第8話 初の冒険は成功したという話
目が覚めると、そこは何処かの一室だった。
柔らかい寝台。清潔な白いシーツ。
寝台を囲むように、カーテンが囲んでいた。
カーテンの奥は暗かった。夜だろうか。
彼────クロウは上体を起こす。
頭は軽く、視界は広い。鉄兜は脱がされたのだろう。
視線を下に落とせば、上半身には何も着ていなかった。
装備も、衣服も、全て脱がされていた。
あるのは包帯のみ。
ここは何処なのだろうか。
少なくとも、下水道では無いことだけは確かだった。
であるならば、仲間は無事で、彼女達が連れてきたのだろう。
「夢……か?」
今も尚、鮮明に残る夢は、十五の時に言われた言葉であった。
今は十八、三年も前の出来事だ。
しかし、なぜ今になってその記憶が蘇るのか。
────忘れないためだろう。
大切な人との大切な記憶、そして目指す目標を。
とはいえ、だ。
「痛みが……ない?」
考えを振り切ってクロウは、身体に意識を向けた。
確かに怪物────ゴブリンと言ったか?────に肩を刺されたのだ。
それなのに、今や痛覚を感じず、怪我をした前に戻ったようであった。
クロウにとって、不思議な感覚だった。
「……あぁ、目が覚めましたか」
不意に淑やかな声がかけられた。
いつからそこにいたのだろうか。
神官少女はカーテンを少し開けて、半身を顕にしながら佇む。
幼い顔立ちだが、その所作は上品であった。
「お仲間さんもいらっしゃるので、呼んできます」
彼女はカーテンを閉じ、そそくさとその場を後にした。
彼女との会話を終えた途端、辺りは静寂に包まれる。
今になって気が付いた事だが、ここはあまりにも静かな場所であった。
しばらくすると、数人の足音が聞こえてきた。
「他の方もいらっしゃるので、お静かにお願いします」
「あいわかった」
カーテンの奥から、淑やかな声と凛とした声が聞こえてきた。
そして、カーテンが開かれた。
「大丈夫そうで何よりだ」
凛と艶やかな声を伴って、カーテンから姿を現したのは、平服に身を包んだアリスであった。
騎士のような装備姿の凛とした感じから、気品のある印象を受ける。
「どうした?」
クロウがじっと視線を向けている事を不思議に思ったのか、彼女は首を傾げた。
「いや」クロウは反射的に首を横に振った。「なんでもない」
「アリスの姿に見惚れてたんだよ」
アリスの後ろからひょっこりと姿を現したのは、平服に身を包んだエレノアであった。
彼女の言う事も一理あった。
整った顔立ちはともかく、豊満な美貌は女性耐性の無い彼にとっては刺激的と言えるだろう。
「みんなに言われるなぁ……」
アリスは照れくさそうに頬を搔いた。
「それより」と、アリスは強引に話題を切り替えた。
「元気になったのなら、飯を食べに行くぞ!」
支度をしろ。アリスは急かすように、クロウに言った。
クロウはこくんと、素直に頷いた。
周囲を見渡し、服を探して、机に置いてあった服を着直した。
「ちょっと、その服って下水道で着てた奴だよね?」
「そうだが……?」
「に、臭いがするんじゃない?」
エレノアは顔を顰めて、クロウの着た服を指で示した。
「あぁ」カーテンの奥で待っていた少女神官が呟いた。「洗っておきましたよ」
「え、あ……本当だ」
スンスンと鼻を鳴らして、エレノアは嗅いだ。
直接では無くても、彼女の嗅覚程になればその場にいても分かるものなのだ。
「とはいえ、こんなにも早く乾くものなのか?」
「魔法を少し」
「あぁ……」アリスは言葉を失った。
贅沢な、とボソッと呟いたのは、果たして聴き取れただろうか。
エレノアなら聞こえただろうが、クロウや神官少女は聞き取れなかっただろう。
そうこうしているうちに、クロウは着替え終え、荷物をまとめた。
大きめの麻袋を貰い受け、鎧や兜をその中に入れて背中に担いだ。
「世話になった。ありがとう」
「いえいえ、また何かありましたらお越しください」
神殿の出入口まで送ってくれた神官少女に、クロウは礼を述べた。
それに応じる彼女は、深々と頭を下げた後、両手を合わせた。
「冒険者様の旅立ちに幸あらんことを」
祈りを背中に、冒険者一行は神殿を後にした。
その帰路にて、アリスはやはり先導を歩きながら振り返って言った。
「初の冒険はどうだった?」
クロウは俯いて、押し黙って、前を向いた。
既に日は陰り、青白い月光が街を照らす。
村にいた頃の夜空と、街の中で過ごす夜空は、また別の景色に見えた。
青白い月光だけが唯一の光源である村と比べ、街は未だに点々と灯りが見える。
酒場の灯りだろうか、あるいは冒険者組合の灯りだろうか。
いや、宿というのもある。
そのどれをとっても、冒険者になったということを実感させる。
それを踏まえて、彼は言った。
「楽しかった」
怪我を負った事も、怪物を殺した事も、今日起きたその全てが彼を満足させた。
「そっか」アリスはくしゃっと、顔を歪ませて笑った。「それは何よりだ」
月明かりに照らされた彼女の笑顔は、思わず見惚れてしまう程美しかった。
かくして、初めての冒険は終わりを迎えた。
しかし、まだ彼らは道半ば。
これからも彼らの冒険が続くことだろう。
命の灯火が消えるまで。
失敗を知り、経験を積んで、また冒険に旅立つ。
それはきっと、村から飛び出してきた少年の夢なのだ。
明日も、その次の日も、そのまた次の日も、彼らの冒険は続く。
ソード・マギア・ワールド〜冒険者達による冒険活劇〜 Neru @RunaNeru
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