二十四話 絶望的な

 数秒、睨み合ったあと、先に手を出したのは“念”の方だった。

 “念”は後ろ脚に力を込め、爽玖に飛びかかる。しかし、爽玖はすんでのところでそれを避けた。


 反撃として、爽玖は水の刃を生成し、“念”に向かわせる。が、基礎的な攻撃では、いとも容易く避けられてしまった。


『ふん、こんなもの––––』


 “念”の言葉はそこで途切れる。視界の端に、飛希の姿が見えたから。


 彼は火で作られた弓を構え、矢をいでいる。ゆっくりと狙いを定め、“念”動くが寸前のところで矢を放った。


 矢は“念”の後ろ脚に刺さった。“念”にも痛みはあるようで、若干顔を歪める。


 すぐに反撃の体制を取り、噛み付こうと飛びかかった。しかし、その間に徳彦が入り、炎の防壁を造った。

 “念”は熱さに耐えかね、自身の力で造ったであろう、透明の防壁を使い、後ろに跳んだ。


 ––––精神を破壊するまで……まだもう少しかかりそうだなあ。


「もうそろそろええ?」


 爽玖は自身の精神なかにいる闇戸に問いかける。


『……ふむ、良い頃合いかもしれんな。呼び出せ』


「偉そうに……」


 文句を垂れながらも、爽玖は言われた通りにその名を口にした。


「闇戸」


 彼が呟くと、龗ノ龍の時と同じく、虚空から水が現れる。音を立てて龍の形をかたどっていくと、水は消え、闇戸の姿が顕になった。


 闇戸は空高く昇り、長い身体をグルグルと回り出した。


 すると、空は次第に曇っていき、ポツポツと雨が降り出す。雨は強くなり、本降りとなった。


 爽玖はその様子をじっと見ていた。



「手助け……って、何すんの?」


『簡単だ。雨を降らせる』


 闇戸の話を聞いて、爽玖だけでなく、飛希たちも驚いた。無理もない。


「そんなんしたら、火使う飛希たちなんも出来やんやん」


『貴様らが弱らせればよかろう。その後、雨を止ませ、石火矢が戻ってくればいい』


 ––––簡単に言ってくれるなあ……。


 可能性は零では無いかもしれないが、できるかと言われれば難しいところ。

 龗ノ龍のおかげでほんの少々戦えていた程度の爽玖が、そんなことできるとは思えなかった。


『できないならば、我はまたここに戻ることになる』


「……」



 ––––やれるかわからん。でも、やらな。


 爽玖は見上げていた空から視線を外し、“念”の方をまっすぐ見据える。


 その間、火の使い手である飛希と徳彦は一度戦線離脱し、少し離れた場所へ行った。


 出水の者たちは、雨を変形させ、水の矢のようなものを生み出す。まずは爽玖の矢を放つ。しかし、“念”は走って簡単に避けた。


 次は碧仁の矢。数本当たるが、“念”の活動を止めるには少々足りなかった。

 最後は出水家当主。さすがは当主と言ったところか、矢は数本外れたぐらいで、ほとんどが当たった。


 “念”は矢が当たった衝撃で、数メートル先まで吹っ飛んだ。


『ぐ……なかなかやるな』


 ––––しかし、過去ゆめを見させるのは順調だ。あとは時間の問題。


 そう思いながら、“念”は碧仁に向かって走っていく。彼は水の防壁を造り、攻撃を防いだ。だが、先程よりも“念”の力は強くなっている。防壁は壊され、“念”は碧仁の肩に噛み付いた。


 彼は拳で“念”を引き剥がすが、少しばかり肉はえぐれ、血がダラダラと垂れ流しになる。


「父さんっ!」


「いちいち気にせんでええ!」


「っ……」


 気にしながら戦うのは難しい。しかし、血の繋がった親が傷ついている様子を見て、動揺するなというのもまた、難しい話。


 当主は少し目を見開いたあと、すぐに視線を“念”に戻し、土に染み込んだ雨を利用し、下から水の棘を出す。


 “念”は跳んで避けようとするも、左前肢に棘が貫通した。


『……っ!』


 それにより、“念”の表情が歪んだ。


 ––––大丈夫、大丈夫だ。もう少しなのだから。


 “念”は表情が歪んだまま、口角を僅かに上げた。


 そして、目にも止まらぬ早さで当主に近づき、鋭い爪で当主の胸から腹にかけて切り裂いた。

 彼は口から多量の血を吹き出し、その場に倒れ込んだ。


「……は」


 爽玖は自分の祖父が倒れたのを見て、絶望に近い表情を浮かべた。圧倒的に強い存在が、いとも簡単に倒れてしまった。


 父親も肩を抑えたまま、動揺を隠しきれないでいる。これはさすがに、気にするなとは言えなかった。


 今でも戦うので精一杯だと言うのに、この中で一番強い者が倒れたことは、誰から見ても絶望的だった。


『さて、どうする? 少年』


 爽玖と碧仁は焦りと恐れを同時に感じた。爽玖は両手を前に出し、固く握る。


 降っている雨が集約して行き、大きな槍の形となって現れた。

 それを“念”に向かって落とした。

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