ソード・マギア・ワールド〜冒険者達による冒険活劇〜
Neru
第1話 キャンペーンが始まるよって話
「まったく、誰がこんな最悪な
まだ騎士と呼ぶには程遠い女騎士は、目先に広がる景色に悪態を吐いた。
窮屈そうな革鎧と無骨な鉄兜を身に帯びる。
それに加えて、
構え方だけでなく、装備もみすぼらしい初心者のそれであった。
事実、彼女の首から吊るされた認識票は鋼鉄等級であった。
「ちょちょ、何呑気なこと言ってんのさ!逃げようよ!」
如何にも迎え撃つと言わんばかりに、どっしりと構える彼女に猫人の女神官は喚き散らかした。
彼女達の前では、
否、王獣による一方的な蹂躙であろう。
犬頭は為す術なく、王獣の鷲に似た前脚で蹴散らされる。
犬頭どもも負けじと粗末な剣を振るうが、到底王獣の肉を削ぐことは敵わない。
運が良い犬頭は粗末な剣を突き刺すなり、切り傷をつくるなり、それなりの功績を上げられた。
けれど泡ぶくのように、その功績は王獣の前脚を持って潰される。
そんな一方的な蹂躙激が繰り広げられている。
恐らく────絶対────自分達も犬頭のように、一方的に蹂躙されるだろう。
武器や防具だけでなく、圧倒的に経験不足である。
まだ早い。そう、判断せざるを得ない。
しかし幸いと言うべきだろうか。
まだ、王獣は此方に気が付いていないようだ。
「それもそうだ。私達の実力に合ってない」
女騎士は素早く長剣を鞘に叩き込んで、踵を返した。
輝ける冒険譚や英雄譚に憧れ、何処から漲るのか分からない自信に頼って、最初から竜を相手にしようと考える輩もいるとかいないとか。
新人は良くあるというのだから、自分を律しなければならないだろう。
「早く早く!」
思案を巡らせる女騎士に軽快ではあるが、緊張感や恐怖などの色が混ざった声が聞こえた。
彼女より先を軽やかに走る猫人神官が、後ろ向きになりながら促す。
女騎士は考えを振り切るように加速した。
脚の速さは人間とは異なる。
けれど、直ぐに猫人神官の隣に並べたのは、彼女なりの気遣いだろうか。
彼女達は何事も無く、その場から立ち去ったのであった。
かくして、彼女たちの冒険は失敗してしまった。
しかし悲しむ事はない。哀れむ必要も無い。
なぜなら、彼女たちの命が失われた訳では無いのだ。
次がある。命が続く限り、次がある。
であるならば、次はきっと成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。
それは神ですら、分からない。
さぁ、頁をめくりたまえ!
◇
吟遊詩人が歌うような輝く冒険譚や英雄譚に憧れを抱くのは、なんの不思議なことでは無い。
魔王を倒す勇者。
一国の姫を救う英雄。
竜を屠る冒険者。
最初は同じであっても、結果はそれぞれ違う。
なんの変哲もない村からの出自である。
それらが数々の試練を乗り越え、歴史に名を残す。
だからこそ、それに憧れるのは必然であった。
しかし現実はそんなに甘くない。
生物がやれる範囲は狭く、そして限られている。
それを時の衝動で選択し、体格もままならないひよっこが冒険者になったところで死ぬだけだ。
不格好で剣の扱いもままならない初心が、見様見真似で冒険者?
笑い話にしかならない。
笑われ、蔑まれて、見下される。
そこで諦めるものは、十中八九生き残ることはできまい。
────俺はあんな腰抜け連中とは違う。
冒険者になるために、身体はある程度鍛えた。
剣の扱いや槍の扱い、斧の扱いまでも練習をした。
無論、その辺に落ちている木の枝で模倣してだが。
それでもやらないよりかは幾分か良いだろう。
十八歳の誕生日を迎えたと同時に、彼は冒険者組合へ足を運んだ。
冒険者組合────元あった傭兵団を改名し、一から基礎を作り直した組合だとか。
もはや始まりが何であったのか知る者は少なく、曖昧模糊とした歴史しか伝わっていない。
わかっていることは、冒険者組合は斡旋所であるということだけだ。
まだ無名である少年は街門を入って直ぐにある街で一際大きな建物を見上げ、立ち止まった。
支部の両扉の上辺りに、何かしら文字が書かれた看板に目を配った。
しかしその看板に何が書かれているのか、彼は読む事は出来なかった。
読めない事を深く後悔しながらも、少年は確固たる意志を持って脚を前に運んだ。
次にロビーに入ると、昼間だと言うのに大勢の冒険者で賑わっていた。
まるで祭りごとのような活気に、無名の少年は驚きを隠せない。
宿屋と酒場、そして役所が組み合わさった施設。
鎧を身に帯びたヒューマン。弓を持ったエルフ。
金槌を持ったドワーフ。斧を持つリザードマン。
様々な装備、様々な武器を携え、様々な種族の老若男女がこの冒険者組合に集っていた。
報告に来たか、依頼を受けに来たのか、はたまた冒険者登録に来たのか、受付には長蛇の列。
とはいえ、三人の受付嬢が各々応対しているからか、列は分散されている。
「本日はどのような御用件で?」
いつの間にか列がはけ、無名の少年の番が廻っていた。
応対に出てきた受付事務員は、無表情をした年上の女性であった。
冒険者組合の制服をきっちりと着こなし、黒い短髪が良く似合う。
「冒険者登録に来た」
「分かりました。文字の読み書きはできますか?」
「いや、できない」
無名の少年は首を横に振った。
辺境の村であるほど、文字の読み書きなどの教育は広がっていない。
そこまでの知恵者が村に滞在する訳も無ければ、教育者を雇うほどの金もない。
したがって、読み書きができない冒険者や依頼人は数多くいると聞く。
読み書きが出来ない人達に慣れているのか、受付事務員はやはり淡々とした口調で告げた。
「では、名前と性別、年齢や職業など聞かせてください」
受付事務員は羽根ペンを手に取って、薄茶の羊皮紙にペン先を乗せた。
「クロウ。男。十八。職業は戦士だ。呪文は使えない」
スラスラと流れるように羽根ペンが、羊皮紙の上で踊った。
まるで魔法のように早く、そして綺麗に。
書き終わった羊皮紙を眺め、間違いがないことを念入りに確認してから認識票にその情報を刻む。
「こちらが認識票となります。くれぐれも無くさないようにお願いします」
「分かった」
クロウは鋼鉄の認識票を手に取った。
「最高位の等級はなんだ?」
冒険者とならば、誰もが一番になりたいと考えるものだ。
それはクロウも例外ではなかった。
「第一等級は金剛になります」
「俺も……なれるだろうか?」
「貴方の努力と運次第です」
受付事務員はやはり淡々とした口調で告げる。
まるで冒険者に希望を持ってないように。
冒険者に深入りしないようにしているのだろうか。
冒険者は常に命懸けである。
明日帰って来ないかもしれないし、戻って来るかもしれない。
それは誰にも分からない。
だからきっと、冒険者に私情を挟まないようにしているのかもしれない。
クロウには分かり兼ねることであったが……。
「依頼はあちらに張り出されています」
示されたのは、一つの壁の区画を埋めるほど大きな掲示板が備え付けられていた。
その掲示板には張り紙が無数にあるが、他の冒険者が千切って持って行った為かなり疎らであった。
「冒険者登録は以上です。今後の御活躍を心からお祈りしております」
クロウはこくんと頷いて、踵を返した。
冒険者登録を済ませた。
想像より簡単に冒険者になれた。
次は何をすべきか。
それは明白だった。
武器や防具を揃えること。
武器がなければ、怪物と戦うことはできない。
防具がなければ、怪物の攻撃を防ぐことはできない。
冒険者になったのならば、必要不可欠なものであり、自分の命を預ける物である。
クロウの足取りに迷いはなかった。
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