二十話 自問自答
思ってもいない質問、望緒は冷や汗が出てきた。気づかれるようなことはしなかった。彼に触れられてもいないから、気づかれるはずもない。
「あるんやな?」
「……っ!」
––––違う、気づかれたんじゃない。カマかけられたんだ……!
咄嗟に否定しなかった。その反応のせいで、彼の疑いは確信へと変わってしまった。
「なんであるん?」
「……」
「答えろや」
キツい物言い、普段の彼からは全く想像できる姿ではなかった。
「いや……」
「…………ごめん、八つ当たりや」
彼は両手で顔を覆い、その場でしゃがみ込んでしまった。
「自分のせいでこうなったくせに、関係ないやつに当たるなんて、クソダサいな」
「……そんなことないよ」
しばし沈黙が続く。それを切ったのは、望緒だった。
「ねえ、どうして、私に霊力があるかもってわかったの?」
爽玖はゆっくりと顔をあげ、口を開く。
「望緒さ、ここでよく独り言呟いとったやん?」
「えっ、あー……まあ、うん」
「良くないとはわかっとったんやけど、どうしても気になってよくよく聞いてみたんよ。そしたら、会話みたいな感じでさ」
望緒はそれに反応する。まさか、闇戸との会話を聞かれているとは思っていなかった。
––––ぜんっぜん気づいてなかった……。ってか、闇戸気づいてなかったの!?
「そんでさ」
「!」
「いろいろ考えたんよ。そんで、一つ、考えが思い浮かんだ。もしかしたら、望緒は龍神様と話せるんちゃうかって思った」
「……」
別に、八下から話せることは黙っていろ、なんて言われたことはない。しかし、面倒事に巻き込まれたくないのなら、言わない方がいいかもしれない、とは言われていた。
「俺さ、なんとか龍神様と話せんかなとか考えて、しょっちゅうここに来とった。けど、やっぱり話せるわけなくてさ」
「……!」
彼がここによく居たのは、望緒も知っていた。まさか、龍神と話すためだとは、思ってもいなかったが。
「どうして、話そうとしたの?」
「……千夏を、もっと守れるようになりたかった」
「守る……?」
彼女の問いに、爽玖は黙って頷く。
「千夏はさ、霊力が割とあっても、それを上手く活用することができんかった。要は技術力が全然ないねん」
たしかに、千夏は水の刃を出すぐらいしか、戦う術を持っていないように感じた。
「実践のときも、失敗ばっかでさ、危ない目に合うこともしばしば。そんなあいつを、どうにか守りながら戦えたらって、ずっと思っとった」
「いいお兄ちゃんだね」
望緒が言うと、爽玖は力なく笑った。
「どこがやねん。余計なこと言って大事な妹をあんな目に合わせるって、兄失格やわ」
「……」
「二人とも」
二人が黙り込んでいると、後ろから徳彦が声をかけてきた。
「今日はもう遅い。ゆっくり寝て、明日またどうするか話そう」
「あ……はい」
◇
翌日、男性陣が話し合っている中、望緒は滝まで足を運んだ。
昨日のあの後、爽玖は龍神と話せることは誰にも言わないと言ってくれた。
「……闇戸」
『何だ』
「昨日の話、聞いてたよね? というか、今までずっと爽玖の声聞こえてたんだよね?」
『……』
望緒の質問に、闇戸は答えない。黙っている。
「なんで……」
『我は人間に従う気など毛頭ない』
「!」
忘れていたが、闇戸は大の人間嫌い。そんな彼が、人間の式神になるなど、考えが甘かった。
「でも……」
『なぜこの我が関係の無い者を助けねばならない。そんなことをしてやる義理はない。貴様とだって、八下が関わっていなかったら話さない』
彼の中では、八下が自分の世界の中心なのだろう。人間の意見に、耳を傾ける気など一切ない。
「八下が言ってたとしても?」
嘘だ、そんなことは全く言っていなかった。口をついて出ただけ。
『それをどう証明しようと言うんだ。口先だけなら、いくらでも偽れよう』
「……そう、だね」
望緒は力なく答え、真澄たちの元へ戻ってしまった。
神社には何人か、千夏のことを心配する者がいたが、その後見つかり、今は体調を崩していると伝えた。
村は大きい訳では無い。噂なんてすぐに広まる。帰ってきていないことがバレて混乱を招く前に、はやくどうにかしなければいけなかった。
––––どうしたらいいの。
「八下……」
『呼んだ?』
「え!?」
彼女の叫び声に真澄たちが驚く。望緒は慌ててなんでもないと誤魔化した。そして、
「な、なんで……?」
『いやあ、時間かかった〜』
「いや、時間かかったじゃなくてさ!? どうやって話してるの?」
『お前の霊力を辿って、俺の霊力を駆使して話してる。くっそ疲れるから、あんま長いこと話せねえけどな』
「そう……」
仕組みはよくわからないが、とにかく精神世界以外でも話せるようになったのはありがたい。
『なんか声暗いな。なんかあったか?』
「実は––––」
望緒は昨日あったことを詳細に話した。
『なるほど。そこまで強いってことは、何百年も昔からいるようなやつだな。今まで息を潜めてたか……』
「どうしたらいいのかなあ。闇戸に協力を仰いでも無理だったし」
『そんな無理か?』
「え?」
『えっ』
少し沈黙が続く。何やら八下は不思議そうである。
『いや、あいつそんなに協力してくれないようなやつだったか? 俺の記憶じゃそんなことなかったはずなんだけど……』
彼の話を聞いても、望緒はポカンとしている。初めて会った時から、闇戸は人間が嫌いだ、そう言っていた。それに間違いは無い。
「そ、それは八下が頼んだからとかじゃ……?」
『いや? 四家の人間だろうが、ただの村人だろうが、関係なく人助けしてた方だぞ?』
「いやでも、闇戸は人間が嫌いで……だから、手助けをしないわけで」
『人間嫌い? あいつが? たしかにとりわけ好きってわけじゃなかったはずだけど、そこまで嫌うようなことは……』
話が噛み合わない。望緒の抱く闇戸の印象と、八下が抱く闇戸の印象では、大きな差異があるようだ。
『……ああ』
「え、何?」
『いや、なんも。でもそっか〜、協力してくれないのか。困ったな』
八下は何かに気づいたようであったが、何事も無かったかのように話題を戻した。
「とりあえず、今みんなが色々話してるから、頑張るよ。……私は、何もできないけど」
『……ああ、なんかあったらまた呼んで』
望緒は小さくうんと答え、八下の声が聞こえなくなると、小さくため息をついた。
みんなが千夏をどうにかして助けようと必死になっているなか、自分は何ができるか、ずっとそれだけを考えている。
千夏を助けたい爽玖を手助けすることもままならない。
「あ〜」
望緒は近くの壁に背をつけ、そのままズルズルとしゃがみ込んだ。
「私は、なんのためにここにいるの……」
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