二十一話 僅かな希望を追って

 ––––ダメだ。冷静になれないや。あっち行こ。


 望緒は立ち上がり、闇戸が祀られている滝へと向かった。


 いつものように水辺にしゃがみこむ。静寂の中、滝の音だけが響いている。


『何をしに来た』


「……別に。頭冷やしに来ただけ」


 その返答に対して、闇戸は何も言わない。


「––––ねえ」


『なんだ』


「私、初めて出水に来た日、ここで何か感じたの。それを八下に聞いたら、闇戸が何か伝えたかったんじゃないかって」


『……』


 質問に対し、闇戸は口を閉ざす。


『––––確かに、あの日我は呼びかけていた。だが、あれは貴様らに対してでは無い』


「じゃあ、誰に?」


『八下だ』


 その言葉に、望緒は疑問を抱く。八下は今現世にはおらず、こちらの様子も見えないし声も聞こえない。なのに、闇戸は彼に呼びかけていた。


「なんで? 八下は––––」


『そんなこと、我にもわかっている』


「……」


『ただ、やはり気になるのだ。八下あいつがこの場に戻ってきていないか、応えてくれるのではないかと』


 限りなく薄い希望。しかし、可能性がゼロではないのなら、試してみたくもなるのだろう。彼には大切な存在なのだから。


「闇戸にも頭部の場所はわからないの?」


『わからぬ。わかっていたら、とうの昔に人間に教えている』


「それもそっか……」


 続く沈黙。何を言えばいいのかわからない。


 ただ、八下のことを救う術は今は無い。今は千夏の状況をどうにかしなければいけない。


「ねえ」


『無理だ』


「まだ何も言ってない」


『どうせ力を貸せだの言うのだろう』


 望緒は図星をつかれ、顔を顰める。ただ、すぐに顔を上げ、まっすぐ滝の方を見た。


「闇戸が直接手を貸さなくてもいい。知識だけでも、貸してほしい」


『……』


 無理な願いだとはわかっている。それでも、人間だけではどうにもこの状況を打破できない。

 彼にほんの少しだけでも力になってもらわなければ、解決しない。


「お願いします」


 今まで使ってこなかった、闇戸に対する敬語。そして、頭を下げる。


 これだけしても、彼が手を貸さない可能性なんて大いにあった。しかし、やらなければ何も変わらない。


 僅かな可能性だろうと、自身のプライドを捨ててそれを掴み取ろうとすることも、時には重要なことだ。


『……はあ、一から説明しろ』


「! うん。まず––––」


 望緒は爽玖と千夏が喧嘩したこと、千夏が森へ入ってしまい、“念”に襲われたこと。そして、その“念”は過去ゆめを見させる術を使うことを説明した。


『––––なるほど。それはまた厄介だな』


「やっぱりそうなの?」


『当たり前だ。その小娘を救う為には、“念”を倒さないことには始まらない。そして、仮に救えたとしても、過去ゆめから覚めるのを拒むかもしれない』


「……!」


 最悪の想像をした。もしかしたら、千夏は現在いまを嫌っているかもしれない。ずっと過去に篭もりたいと思っているかもしれない。


 もしそうなれば、現実へ引き戻すのは困難を極めるだろう。その上、その過去ゆめに入る方法は、“念”しか知らない。


『まあ、そこまでは我らにはわからぬがな』


「それは……そうだけど…………」


 千夏の心情なんてわかるはずがない。わかったとしても、助ける術が見つかるわけではない。


『何にせよ、自力で“念”を倒す他ない』


「でも、相手は爽玖が従えてた闇戸の疑似体を、いとも簡単に壊しちゃうような相手だよ……。戦えないよ……」


『……』


「ここにいたんだね」


 後ろから声がした。振り返ると、そこには飛希と爽玖がいた。


 爽玖と望緒の目が合い、彼女が闇戸と話していたことを、爽玖はなんとなく悟った。


「二人とも、話し合いは終わったの?」


「終わったって言うか……」


「進まんから一旦休憩って感じやな」


 それを聞き、望緒の顔は暗くなる。


 話し合いが進まなければ、千夏を助ける最善の方法もわからない。しかし、話し合いが進まないのも無理はない。


 霊力量が一番ある爽玖が従える、闇戸の疑似体。それを容易く壊してしまうほどの強さ。飛希たちでは敵わぬほどの手練。


 いくら爽玖の技量がまだまだ未熟とはいえ、あの強さは異常。この世にいるのは数百年単位では無いだろう。


「俺の技術がもっとあれば……」


『我の疑似体が壊れたというのは、貴様の技術が稚拙だったからか?』


「!?」


「えっ、闇戸……?」


 爽玖たちが来てから黙っていたはずの闇戸が、急に話し出した。それに全員が驚く。


「え、あ……はい、そうだと思います。弱い“念”には渋々使うだけ。それに、技も一つしか使えなかった」


 今まで爽玖は、水でできた龍を一定の高さまで上げ、そこから落として“念”を喰らわせる方法しか取ってこなかった。それしかわからなかったから。


『そうか、わかっているようだな』


「えっと……?」


『貴様、我の疑似体を従えた日のことは覚えているな?』


「覚えてます。忘れられない……」


 爽玖は自分の両手のひらを見て、そう呟いた。


「どうやって従えたの?」


「あれは、八年ぐらい前やったかな」


 爽玖が十歳の頃、その力は芽生え始めた。

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