第2話 下準備
冒険者組合には宿屋と酒場、そして役所の三つの施設が組み合わさっている。
基本的にはそうだが、冒険者組合にはもう一つの施設が存在する。
それは──────…………。
「いらっしゃい」
武具屋である。
武器や防具は消耗品だ。
装備を怠った者から死ぬとはよく聞く。
だからこそ、それらを拵える武具屋は身近にあるものなのだ。
「うわぁ……」
クロウは思わず声を漏らした。
それはまるで、無邪気な少年に戻ったかのよう。
店内を見渡せば、どこかしこも武器やら防具が並んでいた。
冒険者に必要なもの。冒険者なら誰もが持つ物。
出迎えてくれたのは、筋骨隆々の店主であった。
鍛え上げられたその肉体は彼がかつて冒険者だった証だろうか、あるいは鍛冶師故の肉体か。
クロウには分かり兼ねることだった。
見惚れるような肉体から目を逸らし、クロウは本題を告げた。
「武器と防具を買いに来た」
「……ってことは新米か」
クロウはこくんと頷いた。
クロウの身体を頭の先から脚の先まで、店主は眺める。
その視線は鋭く、まるで品を見定めるかのよう。
とはいえ、同年代と比べれば多少なりとも体格がいい自負はある。
クロウは生唾を飲み込んだ。
「いくらある?」
「これだけ」
クロウは受付に麻袋を放り投げた。
中で硬貨が擦れる音が響いた。
村から出る際に、姉から譲り受けた物だ。
店主は麻袋の紐を解いて、机に硬貨を散らす。
そしてその一つを手に取って、硬貨を折り曲げるように力を加えた。
しかし硬貨は折られることも、曲げられることもなかった。
つまり、本物である証拠だ。
「鎧はあそこの棚だ」
確認を終えた店主は指を指して、鎧が並ぶ棚を示す。
クロウはその指を辿って、鎧の並ぶ棚を見る。
革鎧を初め、板金鎧など様々な鎧具足が並んでいた。
その中から買える物はあるだろうか。
「ちょいと趣向を変えて、革鎧と外套を組み合わせたものを拵えてみた」
クロウが迷っていると背中から、店主の声が投げ掛けられた。
「うむ」クロウは低く唸った。
店主は棚に飾られてある革鎧と外套を組み合わせた防具を、机に置いた。
クロウは早速着込んでみる。
外套の丈はやや長めで、膝下まである。
革鎧の上に外套を着込んだような様であった。
とはいえ、厚着な訳でも無い。
外套のようだが、袖を通すものでは無く肩がけ外套に近い。
顔を隠す為なのか、フード付きである。
「うん、これにしよう」
「まいど。試作品だからな、安くしておく」
「わかった」
「言っておくが、性能は変わらないからな?」
革鎧の金額を差し引いた額が、受付の机に置かれていた。
クロウはそれに視線を向けてから、今度は武器棚に視線を向けた。
武器棚には長剣や短剣、斧や槍など様々な武器が飾られていた。
飾られているだけでなく、樽に入った武器もある。
飾られた物と樽に入った物は、一体何の違いがあるのかは分からない。
しかし、商品であるのは違いあるまい。
クロウは樽に刺さっている武器種の中から、斧を手に取った。
「これにする」
「ほう?」店主は思わず声を漏らした。
新米が一番最初に選ぶ武器で、手斧を選ぶ人はどれだけいるだろうか。
クロウは手に馴染む手斧を腰に吊るし、店主の元へ戻る。
「後は何を買えばいいだろうか?」
受付の机には姉から貰い受けた銀貨が五枚、金貨が一枚残されていた。
その金額で買えるもの。
「死ぬにしろ、生き残るにしろ鉄兜だろうな」
「不意打ちを防げる」店主は呟いた。
どかっと机に鉄兜が置かれる。
クロウはしばし考えた後、こくりと頷いた。
「鉄兜も買おう」
「まいど」
机に乗った有り金が、全て店主の懐へ消えた。
だが、それでいい。おそらく。
学がなかったから、騙されたなどと思わない。
あってもなくても、騙される時は騙される。
経験こそ学びなのだと、姉は良く口ずさんだ。
ならば、そうなのだろう。
クロウは踵を返して、鉄兜の上から外套のフードを被りながら、武具屋を後にした。
♢
「なるほど、御報告ありがとうございます」
無表情が目立つ受付事務員は、やはり淡々とした口調で述べた。
目の前にいる新米冒険者からの報告を羊皮紙に記し、間違いがないか丁寧に確認をする。
「しかし残念ながら、依頼の方は失敗ということになりますが……宜しいですか?」
確認作業を終えた受付事務員は、顔を上げて女騎士を見る。
犬頭────コボルトの討伐へ向かったが、そこにグリフォンが乱入。
一方的な蹂躙劇が始まったらしい。
コボルトは恐らく、全滅したのだろう。
しかしそれに対して、依頼達成としてしまえば、彼女らの実力が測れない。
その他にもそれを一度許してしまえば、邪な考えを持った冒険者が、怪物が倒したけど自分が倒したと嘯くかもしれない。
冒険者と冒険者組合は信頼の上成り立つ。
一度崩壊してしまえば、依頼が舞い込んで来なくなってしまう。
冒険者組合の信頼が無くなってしまうのだ。
依頼を受けて逃げて帰ってきたのに、倒してきたと嘘を言う輩も少なからず存在する。
けれどそれを看破するのが、受付職員の仕事でもある。
とはいえ、だ。
──────申し訳ないです。
冒険がグリフォンに奪われるだけでなく、運良く帰ってくれば今度は依頼失敗だと言われる。
運がないといえばそれまでだが、あまりにも可哀想だ。
「あぁ、構わない。むしろ、そうしてくれ」
誠実な女騎士は素直に応じる。
夢見る初心者が世の常だが、彼女は自分の力量が分かっている。
尊大な態度を取るでもなく、正直かつ公正に振る舞う。
そんな初心者は数少ない。
受付事務員がこの冒険者組合に来て二年近い。
その間、都の研修で様々な冒険者を見てきたが、彼女のような人は初心者ではいなかった。
そして受付事務員は、ふと彼女に視線を向ける。
彼女は何処かの令嬢かと疑いたくなる程、美しかった。
整った顔、長い銀髪、白い瞳、革鎧越しでも分かる豊満な胸部。
同性から言わせれば、羨ましいの一言である。
受付事務員の惚ける視線に、女騎士は首を傾げる。
女騎士に見られていることに気がついた受付事務員は「こほん」と、咳払いをする。
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
「あの」
「はい?」受付事務員は首を傾げ、女騎士を見た。「なんでしょうか?」
「冒険者を見繕えないだろうか?」
「分かりました……少々お待ち下さい」
受付事務員は引き出しから帳簿を取り出して、ぺらぺらとめくる。
初心者でありながら、
「希望人数、それと希望等級はありますか?」
女騎士の後ろに猫人女神官がいることから、彼女の仲間だろう。
すると、残り一人か二人だろうか。
「そうだなぁ……」
女騎士は顎に手をあてがって、思案を巡らせていた。
彼女は押し黙って、沈黙する。
暫くし、閉ざした口が再び開いた。
「三人欲しいな。戦士がせめてあと一人と、後衛が二人くらいだろうか?」
あと。彼女が付け足す。
「等級は鋼鉄でいい」
「……理由をお聞きしても?」
「なに、大した理由では無い。新米以外、どこも一党を組んでるだろう?」
なるほど。確かに等級を上げている冒険者で
「それに失敗は誰にでもあることだし、熟練冒険者がいるからと言って、失敗しない訳では無い」
一度の失敗に怖気付いて、熟練冒険者を仲間に引き入れたところで己は何も成長しまい。
そう、彼女は語った。
そうですね。受付事務員は相槌を打ち、帳簿に視線を落とす。
────学校に通っていらしたのでしょうか?
彼女の立ち振る舞いや知見の広さから、受付事務員は勝手ながらそう思う。
各々の役割を知ってるという点だけでも、戦略は大きく広がると聞いた事がある。
であるならば、彼女の要望通りに冒険者を紹介せねばなるまい。
「戦士の方でしたら、先程登録されたばかりの冒険者がいらっしゃいます」
「ほう?」女騎士は声を漏らす。「その冒険者はどちらに?」
長い銀髪の髪を揺らし、役所の隣にある酒場に目を配った。
あぁ、と。受付事務員は声を漏らした。
「彼なら登録して直ぐに、どこかへ向かって行きましたよ」
「冒険か?」
「いえ、冒険ではありません」
そうか。女騎士は頷いた。
大体検討が着いているのだろう。
登録して直ぐに向かう場所。
ましては、装備も武器も持たずに登録に来る冒険者が次に向かう場所など分かる。
「なら、戻って来るか」
彼女はそう結論付けた。
と、そこで自在扉の鐘が鳴った。
扉から現れた人物は、異様な姿をしていた。
戦闘中な訳でもないのに鉄兜を被り、革鎧の上に外套を羽織っている。
腰には手斧が吊るされていた。
しかしどれも真新しい代物であり、それを証明するように首から鋼鉄の認識票が吊るされていた。
「……彼か?」
「はい」受付事務員は曖昧に頷いた。「恐らくですが……」
装備を着こなして、顔を隠してしまえば身元など直ぐに分からなくなってしまう。
曖昧模糊とした彼女の回答も至極当然のことであった。
ましてや、有象無象の冒険者が集う冒険者組合では、全員の顔を覚えられるわけがない。
「他にはいないのか?できれば、女性が良いのだが……」
そうですねぇ……。受付嬢は帳簿をめくって、確認をする。
「残念ながら、今の段階ではいません」
「そうか……」
女騎士は仲間に顔を向ける。
「どうする?」
彼女の問いを受けて猫人女神官は、先程入ってきた冒険者を見てから女騎士に向き合った。
「私は……いいよ。特に気にしないし」
「気にしないのか?」
「うん、だって……私は孤児院育ちだから男の子ともよく遊んだよ?」
「そ、そうか……」
そういう、そっちは?猫人女神官は女騎士に問うた。
彼女は「む……」と、唸った。
「お父さんとしか、異性は触れ合ったことが無い」
「それって、平気?」
「ええい!何事も経験だ!」
彼女は何かを決心するかのように────吹っ切れるように────男の前を塞ぐ形で立った。
「私達の仲間にならないか!?」
受付事務員が何かを言うより先に、女騎士が口を開いた。
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