で、直径は二メートル程度か。

 地面には小石がコロコロとしているだけで、枯れているのか水はなかった。

 穴の中は酷く冷える。もし濡れていたら寒くて凍え死ぬところだった。これは不幸中の幸いというやつだろうか。

 ところで、だ。なんで自分がこんなところにいるのだろう。

 まったく見当がつかない。気がついたらここにいたのだ。

 おまけに自分がどこの誰かもわからない。名前も思い出せない。

 もしかしたら穴に落ちた衝撃で記憶が吹き飛んだのかもしれない。

 しかしなぜか焦る気持ちがまったく湧いてこない。自分が何者なのかなんて正直どうでもよかった。

 そんなことよりもこの穴から這い出ることのほうが重要そうだ。

 なにせこの穴の中には食い物らしきものなどまったくないのだ。

 壁に手をついてみると表面がゴツゴツしている。どうやらこの井戸らしき穴は石を組み上げて作られているようだ。

 試しによじ登ろうとしてみるが、足がズルズルと落ちてしまった。

 どうやら自力で登ることはほぼ不可能とみていいようだ。

 これは諦めたほうが良さそうだ。ではどうするか。無い頭を捻ってみる。

 とりあえず助けを呼んでみることにした。「あーい誰か助けてくれ」と声を上げてみる。

 しかし声は穴の中でビンビンと響くだけで、反応を返してくれる者は現れなかった。

 これも難しそうだ。ではどうするか。再び無い頭を捻ってみる。

 そうだ、上が駄目なら下に行こう。俺頭いい。

 というわけで適当な石を拾って穴を掘ることにする。

 こちらは意外とスムーズにことが進むようで、穴はどんどん大きくなっていった。

 そのまま掘り進めると、そのうち穴の中は掘り出した土で埋まっていった。

 ところでこの作業はなんの意味があるのだろう。そんな疑問が一瞬頭をよぎったが、考えても仕方がないので考えないことにした。

 自分の身長の二倍ほど掘り進めると、ついに掘り出した土砂の置き場がなくなり、掘ったそばから土砂がおちてくるようになった。

 これでは穴を掘り進めることもできない。どうしたものか。

 腹も減ってきたし、それに夜も更けてきていよいよ寒くなってきた。このままでは凍え死ぬかもしれない。

 無い頭をまたまた捻ってみる。何かいい案はないだろうか。 ううん、なにかないか、なにかないか……。

 そこでひらめいた。掘り出した土砂を布団代わりにすれば凍えずにすむんじゃないか。

 そういうわけで、土砂を自分の体にかけて掘った穴に埋まることにした。

 狙い通り、これは温かい。これなら凍えずにすむ。

 すると睡魔が襲ってきた。

 なのでしばし休息を取ることにする。

 まあ、どうやってここを出るかは明日の自分がうまくやってくれるだろう、きっと。

 じゃあ寝るとしよう。おやすみ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暗い穴の中に落ちていた 巻人 @makipiment

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ