清き者、穢れの者

二十三話 天晴

「え、なに急に。きも」

　考えてもいなかった返答に対し、望緒は真顔で言い放つ。

『先からなんなのだ、貴様は……。協力しようと思い、過去の話を持ちかけたというのに』

　闇戸の発言に、目をぱちくりとさせる。

「だとしても言葉を間違えすぎだよ。馬鹿だね」

「俺、神にも動じないお前の精神、結構好き」

　––––とか言いつつ、爽玖も全然どうじてないんだよなあ。

　飛希は一人話についていけない中、ケラケラといつもの調子で笑う爽玖を横目にそう思った。

「……僕にもわかりやすく説明してほしいな」

「あっ、ごめん」

「忘れとったわ」

「ちょっと！」

　二人の反応に飛希は怒るが、二人はケラケラと笑った。

「……でも、言ってええん？」

「飛希ならいいでしょ。それに、私も過去聞いたし」

　望緒がにこやかに言うと、飛希もつられて微笑んだ。

「ちょっと長くなるけど––––」

　まず、八下の精神世界に呼ばれたこと、そこで霊力の集約について語られたことを話し、次に闇戸と話すようになったこと、それが爽玖にバレたこと。その全てを話した。

「––––あー、待って待って。頭が追いつかないよ」

　ファンタジーじみた話を聞かされ、飛希は頭を抱える。

　神がいるとは考えてはいたが、実際に話せると言う者が身近にいるとすれば、それは少々信じ難い話。

『まあ、この我でも理解し難い程だ。小童がすぐにわかるか』

「えーと、つまり望緒は八下様と話したから、霊力が現れたってこと？」

「そゆことだね」

「なんか、壮大すぎてついていけない……」

　頭を抱えるどころか、顔を両手で覆い隠してしまった。

「まー、そこは置いといて」

「置いとくの……？」

「とりあえず、闇戸は俺たちの仲間になったってことでええよな？」

『ああ、そうなるな』

　流れる沈黙。話しかけた張本人が黙り込んでしまった。

　一体どうしたのかと、望緒が顔を覗き込むと、爽玖が小難しい表情で考え事をしている。

「すっごい顔してるよ、さっくん」

「や、どう伝えたらええんかなーって……」

　それを聞き、望緒はなるほどと頷いた。

　神が力を貸してくれる、というのは、人間にとってはありがたすぎる話。

　しかし、そんなものは夢のまた夢。口で説明したところで、信じてもらえるはずがない。

「さすがに、信じてもらえないよねぇ」

　飛希は苦笑いを浮かべて言った。

『そうか、ならば、我が出ればいい話だな』

　彼の発言に、その場にいる全員が驚く。

「ちょ、ちょっと待っ––––」

　望緒が慌てて止めようとするが、時すでに遅し。水がバシャバシャと音を立て始める。それは次第に広がっていき、何かが姿をあらわす。

　それは自分たちより遥かに大きな龍であった。

　天青（てんせい）色の身体、金色の毛が水に濡れ、太陽に当てられ光り輝いている。

　姿を現すと共に、凄まじい霊力量が辺り一帯に広がる。

「綺麗やな……」

　爽玖はこの世のものとは思えぬその美しい存在に、圧倒されていた。

「でも、これって––––」

「何事だ！？」

「みんな、だいじょう、ぶ……」

　人間とは思えぬほどの霊力に反応した大人たちが、慌ててやって来た。しかし、闇戸の姿を見るなり、黙り込んでしまう。

「……爽玖、どういうことや」

「えーっと、なんて言うか……」

『お前が現出水家当主だな。我は闇戸、人間から呼ばれているのは……龗ノ龍だったか？』

　闇戸は人間たちの驚きなど一切気にせず、上から目線に自己紹介をした。

「……は、はい。私がそうです。しかし、なぜ貴方様が……」

『なに、爽玖（こいつ）の妹を救う手助けをしてやろうとな』

「いえ、貴方様のお手を煩わせるわけには……！」

　当主の言葉に、闇戸は目を細める。

『貴様は自身の孫がどうなっても良いと？』

　彼の言葉に、当主の肩がビクッと跳ねた。

「そんなはず……！」

『ならば、黙って聞き入れろ』

　またも全員が黙り込む。

『爽玖』

「え、何？」

『我が貴様に従うのではない。貴様が我に従え』

　上から目線な物言い。普通の人間ならば腹が立つ態度だが、爽玖は歯を見せて笑う。

「おう！」

　そんな様子を見て、望緒は飛希の袖をクイッと引っ張った。彼の耳に小声で話しかける。

「さっくんも案外変わり者だよね」

「確かに。でも、だからこそ、龗ノ龍といい関係になってるのかもね」

　飛希は嬉しそうに、そう言った。

「ってか、はよ行かんと！　千夏（あいつ）死んじゃう！」

『案ずるな。まだ死んではいない。欠片も取り込まれていないだろう』

「そんなのどうやってわかるの？」

『人間を取り込む類の“念”は、精神破壊をしてから対象を取り込む』

「！」

『精神破壊も時間がかかる。相手が抵抗していたら尚更な。だが、早いに越したことはないな』

「……なら、行こう」

『……いい目だな』

　爽玖たちは急いで前夜行った森に行った。

「こっちのはず……あ」

　目の前の“それ”を見るなり、足を弛めて立ち止まった。睨む先は、黒い狼の姿をした“念”。

『ふむ、やはり来たか』

　“念”は彼らが来るのを見越していたような口ぶりで言った。ニヤついた顔が、気味悪く感じる。

「返せよ、千夏」

『ならば、力づくで取り返せばいい』