第3話 冒険前の下準備

 単独ソロの冒険は危険である。

 その事を果たして、どれだけの冒険者が知っているのだろうか。

 否、知っているからこそ冒険者は一党パーティーを組むのだ。

 独りでやる事は限られており、できることは狭い。

 だからこそ、役割を分担する必要がある。

 自信に満ち溢れた新人は単独を選ぶこともあるらしいが、それで生きて帰ってくることができるのはほんのひと握りの強者だけだ。

 つまり、この勧誘を断る道理は無い。


 女騎士は強い確信とともに、宣言したのであった。

 果たして、男は答えた。


「良いだろう」


 了承というたった一言の言葉。

 つまるところ、彼は女騎士達の仲間になるということだ。


「即決だな?理由を聞いても?」


 女騎士は喜びよりも、彼の即断即決に驚きを隠せずにいた。

 もちろん、彼が承認する確信は持っていたが、即断即決過ぎるのも怪しく思えてならない。


「理由?……単独ソロは危険だって聞かされたからな。一党パーティーを組むのが定番らしい」


 男は平坦な口調で、淡々と言った。

 彼の言う事は、誰からか聞いた言葉をそのまま告げるかのようであった。


「であれば、誘われた一党に入るのが普通だろう?それに、特にこだわりもないからな」


 彼は言葉を付け足して、締めくくった。

 彼と女騎士の間に沈黙が流れた。

 素直に喜ぶべきなのか、否か。

 しかし、彼に邪な考えがあるようには思えない。


「やったね!」


 猫人女神官は飛び跳ねるように喜んだ。

 神官はお淑やかで、清廉なる佇まいをしている印象だが、彼女からはそれらが全く感じられない。

 しかしそれも、彼女の在り方なのだろう。

 女騎士は思う。


 ────だが、仲間が増える事は良い。


 別段、彼女も嬉しくないという訳ではなかった。

 ただ、男慣れをしていない為、緊張と警戒心が多少なりともあるというだけだ。


「ただし、条件がある」


「条件?」女騎士は首を傾げる。「なんだろうか?」

 想像がつかない彼女は、生唾を飲み込んで、彼の言葉を待つ。


「これまで通り、あんたが頭目リーダーでいてくれ。俺はそういうの向かないらしいからな」


 何を言われるかと、どぎまぎしながら待っていれば、なんともへりくだった条件を出してくるではないか。

 女騎士は思わず、ふふ、と笑いが溢れてしまった。

 警戒していた自分が、馬鹿だったようだ。


「安心してくれ。言われずとも、私がリーダーであり続けるさ。そのために尽力を尽くすつもりだ」


 条件など要らんよ。女騎士は付け足した。

 彼がその言葉をどのように受け取ったのか。

 女騎士には分からない。

 しかしけれど、きっと悪いようには受け取っていないだろう。


「私はアリス。隣にいる神官はエレノアだ。よろしく」

「よろしくね!」

「俺はクロウ。よろしく」


 手を差し出して握手を交わし、お互いの自己紹介を軽く済ませる。

 冒険者間の挨拶など、これで十分だろう。


「さて、後衛二人くらい欲しいのだが……いるだろうか?」


 アリスは受付事務員のいる後方を振り向き、問うた。

「いませんね」受付事務員は緩く首を横へ振った。「今のところは」

 いないと言っても、一時的なもの。

 冒険者を志願する輩は多く、時期も疎らである。

 きっと、そのうち見つかるだろう。

 アリスはそう考える。


 ────気楽に待つか……。


 アリスは顎に手をあてがって、思考を巡らせる。

 果報は寝て待てとも言うし、人の出会いもその通りだろう。

 人の出会いは時に、運によるもの。

 人の力ではどうにもならない。

 つまり、今出来ることはこれ以上何も無かった。


「では、新しく入った冒険者が後衛の職業であった場合、私達に回して欲しい」


 考えをまとめたアリスは、受付事務員に告げる。

「分かりました」受付事務員は頷いて応じた。

 それで十分だ。

 これ以上ここに留まる必要はあるまい。


「おい」


 突如、背後から低い声が響いた。

 アリスは背後に顔を向ける。

 そこにはクロウがこちらに鉄兜を向けて、立っていた。

 表情は見えない。

 けれど、心做しか声がうわずってるように思えた。

「なんだ?」と、アリスは応じた。


「依頼は受けないのか?」


 クロウは側方の壁際に取り付けられている掲示板を指で指した。

 その姿を見て、合点がいった。

 聞けば今日、彼は冒険者になったばかりだという。

 初めての冒険に赴きたいという気持ちは、理解出来ないものでは無かった。

 その為に武器を揃え、防具を揃えたのだから。


 時刻は昼が過ぎた頃だろうか。

 今から冒険に行った場合、早めに戻れるかもしれないし、夜になる可能性もあるかもしれない。

 依頼内容によるかもしれないが……。


 アリスは冒険に行っても、行かなくてもどちらでも構わない。

 この一党の頭目なのだから、君自身が決めて良いのだ。


「え!私達、冒険から帰ってきたばかりだよ?」


 アリスが考えを巡らせる横で、エレノアは軽快な声を上げる。

 そう、彼女達は失敗したけれど、冒険に行って帰ってきたばかりなのだ。

 自分自身の疲労や仲間の疲労だけでなく、呪文的資源リソース治癒薬ヒールポーションなども考えなければならない。


「奇跡は確か……使わなかったよな?」

「う、うん……使ってないけど……」


 アリスは頷いた。

 彼女の奇跡はまだ残っている。

 次にアリスが確認したのは、雑嚢の中に入っている治癒薬等の備品。

 これらも先の冒険で使用しなかった。


「疲れてるか?」

「うーん……走ったから少し?でも、まだ何か出来そうな感じ」


 エレノアは顎に手をあてがって、訥々と言う。


「よし、なら冒険に行って一稼ぎするか」


 アリスは冒険に行く事に決定した。

 それに否やを言う仲間はいなかった。

 その安堵が気の緩みの原因か、突然誰かの腹の虫が鳴った。


 アリスは咄嗟に腹を抑え、仲間に視線を向けた。

 エレノアはニヤニヤと、悪戯をする少女のような笑みを作る。

 クロウは表情が見えない為分からないが、アリスに鉄兜を向けているのはわかる。

 二人の仲間からの視線がアリスに突き刺さる。


 その居心地の悪さと、羞恥によってアリスの耳は赤く染まり、顔が熱くなるのを感じる。


「ちゅ、昼食を取ってなかったな!た、食べるぞ!」


 アリスは速やかにそっぽを向き、酒場へ足を運ぶ。

 その後ろからエレノアが「可愛いなぁ〜」と言いながら、アリスに背後から抱きついた。

 揶揄されたアリスは、耳を真っ赤に染め上げる。

 そして抱きつくエレノアを引き剥がそうと努める。


 その輪の中に紛れず、ただその場に立って眺めているクロウに気が付いたアリスは、彼に呼び掛けた。


「ほら、クロウも行くぞ!」

「あぁ、今行く」


 ややあって、クロウは歩き出した。

 それを認めたアリスは笑みを浮かべ、新たな仲間との食事に、胸を高鳴らせた。

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